第4話 魔操


 俺は森の中を進む。

 乾燥しているからか下草はそれほど鬱蒼とはしておらず、比較的見通しはいい。



 だが、先ほどは100メーターほどに近づかれてメガネが警告を出すまで魔物の接近に気づかなかった。危うく完全包囲されるところだった。



 その反省を活かして、今は《彗心眼》を今までよりも強く意識して周囲を警戒しながら進んでいる。

 この世界では、前世よりも生物の放つ光が強く見える。おそらくこの世界の《体内魔力》が前世に比べて比べ物にならないほど強いからだろう。

 前世では体内魔力が視えることなど無かったから。……いや。あったか。雄我や凛香が死闘を繰り広げていた時も、そう言えば父さんが奥義と呼ばれる技を発動して見せてくれた時もだったか。

 だがそんなのは特殊な例だ。とにかく、この世界の生き物は俺の眼には光って視えるのだ。それはかなり遠くから見えるのだからこれを索敵に利用しない手はない。





 だた、《彗心眼》を強く発動すると辺りが白く霞がかった様に視える様になってしまったのには少し困った。これはきっと大気中の《オリジン》がこの眼に視えているのだろう。

 この世界では、前世の地球とは比べ物にならないほど原初の素粒子オリジン濃度が濃いとばあちゃんは言っていた。


 だから、この大気中の《オリジン》を出来るだけ視ずに生物の《霊子結晶アニマ》もしくは《体内魔力》だけを強く認識できるように眼の力を調整しながら歩いているのだ。






 そうして道なき道を歩き続けること30分ほど。サワサワと水が流れる音が聞こえてきたのだ。



「これは!?」



 俺は思わず駆けだす。しばらくして森が開け、そして目の前に河原とその奥に小川が姿を現した。



「やった!やったぞ!? 川だ。」



 俺は歓喜のあまり小川に駆け寄って水を飲もうと水面に両手を伸ばす。が、その時。


 ―――ピピッ!


 眼鏡の警告音が鳴り響いたと同時、俺は直感に従い反射的に体を横に転げる。直後、俺のすぐ横を何かが通りすぎた。


 俺はすぐに体を起こして見ると、水面から顔を突き出す様に佇む半透明の蛙の様な生き物を視た。

 それを認識する間もなく、その蛙は大きく頬を膨らませたかと思うと直後その口を開けて強烈な水を放ってきたのだ。

 咄嗟に俺は手をかざし、まるでレーザーの様なそれを籠手の甲で弾きそらす。俺はその反動に思わずよろけて後退った。



 なんて威力だ。鋼鉄をも切断すると言うウォータージェットカッターの様な強烈な水圧。あれを食らったら切り裂かれるだろうと思えるほどの威力。




 俺は《彗心眼》でその蛙を捉えながらそのアニマの光りに同調しながらその動きを予想して、後続の攻撃を躱しながらもなんとか後退していく。


 メガネの表示はこうだ。


 ――――――――

 アーチャーフロッグ(魔物)

 ALT:13

 ――――――――


 俺は冷静にその動きに対処しながらゆっくりと後退を続けているが、蛙も俺との距離を詰める様に水辺から姿を現し、水刃の攻撃を繰り返してくる。だが、蛙が水辺から数メートル離れたところで蛙は諦めたのかそれ以上撃ってこなくなったのだ。そしてぴょんぴょんと飛んで川に戻り、水の中にその姿を消した。

 半透明だから水に入り込むと肉眼では全く目視できなくなる。恐ろしいステルス能力だ。


 ま、だけど俺の〇カウターと《彗心眼》にはきっちりと映っているけどね。



「なるほど。距離があれば大した脅威じゃないな。だが、水辺から離れてもあの攻撃は撃てるのか。」



 おそらく水を欲して近づいてくる生き物をあのウォータージェットで仕留めて捕食するのだろう。さっきのは本当に危なかった。

 あれはきっと《魔法》に違いない。あの蛙は川から出てもあのウォータージェットを繰り出してきたことが証拠だ。あれだけの水を体内に溜められるとは思えない。《魔法》で水を作り出し、更にそれを高圧で噴出しているのだ。



 だが、困ったことになった。これじゃあ水が汲めない。あいつが居ないところで水汲みをしようと川沿いを歩いてみてみたが、縄張りでもあるのか、あの鉄砲蛙が一定間隔で点在していて、確実に安全と言える場所が見つからなかったのだ。



 少なくとも一匹は仕留めなくてはいけないようだ。



 俺はバックパックから取り出した空のペットボトルを見て決意する。水はなんとしても持ち帰る。先ほどの不意打ちとは違い、最初から認知しているならどうにか出来るはずだ。

 そう自分を鼓舞して立ち上がり、最初に遭遇したアーチャーフロッグに対峙する。




 奴の攻撃パターンをよく思い出す。

 あいつが顎を光らせて頬を大きく膨らませた直後に水刃が飛び出す。その間一秒程度。そして一度放たれた水刃は直線で曲がることは無い。この籠手で受け流すことは可能だが、その水圧で体が後ろに流されて近づけない。

 次の攻撃までのインターバルは最短で3秒程度だった。



 どうにか接近さえできれば宵闇の籠手の仕込み刀で仕留められるだろう。



 問題はどうやって接近するかだ。

 木の板を盾替わりに近づくか。いや。そんな都合の良い板は無いし、あったとしてもあの水刃で切り裂かれそうだ。


 ひたすらに避け続けて接近するか。……俺の《彗心眼》なら可能かもしれない。

 だが、もし避け切れなければ?



