第3話 魔力ゼロ

 パチパチッ!パチ


 焚火の爆ぜる音が暗闇に溶ける様に消えていく。

 なんとも静かな、心休まる夜だ。



 生前の虚弱体質は相当なもので、キャンプなどに出たら確実に熱を出して倒れこむほどだった。だから、こうして焚火を囲って野宿ができることがとても新鮮で、こんなにもキャンプが楽しいものだとは知らなかった。



「ガブリ。 モグモグ。……うまい!?」



 しかも、先日自分で狩ったホーンラビットを焚火で焼いて食べるなんて生前では想像もできなかったことだ。

 ちなみに、先日は火を起こすことができなかったから、今日が人生初の魔物肉を食べた日と言うことになる。



 所で、どうやって火を起こしたかって?

 よくぞ聞いてくれた!

 そう。俺はついにやってやったのだ。


 既にこの世界に来てから3日ほどたっているが、暇さえあれば《魔力》操作の鍛錬を行い、今日ついに《魔力》を指先程度の小さな領域に凝縮することができたのだ。

 現状はそこまでやるのに5分くらいかかるし、ものすごい集中力が居るがとにかくその凝縮した《魔力》を維持した状態でようやく《火花スパーク》を発動できたのだ。


 ただ、スパークは人差し指と親指の間で一瞬電気がパチッとはじけるだけなので、それで火を起こすには相当に苦労したが。まぁ、今はその苦労話は横に置いておこう。


 まぁとにかく、3日目にしてようやく食料の心配を解消できたわけだ。正直、既に携帯食料は無くなってしまっていたので、結構内心焦っていたのは内緒だ。




 一通り美味いウサギ肉を食べて、一息ついて上を見上げる。



 そこには、少し欠けてきている大きな半月が輝いていた。そして天の川よりもより一層くっきりとした白く細い線が夜空に掛かっているのが見える。

 まるで土星の輪だ。おそらく、この星の衛星軌道上には小惑星帯があるのだろう。

 それらと共に、地球ではほとんど見えなくなっていた天の川と数えきれないほど数多の星々が空を覆いつくしていて、幻想的な夜空を映していた。



 なんて綺麗なんだろうか。

 ばあちゃんが本当にここまで緻密に、壮大なこの夢の世界を作ったとするなら、なんとすごい事か。ここまでリアルであるなら、もはや世界そのものを作った創造神と言っても過言ではないかもしれない。

 これまでいくつもの夢を漂ってきたが、ここまで現実に即した夢は無かった。…本当にここは夢なのだろうか?

 少し考えたところで、だが俺にはそれを確かめるすべがない事に気づきいったん保留にする。




 しばらくこの幻想的な夜空を堪能したのち、俺は前に向き直り、目下の課題について考える。



 確かにこのフィールドを利用すれば食料の確保は比較的容易そうだ。だが、一番の問題は水だ。

 この3日間まるで雨が降っていないし降る気配もない。それにこの拠点周辺はどこも乾燥気味で、水たまりやまして川などは発見できていない。見える範囲のマップにも川らしい表示も無かった。

 ここに来るときには4Lの水があったが、既に底を突きかけているのだ。正直余裕はない。


 もちろん、そこらに生えている植物から水が確保できないかとか、土を掘り返して水がしみ出してこないかとか色々と試してみたが、どうもここら一帯は相当に乾燥しているようで、どれもダメだった。



「明日は少し遠出して川を探そう。」



 そう決意して、俺は目を閉じた。




 ――――――




 次の日、日の出とともに目を覚ました俺はほぼ空のペットボトルを入れたバックパックを背負い歩き出す。


 特にあてはないが、なんとなくマップ上の北を目指して真っすぐ進んでみようと思う。





 ……歩き始めて2時間ほどたったころだろうか。川は見つけられていないが、その代わり比較的背が高くそれでいて登れそうな木を発見した。


 ここら周辺の木々は針葉樹かもしくはジュラ紀とかに生えてそうな巨大なシダ植物しかなく、そのほとんどは手の届く位置に枝が無いため登ることができないでいた。


 ようやく手が届く位置に枝が生えている木を見つけたのだ。針葉樹ではあるが、どちらかと言うと松の木に近い感じだ。



 前世では木登りなど当然できなかったからやり方など知らない。相当に苦労して、何度か落ちかけながらどうにか辺りが見渡せる程度の高さまで登ることができた。



「おお。結構見渡せるな……相当に遠いけど、遥か向こう側が煙が上がっている。なんだろうか。ちょっと遠くてよく視えないな。 ん?その手前、木々が無い場所があるな。湖か沼か?となるとそれに続く川があるはずだ。」



