第5話 紫電とアニマシールド
次の日。
今日も晴天だ。どうやらこの時期、この森はあまり雨が降らないらしい。そう言えば昨日行った小川も川岸が広がっていたのを思い出す。たぶんもっと雨が降るときは川幅が増すのだろう。
さて、今日は何をやるか。この世界に来てから既に5日目だ。一応今日の分のウサギ肉は残っているし、水も昨日汲んできたばかりだ。
だが、慣れない環境で精神的に疲れてくる頃だ。それに昨日かなり遠出をして体も疲れているはずだから、今日は少しゆっくりしようと思う。
俺は、黒縁メガネの右のフレームをタップしてメニュー表示を呼び出す。
――――――――
《光》
・
・xxxxx
《雷》
・
・
・xxxxx
《無》
・
・
・xxxxx
《治癒魔法》
・
《XXXXX》
――――――――
気づいただろうか。そう。治癒魔法がいつの間にか登録されていたのだ。
実は先日の夜、寝る前にメニューを開いてびっくりした。どうやら、魔法が発動できるようになると自動的に魔法メニューに追加されていく様だ。
そして、俺はまだ残る2つの魔法の発動ができていないことを忘れてはならない。
《雷》属性の《
《身体強化》の方は先日も考察したとおり、体内で魔法発動ができないとたぶん発動しない。なぜか分からないが《体内魔力》が“ゼロ”の俺は今のところこの魔法を発動できない。
《身体強化》が当たり前と思われるこの世界で勝ち残るにはこの魔法の発動が欠かせないのだが……。
そしてもう一つ《
《紫電》の発動時の俺の体表の透明な膜の反応パターンを視るに、《火花》と全く同じ様に感じる。
もしかしたら《紫電》は単純に《火花》の強化版と言うだけなのかもしれない。だが、俺の体表で発生する魔力だけではその威力が発揮されないという事なのだろう。
だが、これが初期メニューに存在するのであれば、きっと最初から使える想定でばあちゃんは組み込んだと思われる。
そうじゃなきゃグレーアウトとかするだろうから。
この世界に来るときのトラブルのせいでマニュアルが文字化けしてしまっていて分からないが、きっと何かを見逃しているだけなのだ。
う~ん。メガネの機能なのか、籠手の機能なのか。一先ず籠手からもう一度調べてみよう。
そう思って色々といじってみたり、AR表示に何か映らないかとか見てみたが何も反応しなかった。
そうやって試行錯誤して一時間くらいたっただろうか、ARの魔法メニューを色々といじっているときにふとAR表示上の魔法メニューの《紫電》の文字が一瞬ずれたように見えた。
ん?と思い《紫電》の表示を色々とタップしたりしていると文字がドラッグ出来たのだ。二本指でその表示を長押しするとドラックモードになりその文字を自由に動かせたのだ。
それを任意の位置に移動させて二本指でタップするとドロップできるようなのだが、バツマークが一瞬出て、元の魔法メニューの場所まで戻ってしまう。
「ドロップできる位置が決まっているのか?」
そう思って色々と試していると、なんと左手の“鬼憤の籠手”にドロップできたのだ。そして魔法メニューの文字がグレーアウトし、“
その直後、鬼憤の籠手の上にAR表示として緑のバーが現れたではないか。しかも小さく“チャージ中”の文字が点滅し、少しずつそのバーが伸びているのだ。
「オイオイ!?なんかチャージし始めたぞ!?」
ただただ、そのチャージの時間が待ち遠しくずっとその緑のバーの表示を目で追い続けてしまう。体感で5分くらいだろうか。ようやくバーは100%に満たされ、そこに“解放可能”と言うAR表示が現れたのだ。
俺はその“解放”と言う甘美な文字に抗いきれず、思わず右手でその表示をタップする。
その瞬間―
バチン!と言う大きな放電の音がして、「いでぇえぇえ!」と思わず悲鳴を上げる俺。
はぁ???
見ると俺の左膝に小さく丸い焼け焦げた跡ができており、途轍もない痛みを訴えてきた。しかもタンパク質が焼けこげる嫌なにおいまでしてきた。しばらく左足は使い物にならないほどのダメージだ。
そうか、俺が発動する位置も気にせずに《
これは危ない。マジアブナイ。
だってこの魔法、高電圧の電気を放電できるのだろうけど、それだけだ。放電する先を選べない。
どこぞのお嬢様女子高生のエレクトロマスターみたいに放電する相手を自在に指定できないという事は、つまり一番感電の可能性が高いのが自分自身だという事になる。
腕を真っすぐ突き出して《
たまたま、左手をやや下げて左膝が近くにあったから足だけで済んだ。好奇心猫をも殺すとはまさにこのこと。次からはもう少し慎重になろう。
とりあえず、俺の膝、グッジョブ。お前の犠牲は忘れない。
と冗談はここまでにして、ともかくこれは正直危なくておちおち発動できんな。発動するとしても、相手に接触したその瞬間を狙わないとダメだ。
だが、これだけの威力だ。ここぞというタイミングで発動できれば大ダメージだけでなく相手の大きな隙を作れるはずだ。その隙を逃さず仕込み刀で切り裂くなり色々と応用が利きそうだ。
「フフフ……またさらに強くなってしまった。何処まで強くなってしまうんだ俺は。」
思わずニヤついてしまう。もはやこの森で俺を止められる奴はいないんじゃないか?などと思わなくもない。
おっといかんいかん。こういった慢心が大抵のモブを殺すんだと自嘲する。俺はモブ。しかも最底辺のモブだ。
もっと慎重にならなければならないと自分に言い聞かせる。
その後も、何度か地面や木の幹に向けて練習を繰り返し、発動する際には指でタップしなくても右の宵闇の籠手の様に左の手の平に魔力を集めるだけで発動できることに気づく。
実戦での使用を想定して、安全で使いやすいやり方を一通り練習したところでお腹が鳴った。
気づけば太陽が天中を過ぎていた。
「昼にするか。」とつぶやき、俺は昼食の用意に取り掛かる。
自嘲すると言った傍から焚火に火をつけるのに《紫電》を発動してちょっと感電したのは内緒だ。
―――――
昼食を食べ終えて一息ついた後、最後に残った《
《身体強化》を使うには体内の魔力を使うはずだ。それを前提とすると俺はこの魔法を発動できないことになる。
どうしたらこの体表から発生する魔力を使って体内の強化をすればいいのか?この矛盾する難問に頭が沸騰しそうだ。
…………さっぱりわからん。なぞなぞかよ。
そもそも、なぜ俺は体内に《魔力》が無いのか?いや無いんじゃない、体内に一切入らないのだ。この体表を覆っている透明な膜が魔力の侵入を尽く退けているせいで。
では、この透明な膜とはいったい何なのか?