 ……どの道この川で水を定常的に採取できなければこの先、生きてはいけないだろう。なら、蛙を安定的に仕留められるようにならなきゃならない。



「やるしかないか。」



 そう決意して、《彗心眼》で蛙の動きを注視しながらゆっくりと川に近づいていく。奴が川辺から顔を出した。その距離10メートル。…9メートル…8メートル。まだ奴は動かない。


 7メートル程度まで近づいたその時、奴の顎が光った。来る!

 直後一条の水刃が俺の体めがけて放たれた。と同時に俺は半歩左足を左前に踏み出し、半身になってギリギリでそれを躱す。

 そして奴が魔法を再充填する前に一気に駆けだす!


 奴との距離、後3メートルまで迫ったところでまた顎が光った。これを躱せば奴まで届く!そう思って水刃の軌道を読むべく《彗心眼》を強く発動する。

 が、そこで気づいた。蛙の水刃が俺の足元を狙っていることに。


 そして次の瞬間、蛙はその水刃で横なぎに俺の数歩前の地面を薙ぎ払ったのだ。小石が敷き詰められたその河原の地面を。


「なに!?」


 直後、やや太めに吐き出された水刃の勢いに弾かれた無数の石礫が散弾銃の様に俺に向けて放たれ、俺は成すすべなく直撃を食らって後ろに転げた。

 何とか半身になって当たる面積を最小化しつつ、籠手で頭部をガードしたものの、体中を石に打ち付けられて、さすがにその痛みに悶絶する。


 だが、容赦なく蛙の追撃が来る。俺はそれを何とかゴロゴロと転がって躱し、さらなる追撃が来る前に立ち上がり、籠手を使ってしのぎながらどうにか距離を取ることに成功した。




「ってぇ。」



 幸いにも致命傷は避けられたが、石礫が当たったところは擦り切れたり青あざになっている。あれをもう一度くらったら、次は何処か骨が折れるかもしれない。



 たかが蛙、されど蛙。なんて強いんだ。

 ALTは13とあるが、先ほどの狼の方がまだ楽だった。やはり遠距離魔法があると無いのではまるで違う。



 幸い近づかなければ襲ってこないので、少し離れて回復を待つ。今は自動回復オートリジェネが効いているのでしばらくすれば完治するはずだ。


 ……さて、どうしたものか。近づきすぎればあの不可避の石礫が飛んでくる。それより遠い位置であれば俺の眼を以てすれば躱すのは比較的たやすい。

 どうにか奴の注意を引き付けなければならないが、不幸にも今俺は遠距離攻撃の部類を一切持っていないのだ。



 俺は、有効な手段が他にないか記憶の限りに手がかりを探す。



 ……俺があの蛙の様な魔法を使えればよかったんだけどなぁ。《魔法》かぁ。…そう言えばあのウォータージェットは何で拡散しないんだろうか?


 普通圧力が強ければ強い程ウォータージェットはその勢いを保てずに拡散するはずだ。現に、そう言った工作機械は噴き出し口のすぐ近くで加工していたはず。あの蛙のウォータージェットは20メートルくらいは収束したままその威力を保持している様に見える。

 それに、20メートルくらい飛んだあとは急に勢いがなくなり拡散して霧になって消えていた。


 となると、収束を保っているのは《魔法》によるものである可能性が高い。



 もしそれが《魔法》なら……出来るかもしれない。



「まずは確かめてみるか。」




 俺は再び立ち上がり、再び先ほどのアーチャーフロッグに近づいていく。そして7メートル付近で何度もウォータージェットの魔法を至近で確認することで分かったことがある。


 ウォータージェットは放つ直前、《魔力》を勢いよく飛ばし《魔力》の道を作っているのだ。そしてその魔力のレールをなぞる様に高圧力の水が放たれるという仕組みだ。この魔力レールが、水を収束し高圧を維持する役目を担っていることがわかった。



 それが分かってしまえば簡単だ。水の攻撃が来る前に魔力レールが見えるのなら、それを避ければいいだけの話だ。今では、首を傾けるだけその攻撃を難なくかわすことができる様になっていた。だがそれでも、かなり接近すると先ほどと同じように石礫の攻撃に切り替えるのだ。こればかりは避けるのが難しい。



