番外編 王都親善武闘大会・後編



 準決勝第一試合の興奮も冷めやらぬ中、第二試合の時間となった。

 ドラムロールと共に、マーレとヒューゴが入場してくる。


『今大会で本戦に残った猛者の中、紅一点の彼女がなんと! 準決勝にまで進出だ!! 兜に隠されたその素顔、気になっちゃって夜も眠れない! 華麗で優雅なるレイピア使い、マーレ選手ぅぅぅ!!』


 マーレは兜を被った頭をほんの少し下げ、挨拶をする。

 やはりその所作は優美で、凛としていた。


『対するは我らがファブロ王国の王太子、ヒューゴ殿下だぁぁっ! 眉目秀麗、頭脳明晰、戦っても強いだなんてもう完全無欠!! 念のため言っておきますが、殿下は忖度そんたくではなく実力で本戦まで上がって来られました! って、準々決勝を見ていた皆様ならわかってますよね!』


 ヒューゴが手を振ると、観客席は老若男女問わず大歓声で迎えた。

 開催地の王太子、人気がないはずがない。


『今回は、ヒューゴ殿下のご希望により、双方とも武器は木製の物を用意しています。では、試合開始です!』


 その声と同時にゴングが鳴り、双方とも木剣を構える。

 二人とも相手の出方を窺っているのか、動かない。


 張り詰めた緊張感の中、痺れを切らして動いたのは、マーレの方だった。

 相手の力が入りにくい場所を的確に狙い、突きを繰り出す。

 ヒューゴは盾をうまく使って回避しているが、何故か剣を振らない。


 マーレはたん、たん、とステップを踏み、踊るように剣を振るっている。

 ヒューゴもそれに合わせて、盾を使いながらリズム良く回避していく。


 剣を使ったダンスを披露しているかのようだ。


 くるくる回る。

 ひらひらと舞う。

 右へ、左へ。大きく後ろへ。


 その息はぴったりで、二人とも試合ではなく踊りを楽しんでいるかのようだった。


「なんだか、ダンスしているみたいね」


「うん。仲が良さそうで何よりだ」


「……ん?」


 セオの言い方が引っかかったが、私にはまだピンと来ない。


 カン、と澄んだ音を立てて、初めて二人の剣が交わった。

 マーレは思いっきり後ろに下がると、剣を地面に置き、審判に降参を宣言したのだった。


 降参した女性騎士、マーレが兜を取る。

 深海のように青い長髪が、はらりと散った。


 ヒューゴと息が合うはずである。

 そう。彼女の正体は。


『な、な、なんと! なんで気付かなかったのでしょう! なんと、マーレ選手は、メーア・マーレ・ベルメール・ファブロ王太子妃殿下でしたぁぁぁ! 司会者も知らなかった……というか準々決勝であんな荒くれ者と当てたらだめじゃないか、誰だ責任者は! って私か!!』


 ヒューゴとメーアは、落ち込む司会者を励ましている。

 メーアが身分を隠していたのだから、仕方ないだろう。

 司会者が元気を取り戻すと、ヒューゴとメーアは手を取り合って、観客席に挨拶をした。


『才色兼備の素晴らしい王太子ご夫妻に、拍手を!』


 会場が、今日一番の盛り上がりを見せる。

 このあと決勝戦を控えているはずだが、もうこれで終わっていいんじゃないか的な雰囲気になりつつあった。


「お祖父様、この後出づらいだろうなぁ」


「ふふ、そうね」


 控え室で「ワシ、帰っていい?」とか言っているのが目に浮かぶようだ。

 けれど、三国の交流を深めるための親善試合。

 決勝戦を行わないなんて選択肢は、ない。



 しばらくして、会場の熱気もひと段落した頃、決勝戦のファンファーレが鳴った。

 司会者の紹介で、フレディーことフレッドと、ヒューゴが入場してくる。


 ヒューゴは変わらず、剣と盾。

 フレッドも、巨大熊手に、オーバーオールと長靴だ。

 

『さあ! 泣いても笑っても最終試合! 今試合では、ヒューゴ殿下のご提案により、特別なルールが設けられています。先に言っておきますが、充分に安全は確保されておりますので、何が起こってもパニックにならないで下さい! それでは、試合開始だーっ!!』