なんか昔ばあちゃんが言ってたような…。
俺は記憶の海を彷徨い手掛かりを探す。
いつだったかばあちゃんの実験に付き合っていた時に、
確か俺の体質について。
俺が生まれながらにひどい倦怠感や頭痛が起こるのは《彗心眼》だけではなく、俺の《
俺の《
そして、人間は本能的に大気中のオリジンがアニマに触れない様、壁を作っているのではないかとも。
確か、その壁を《
その時はそんなもの視えなかったから、仮説に過ぎないと聞き流していたけど、今俺の体表を覆っている透明な膜がそのアニマシールドと言うやつなのではないだろうか。
生前視えなかったのは地球の《オリジン》が薄すぎたからなのかもしれない。
だとすると、このアニマシールドをどうにか制御できればいいはずだ。
濃度を薄くして体内に少しだけ《オリジン》が透過するようにしてやればいい。そうすれば体内魔力が生成できるかもしれない。
そう思って俺はこのアニマシールドをどうにか動かせないか色々と試してみる。
……しかし、何も起こらない。
そりゃそうだ。なんの手がかりも無いところからいきなり動かせと言われても無理だろう。全く意識してこなかった心臓の鼓動を操作しろと言われてできるやつなかなかいない。
ただほんのわずかでもいいんだ、何か一瞬でも揺らぎがあれば魔力が視える《彗心眼》を持つ俺ならどうにか出来るかもしれない。
そう思って、試行錯誤してかれこれ数時間がたった。
だが、何も変化はない。ただ太陽だけが傾いていく。
……だが、俺は諦めない。
俺は強くなるんだ。例えこれが夢だとしても、強くなりたいと言う気持ちだけは本気であり続けたい。
そしてさらに数時間経過したところで、一瞬アニマシールドが揺らいだのだ。それに歓喜している暇など無い。先ほどの感覚を忘れないように再現するんだ。
そしてさらに数時間が経過して、ようやくコツをつかんできた。どうやら今俺ができるのはアニマシールドを数ミリ動かすことだけだ。強度を下げることは一切できない。
だが、もしアニマシールドを自在に動かせるのならこれを体内に埋まるくらい縮小して、身体強化ができるはずなんだ。
さあ。楽しくなってきた。もう少し続きをやろうと思ったところで、辺りが暗くなっていたことにようやく気付いた。
「もう夜か。火を焚いて飯作ろう。」
早速料理の準備に取り掛かる。
いつもは焚火の直火焼きだったが、今日はウサギ肉の最後の残りだ。水も少し贅沢に使って簡単なウサギ肉のスープにしようと思う。
肉を仕込み刀で細切れにして、それにバックパックにあった塩コショウをまぶす。紙製の簡易鍋に水を満たして、その肉を入れて火にかける。以上終了だ。
ちなみに簡易鍋もバックパックにあったものだ。紙製だから水を入れないと当然燃える。それに強度的にもいまいちで、だいぶへたってきた。
後は少し塩と胡椒で味を調えるだけなのだが、その時ふと気になって顔を上げた。
ただ何となく前を見ただけなのだが、そこに光る瞳が八つ見えた。かなり遠いが森の茂みに紛れてこちらをうかがっている。
《彗心眼》を発動して確認すると、そのひかり方から先日のムーンウルフの集団だと分かった。
ただじっとこちらを見て、10分くらいそうしていただろうか。その後奴らは森に姿を消した。
この魔除けの光のドームは肉眼では見えないのだが、彼らは何となくそれを感じていたのかもしれない。
俺の匂いでも嗅ぎつけて追ってきたのだろう。まだ諦めていないらしい。
どうやらいつかは決着を付けなきゃいけないようだ。
とは言え、魔物はここには入ってこれないし、まぁ大丈夫だろう。
そう思考して、料理の味付けに集中しようとしたが、しかし俺はなんとなく違和感を覚えて思わず首を傾げる。
……なんだ…この違和感は。
俺は本能に従い顔を上げ、《彗心眼》でその光のドームを観察していて気づいた。
―――この光のドーム。前よりちょっと弱まってないか?
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