 既に、日は天中を過ぎた。帰りの時間も考えると、余りもたもたしていられない。




「……オーケー。良く分かった。なら少し試してみるか。」


 そう言って、俺は腹をくくる。ウォータージェットの魔法をよく理解したうえで、俺は一つ賭けに出ることにした。






 無幻水心流は如何なる相手であってもその相手に同調し、すべてを受け流し相手に返すことができると父さんは言った。


 その最たるものが、奥義―鏡明演舞だ。


 この技は、相手に完全に同調し、鏡写しの様に相手の技を真似してインパクトの瞬間その力を一瞬引いて体に取り込んだのち、体内で力を反転させて相手に返す技だ。

 いわば完全なるカウンター攻撃だ。

 もちろん魔法に対して俺はそれを真似することができないから、鏡明演舞は使えない。



 ただ、無幻水心流ならば、あるいは魔法をもそらし跳ね返すことが出来るかもしれないと思ったのだ。






 俺は無幻水心流の瞑想法を行い、気を丹田に集中させるイメージを作る。そして全神経を《彗心眼》に集中させていく。そしてゆっくりと眼を見開く。



 眼に映る全ての生物の魂の光りと、空間の隅々まで埋め尽くす《オリジン》の光りが膨大な量の情報となって直接脳に送り込まれてくる。

《彗心眼》の完全開放は随分久しぶりだ。誰かが俺の眼を見ていたら、青白く光り輝いていることに気づいただろう。俺がこの眼を開放したときは青白く光っているらしい。


 脳にズキズキと痛みが走る。これを制御できなかった子供の頃は本当につらかったのを思い出す。

 今はその痛みをひとまず無視し、そして一歩ずつアーチャーフロッグに近づいていく。



 俺の接近に気づいたアーチャーフロッグが顔を出した。

 俺は、そのアニマの色に自身のアニマの色を寸分たがわず同調させる。無幻水心流の“魂魄同調アニマレゾナンス”だ。




 そして7メートル程度のところで蛙が口を膨らませた。そして口を開け、水を吐き出す直前、魔力が勢いよく射出され空中にレールを作り出す。《彗心眼》で完全に見切っていた俺は、それが俺の腹に届く直前に左足を軸に右足を後ろに円を描くように捌き、その体の動きに合わせて右手の籠手でその魔力の先端をその速度に合わせて手の平でそっと向きを変えてやる。

 丁度、その魔力レールが俺の腰をぐるりと180度回って、半円を描くような形に誘導する。


 魂魄同調アニマレゾナンスでアーチャーフロッグのアニマに完全に同調した俺の手は、その魔力に弾かれることなくその進む方向を難なく変更することができた。



 そして180度俺を囲う様に誘導させられた魔力のレールはそのままそれを放ったアーチャーフロッグに戻る様に進んでいく。

 その直後放たれた高圧の水はその魔力レールに沿って進み、俺の胴回りをぐるりと回ってそれを放った蛙本人に帰って行った。



 アーチャーフロッグは自身が放った水刃が真っすぐ自分に返ってくるとは想像していなかったのだろう。

 口を開けたまま、もろに自身のウォータージェットを受けてひっくり返ったのだ。



「!?いよっし!成功!」



 水属性に親和性が高いからか、まだアーチャーフロッグはまだ死んでいなかった。俺はそれを確認する前に既に走り出していた。そして宵闇の籠手の仕込み刀を繰り出し、一気に踏み込み蛙を真っ二つにした。やがて蛙はまるでゼリーの様に水に溶けて消えていった。



「よし!よしっ!!やったぞ!」



 ついにやった!これでようやく水が確保できる。


 俺はひとまず勝利の美酒ならぬ美水を口に含む。おお!冷たくてうまい。

 だが、余り真水を飲むのは良くないと思い直し、ほどほどに留めてペットボトルに水を汲みなおす。


 早くしないと、縄張りが空いたこの場所にまた別のアーチャーフロッグがやってくるかもしれないと思ったからだ。





 まだ昼下がりだったこともあり、俺はこの後、先ほどの《魔法》を曲げる感覚を忘れまいと他のアーチャーフロッグのところに行って練習することにした。

 この水辺はまた何度か来ることになる。であれば、アーチャーフロッグをいつでも倒せるようになっておいた方がよいという判断だ。


 先ほどのムーンウルフとは違い、機械的に魔法を撃ってくるだけのアーチャーフロッグは良い練習台になった。慣れてくると、やはりさっきのムーンウルフの方が厄介な敵だったなと思い直す。



 暫く練習した甲斐あって、自在にウォータージェットの魔法を曲げられるようになった。俺は、この《魔法》を曲げる技を《魔操(マジックコマンド)》と名付けた。





 一通り練習した後、日が暮れる前にどうにか拠点に戻り取っておいたウサギの肉を食べてその日はすぐに眠りにつくのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る