 そう思って、目を凝らして周辺を見渡すと、その木々が無くなっている場所から続くうっすらと木々が薄くなっている木の切れ目がラインとなって見えた。

 その木々の切れ目ともいえるラインは俺の右手前方、おそらく二キロくらい先を通り過ぎていそうだと分かった。




「よし。まずはそこに行ってみよう。」





 降りるときも何度か死にそうになりながらどうにか地面にたどり着き、川のありそうな方向に向かい歩を進める。




 少しそれらしものの手がかりを見つけて気を緩めていたのが良くなかったのか、突然メガネから電子音が鳴り響いた。



 ―――ピピピピッ!



 すぐに立ち止まり戦闘態勢に移る。敵を示す表示が一つから二つに増え、そして俺を取り囲む様にさらに他三つの表示が増えた。

 気づかないうちに既に包囲されつつあったのだ。



 まだ肉眼では目視しにくい距離だが、《彗心眼》ならかなり遠くの生物の光を捉えることができる。確かにここから100メートルくらい先に俺を反包囲する様に5つの光が視えた。この光り方は今まで遭遇したどの魔物よりも強い。


 ――――――――

 ムーンウルフ(魔獣)

 ALT:15

 ――――――――


 しばらくするとメガネの方もその強さを認識したのか、“ALT:15”と表示された。あのホーンラビットの5倍の強さという事だ。それを確認するまでもなく、明らかな捕食者然としたその容姿と雰囲気に唾をのむ。


 体長2メートルはあるだろうか。その尻尾は2つに分かれており、全体は灰色の体毛に覆われている。首から胸にかけて三日月の白い模様が浮かんでいる。そして何よりもその口から下に伸びる二本の牙が特徴的だ。まるでサーベルタイガーの様に15センチほどはある鋭い牙が下に向かって突き出ていた。



 このまま全方位囲まれるとさすがにヤバいと思い、近くの巨木を背にそれらを迎え撃つ覚悟を決める。

 何とか背に巨木を配し、バックパックを投げ捨ててムーンウルフに対峙する。




 狼たちはゆっくりと俺を取り囲みグルグルと威嚇しつつも一定距離で止まり、それ以上近寄ってこない。一定の警戒をしながら俺の隙を伺っているのだ。


 その知性ある動きにぞっとする。猪突猛進で突進してくれた方が遥かにやりやすい。奴らは連携して狩ることの重要性を知っている。

 これは厄介だ。



「……大丈夫だ。 何度も見た父さんと凛香との稽古を思い出せ。どんな敵だろうとも無幻水心流なら対処できるはずだ。」



 そう口にすることで自分を奮い立たせる。



 全身の力を抜け。無駄な力みは反応速度の遅延や相手や自身の力の伝わりを阻害する。

 そして意識を目の前だけに集中するな。周囲全体にくまなく意識を張り巡らせ、全体を俯瞰して視ろ。

 呼吸を整え、自身の心拍をコントロールし、ひいては自身のアニマそのものの揺らぎを無くし感覚を研ぎ澄ませろ。

 相手のアニマの光に同調し、そのわずかな揺らぎから初動の前兆を感じ取り相手の動きに合わせるんだ。





 無幻水心流には、相手の意識にすら同調し相手の動きを読む奥義がある。それを“魂魄同調アニマレゾナンス”と言った。


 体はめっぽう弱かった俺だが、生前この魂魄同調アニマレゾナンスだけは他の誰よりも得意だった。師範であった俺の父からも俺のこの能力は長い無幻水心流の歴史の中でも随一を誇るだろうとお墨付きをもらうほどだ。


 それは俺が生まれながらに《彗心眼》を持っていたからだろう。相手のアニマの動きが日常的に見えるのだから、それに自身のアニマを合わせこむ術も自然と身についていたのだ。





