第6話 出発
「はぁ、はぁっ。 ほら!こっちだ!ついてこい!」
―ブモォォォ!
その巨大な肉の塊の突進を俺はフェイント入れてギリギリ横に飛んで躱す。そしてまた走り出す。
今俺は必至に逃げている。
なんだかいつも逃げてばっかだなと思わなくもないが、今回の相手はさすがに正面からは太刀打ちできそうにない。
――――――――
レッドボア(魔物)
ALT:9
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俺をものすごい勢いで追いかけてきているのは、巨大な猪だ。体長1.5メートルはあるだろうか。しかもインパクトの瞬間、下あごから突き出た鋭い牙が微妙に俺を追尾するものだから、大振りに避けるしかなく、仕込み刀で反撃する隙が無い。
こういう厄介な猪突猛進野郎はいつもの俺の必勝法に陥れるのが吉。
「うおっ!!! よし入った。」
華麗な横っ飛びで猪の突進を躱し、猪を例のごとくセーフティーポイントに突っ込ませてやった。
光のドームに確かに入っている筈なのに、猪はどうやら動けるようだ。確かにだいぶ動きは鈍ってはいるが。
猪はよろよろとこちらに向き直り、再度俺に向けて突進する構えを見せた。
だがそんな隙を今の俺が見逃すはずはない。素早く猪の横に肉薄し、左手の籠手をその首筋に当てて魔法を発動する。
―――
バチッ!と高圧放電の音がした直後、猪は一瞬痙攣し、そのまま白目を剥いて息絶えた。
上手いこと放電が直接脳を焼き切ったようだ。
「ふう。」
俺は一息ついて、その場に座り込む。
食料が無くなっていたので、朝から俺は狩りに出ていた。当初このセーフティーポイント周辺のホーンラビットでも狩ろうと気軽に思っていたのだが、全く見つからずかなり遠くまで探しに行ってこの猪に遭遇したのだ。かなりの距離を逃げながら引き連れてきたものだから、結構疲れた。
セーフティーポイント周辺のホーンラビットはこの魔除けの領域を嫌っていなくなったのかもしれない。
それに、この猪がセーフティーポイントに入った時。ホーンラビットの時よりその運動阻害効果が薄れていたように思える。
やっぱりこの光のドームは初日より弱まっていると見て間違いないだろう。
となると、俺に残された時間はそう多くはないかもしれない。随分と強くなった自覚はあるもの、さすがに寝ている間に襲われたらひとたまりもない。
このセーフティーポイントは安眠を約束してくれる聖域だったのだがそれが無くなればさすがにこの森で生き続けるのは難しいだろう。
なら優先順位は決まりだな。
何よりも先に《身体強化》が使える様にならなければならない。
いくら俺の《彗心眼》で先読みができるからと言っても、やはりこの世界の生き物の動きに全くついていけていない現状、より強力な魔物に遭遇でもしたら致命傷を負うだろう。
このセーフティーポイントの弱まり具合から、あと二、三日と言ったところだろうか。
それまでに《身体強化》を習得し、人里を探す旅に出よう。
それと旅に出るなら、水もどうにか確保したいところだ。できれば魔法で確保できるのが望ましいが……。これも習得必須項目として検討する必要があるな。
そう決意して、俺はひとまずこの巨大な猪の解体に掛かるのだった。
―――――
「メガネ装着よし、籠手装着よし。水に救急パック、アルミ毛布にカッパよし。干し肉(猪)OK。忘れ物無し。ヨシ!」
俺は一つ一つ持ち物を指をさして確認して、出発の最終確認を終えた。
既に旅立つ決意を決めてから3日がたった。この世界に来てからもう8日がたったことになる。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。本当に時間がたつのが早い。
そして俺が目指す方向はずばり北東。
実は、前回登った松の木に夜登ってみたのだ。もし人里が見える範囲にあるのなら、もしかしたら人工的な明かりが見えるかもしれないと思って。そうして眺めて、北東の空がうっすらと明るく見えたのだ。もちろん直接街の明かりが見えたわけではないが、何か光源があるようなのだ。
と言うことで忘れ物が無いかを確認して、お世話になったこの黒い柱に手を合わせる。
「俺を守ってくれてありがとうございました。ばあちゃんもありがとう。」
よく父さんが言っていた。恩を受けたならその相手には礼儀正しく答えなきゃだめだと。しっかりと礼を言って俺は歩き出す。
俺は、メガネの表示を頼りに北東を目指して歩く。
そうして歩くこと2時間ほど、まだ9時くらいの時間のはずだが太陽がほぼ正面に見えるのだ。
気づいただろうか。北東に向かっているなら、この時間であれば太陽は右後ろ側に見えるはずだ。なのに、太陽は正面だ。
ばあちゃんは言っていた。物理法則は前世と同じで宇宙もあると。となると、恐らくこの世界の地球も球体であると考えられる。そうであるなら、俺は今南半球に居るという事になるのだ。
今の季節が分からないから緯度は分からないけど。
そんなことを考えていると、俺の眼が遥か遠くに光を捉える。距離は200メートルくらいあるだろうか。豆粒の様に小さい。
一先ず少し後退して交戦に都合のよさそうな場所まで戻り、敵を見据える。
数は四つ。あの光の色は例のムーンウルフだ。
此処まで俺を追ってきたか。どうやら決着を付けなきゃいけないらしい。