 司会者が異例の注意喚起をし、試合開始の宣言をする。

 ゴングが鳴ると同時に、これまでと違うことが起こった。


 ゴゴゴ、と地面が鳴動している。


「えっ……!?」


「お祖父様の魔法だ!」


 フレッドが、魔法を使っているのだ。

 大地が鳴動し、尖った岩の塊がフレッドの周囲に現れる。


 それと同時に、チリチリと小さな炎がヒューゴの周りで弾け出した。


 観客は、何が起きているのかわからず、パニックになりかけている。


『観客席、観客席、落ち着いてください! 皆さんの安全も、出場者の安全も確保されています! 決勝戦では特別ルール――すなわち、魔法の使用が許可されます!』


 そう聞いて落ち着きを取り戻す者と、ソワソワしてはいるものの様子を窺い出す者が半数。

 精霊との付き合いが浅い王国の国民には、まだ魔法の使用は刺激が強かったようだ。

 けれど、聖王国や帝国からの旅行者が、王国民をなだめて落ち着かせていた。


『ヒューゴ殿下の魔法は、炎! 対するフレディー選手は、大地の魔法を使うようです! 一体彼は何者なんでしょうか、ただの農民じゃなさそうだぞーっ!?』


 ヒューゴの周りを、赤い炎が螺旋状に渦巻いている。

 フレッドは、石のつぶてをヒューゴの方へと飛ばすが、周りを取り囲む炎に阻まれ、ひとつもその身に届いていない。


 続いて、ヒューゴが動く。

 強い光が放たれ、私は眩しくて目を閉じた。


 目を開くと、ヒューゴの腕に炎の鳥が止まっていた。

 美しく長い尾を持つ、燃え盛る炎の鳥だ。


 ヒューゴが腕を突き出して鳥に指示を出すと、莫大な熱量を持つ紅き鳥が、フレッドに向かって一直線に飛んでいく。

 フレッドは岩石の盾を顕現させ、鳥の攻撃を防ぐ。

 炎の鳥がフレッドの背後に回ろうとも、横に回ろうとも、その都度地面から突き出す岩石の盾が進路を妨害し、近づけずにいた。


 フレッドの方も炎の鳥を岩石の檻に閉じ込めようとするが、素早く空へと逃げられてしまい、なかなかうまくいかない。


 だが。

 炎の鳥が痺れを切らしたのか、鋭い攻勢に出る。

 強引に突っ込んでくる炎の鳥が、ついに岩石の檻に閉じ込められ――


 その瞬間。

 もう一羽、新たに出現した炎の鳥が、フレッドの真後ろから襲いかかった。

 フレッドは寸前に気付いたものの、対処が間に合わず、炎の鳥がその背を狙う。


 しかし、炎の鳥がフレッドを焼き尽くしてしまうことはなく。

 くるりくるりと、遊んでとでも言うように、その周りを静かに飛び回るのだった。


 フレッドが両手を上げて降参すると、突き出ていた岩と、最初の鳥を閉じ込めた岩石の檻は砂と化し、元通り平らな地面に戻った。

 二羽の炎の鳥は、ヒューゴの腕と肩に止まる。

 ヒューゴがその頭を指先で撫でると、鳥たちは大空へと飛び立っていったのだった。


『優勝は! ヒューゴ王太子殿下!!』


 ヒューゴが、フレッドと握手をする。

 観客は突如見せられた魔法使い同士の戦いに、いまだ興奮と戸惑いが冷めやらぬようだ。

 司会者が、静まるようにと観客に合図し、事情を説明する。


『ヒューゴ殿下は、火の精霊の加護を受けておられます。こうして決勝戦に残ったら、国民の皆様に魔法を披露しようとお心に決めておられたそうです。まるで不死鳥のような、炎の鳥。なんと美しく気高い魔法でしょうか』


 パチパチパチ、とあたたかい拍手が会場を包む。

 ヒューゴは緊張したような、不安そうな表情をしていたが、悪くない反応を見てホッとしたようだ。


 笑顔になり、一礼するヒューゴ。

 観客席からは、より一層大きな拍手が鳴り響く。


『そして、対戦相手フレディー選手こと、地の精霊に愛されし聖王国の首相、フレデリック・ボーデン・エーデルシュタイン様――えええ、私、知りませんでしたよ!? もっと早くカンペ出してくれない!?』


 司会者が目を白黒させ、観客はドッとひと笑いする。

 フレッドが司会者の背中をポンと叩くと、司会者は飛び上がった。


『と、とにかく、お二人に、大きな拍手をーーー!!』


 大きな拍手と大歓声が会場を包み、ヒューゴ、フレッドが手を振る。

 後ろから出てきたメーアとカイも二人と並び、手を振った。


 ファブロ王家に密かに伝えられてきた火の精霊の加護。

 秘められた火の力を公にしたということは、今後は幼少期のヒューゴのように、力の制御で悩む王子や王女もいなくなるということだ。

 そして、ファブロ、ベルメール、エーデルシュタインの王家は、いずれも精霊の力を対等に持つことが明らかにされた。

 当初の予定通り、三国の親睦は、より一層深まっていくことだろう。


 こうして、王都で開かれた親善武闘大会は、幕を下ろしたのだった。



(王都親善武闘大会・完)



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 お読み下さり、ありがとうございました!

 カクヨムコンの準備に入りますので、番外編はしばらくお休みします。

 それでは、またお会いしましょう♪


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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜 矢口愛留 @ido_yaguchi

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