 俺の雰囲気の変化に何かを感じたのか、一匹の狼が包囲から一歩前に出た。

 こいつが切り込み役らしい。



 姿勢を低くしてムーンウルフが後ろ脚に力を溜めた。《彗心眼》でもその後ろ脚が光り始めたのが確かに見えた。

 来る。あのホーンラビットと同じように飛びかかり俺の喉を一噛みで仕留めようという腹積もりだろう。


 そう思い俺が一層腰を落としたその瞬間。俺を包囲していた右側の別のムーンウルフが急に動き出したのを目の端でとらえた。


 不意のその動きに意識を一瞬持っていかれたその隙をつくように、切り込み役のムーンウルフが時間差で飛び込んできたのだ。


「陽動か!?」


 そう。右側のムーンウフルは俺の注意を引くための陽動だったのだ。まさかそこまで連携してくるとは思わず、反応が遅れた。



 そのせいで、飛び込んできたムーンウルフは既に目の前に居た。だが、それでも《彗心眼》で跳躍の瞬間を見ていた俺はその方向、タイミングを把握できていた。

 ギリギリ身をよじる様に狼の右横に半歩踏み出して半身になり、目前に迫るウフルの首元を左手で下から掬い上げる様に添えながらその右下を掻い潜る。ウフルの突進の力を阻害しないようにしつつもその力をそっと横にそらすことでどうにかギリギリ鋭い牙を避けることに成功した。



 ―――無幻水心流 “流水心”



 “流水心”は対する相手に同調し、後の先を取り相手のその力を受け流しつつもその力をも利用して相手を組み伏せる無幻水心流の組手技の全般を言う。今回は反応が遅れたために、相手の力を逸らすことしかできなかった。


 しかしそれでも“流水心”によってさらした相手の隙は大きい。俺は左横を通りすぎる浮いたままの狼の隙だらけの腹めがけて、右手の仕込み刀を下から突いた。



 空中と言う不安定な相手に対して、かつ反応が遅れたために体重を乗せきれなかった俺の仕込み刀の突きは、しかしその切れ味のおかげでウルフの腹を容易に切り裂いた。



 ―ズシャ!



 腹を切り裂かれたウルフはそのまま背後の巨木に衝突し、そのまま地面に崩れ落ちて絶命した。まさに一瞬の攻防だったため、他のウフル達には通り掛けざまに俺が腹を切り裂いたように見えただろう。


 俺が他のウフルを睨みつけるとゆっくりと後退し、そして逃げて行った。




「ふぅ。危なかった。」



 ムーンウルフは知性があるゆえに恐ろしいハンターであるが、逆にそれゆえに俺の事を警戒し逃走してくれたのは助かった。

 正直、先ほどの攻防はギリギリだった。現にウルフの牙が俺の頬をかすめて切り裂いていたのだから。おそらく4匹で一斉に襲い掛かられていたらヤバかった。




 絶命したムーンウルフを見て考える。



 ホーンラビットと同じように跳躍の瞬間、後ろ足が光るのを視た。あれは俺の《彗心眼》でしか見えないものだ。であるなら、恐らくあれは《魔力》なのだろう。体内で《魔力》を発生させて、前世では考えられない驚異的な瞬発力を生み出す。となればこれは《魔法》と考えるのがよさそうだ。


 効果からして体内の魔力を使ったあの《魔法》は《身体強化》と呼べるものだ。あのホーンラビットと先ほどのムーンウルフの光り方は全く同じだったことから、もしかしたらこの世界の生き物は日常的に《身体強化》魔法を使えるのかもしれない。


 この世界の生き物が全て《身体強化》を使えるとするなら、俺がそれを使えないというのは恐ろしく不利だ。



 しかし、今のところ俺はこの《身体強化》を使えずにいた。魔法メニューにあるにもかかわらず。


 ――――――――

《無》

 ・身体強化フィジカルエンハンス

 ――――――――



 もちろん俺はこの魔法を何度も試した。AR表示の魔法名をタップすることはできるのだが、何をどうやっても何も起こらないのだ。《火花スパーク》の様に発動はしないまでも《魔力》が見えなくなったりと言った変化すらなかったのだ。

 


 そして《彗心眼》で魔獣の《魔力》の動きを視て今更ながら気づく。《身体強化》魔法はを強化するものであるのだとすると、体内で発生させなければ意味がないのではないか?と。

 しかし、なぜか分からないが、俺の体内には《魔力》の光りが全く見えない。少ないんじゃなくて、本当に“”なのだ。


 だから、俺は体内で魔法発動ができず《身体強化》が発動しないのだろう。




 なぜ俺の《体内魔力》がゼロなのかは正直良く分からない。ばあちゃんは体質上魔法を飛ばすことができないと言っていたが、それが関係しているのかもしれない。


「はぁ。ばあちゃん。何でそんな設定にしたんだよ……。」と不平を口にしてみてもそれに答える者はいない。



 不満を言っても改善はしない。魔法メニューに初期設定で存在している限り、きっと使えるはずだ。さすがにばあちゃんもそこまで意地悪じゃないはずだ。何かを見落としているに違いない。

 どうにか《身体強化魔法》を使えないものだろうかと試行錯誤しながら、川と思われる場所を目指して進むのだった。



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