俺はバックパックを置いて、最初に遭遇したときの様に大木を背に4匹のムーンウルフを迎え撃つことにする。例のごとく狼は一定距離で立ち止まりグルグルと俺を威嚇している。
まるで、家族をよくも殺してくれたなと言っているように、その唸りは威嚇だけでなく怒りも込められているように思えた。
そして、睨み合いの膠着状態が続く中、ムーンウルフたちが一斉に動いた。前回の様に一騎討ちではなく、全員が一斉に飛びかかってきたのだ。
正面の二体は上から飛びかかる様に、そして両サイドの二体は下から這う様に連携して立体的に逃げ道を塞いできた。
数日前までの俺だったらこの波状攻撃をしのぎ切れずに終わっていたかもしれない。
《彗心眼》を全開発動してムーンウルフの動きを完全に先読みしていた俺は、正面の二体が飛びかかる直前にその動きに先んじて動き出し、スライディングするようにその下を掻い潜った。
そのスピードはこれまでの体のダルさを引きずる俺の動きとは天と地の差があると言っても過言ではなかった。
そう、俺はこの三日間で《身体強化》をモノにしていたのだ。
あのテコでも動かなかったアニマシールドを操作して体表一センチ程度内側に縮小させることに成功していたのだ。アニマシールドが体内に一センチ沈み込んだという事は沈み込んだ分の肉体に《身体強化》が発動できるということ。
まだ瞬間発動は出来ないし、体の一部分だけの発動しかできない。今は右足の太ももにだけ発動したのだ。だから、体全体で《身体強化》を発動できるこの世界の生物よりも依然不利な状況なのは変わらないが、それでも劇的な身体能力の向上を実現したのだ。
かくして俺はムーンウルフの驚異的なスピードの跳躍攻撃に対し、そのスピードに劣らぬ反応でその下を掻い潜ったのだ。
そして下を掻い潜った時に宵闇の籠手の仕込み刀を出し、高周波振動ブレードで一匹のムーンウルフの後ろ脚を切り飛ばす。
後ろ足を失くしたウルフが上手く着地出来ずに倒れこんだ。他のウルフ達は一瞬動揺するものの、素早く俺に向かってその鋭い牙を剥き出しに突進してきた。
だが、やはり一瞬の動揺が連携を僅かに崩したのか、左のウルフだけが体一つ分先行する形となっていた。
俺が素早く向き直った時には、ウルフ達が目前に迫っていた。今の俺の《身体強化》ではまだまだウルフのスピードには及ばないらしい。
だが俺はムーンウルフのわずかな連携の乱れを見逃さない。すかさず先行していた左のムーンウルフに向かい一歩踏み出す。と同時にそのウルフが俺の喉めがけて飛び掛ってきた。それを確認し、その首元に左手をそっと添えてその力を右横にそらす。と同時に発動する。
―――《
《
その効果を確認する隙も無く、直後二匹のウルフが飛びかかってきた。俺は右手の平をその後続の二匹の眼前に突き出す。
―――《
俺は手の平の中心に体表の魔力を集中させ、ウルフの眼前で《
俺は自分で灯したこの《
閃光を受けたウルフは狙い違わず一瞬目をくらませた。それを確認し、右に半歩踏み出して、並んで飛び込んでくる二匹の隙間に体を割り込ませる様に間をすり抜ける。躱し際、俺は振動ブレードで下から右のウルフの首を切り裂いた。
相変わらず恐ろしい程の切れ味。俺を通り過ぎたウフルの首がゴロリと落ちて転がった。
さすがにそれを見て最後の一匹の動きが止まった。俺が引かないのを悟ったか、しばらくして逃走していった。あの様子ならもう俺に挑んでくることは無いだろう。
それを確認して、最初に足を切り飛ばしたウルフの方を見る。失血によるものか倒れて動かないが、まだ息はあった。苦しませることも無いと俺は高周波振動ブレードでとどめを刺した。《
「ふう。勝った。勝ったぞ!」
これが現実ではなく夢だと頭では理解しつつも、俺は体の底から沸き起こる感動に打ち震えていた。ギリギリの攻防で命のやり取りをした手ごたえを感じていた。戦闘後の高揚感と言うか言い知れない充実感に満たされていたのだ。
今更ながら手と足が震える。
高揚感だけでなく、心の底では恐怖も感じていたらしい。
それらの感情がないまぜになって今まで感じたこともない程の感動が押し寄せているのだ。
俺は生前、本当に体が弱かった。数キロ先の学校に行くだけでも大仕事だった。そんな俺が人を超越するような動きを見せる恐ろしい野生のハンター四匹を相手に一撃も食らわずに完勝した。
まさに子供の頃に憧れたロールプレイングゲームの主人公の様だった。
それがたまらなく俺の心を躍らせるのだ。
それに、このムーンウフル。俺がここにきて遭遇した魔物の中で最も強い生き物だった。単体ですらALTで最高値であるし、しかも四匹ものウルフが連携して襲ってくるのだ。
恐らくこの森の食物連鎖の頂点の存在だろう。
俺はしばらく勝利の高揚感に浸った後、少し落ち着いたところで倒したウルフ達を見る。
「これから先人里に降りるとして、金目のものが必要になるだろうな。……あまり気が進まないが、こいつらの毛皮をいただいておくか。そうだな、牙も売れるかもしれない。」
そう思って、倒したウルフ達を並べて手に残る死体の不快な感覚を我慢しながら不慣れな解体作業にかかるのだった。
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