番外編 王都親善武闘大会・中編



 続いて休憩を挟んで出てきた選手は、どちらも馴染みある人たちだった。


「トマス! 頑張ってー!!」


 ロイド子爵家家令のトマスは、年齢こそ重ねているが、かつては領内で活躍していた狩人だった。

 腰にはナイフ、背中に矢筒を背負い、片手に弓を携えている。

 対する、もう一人の選手は――


『きゃあああ、ヒューゴ殿下ぁぁぁ!!!』


 観客席から上がる大きな声援に、手を振って応えるのは、ファブロ王国王太子のヒューゴだ。

 得物は、長剣と盾のようである。


 観客席から『ヒューゴ、ヒューゴ』というヒューゴコールが始まった。

 来年国王として即位することが内定している彼は、国民から大人気だ。


 ここで司会者から、特別な解説が入る。


『トマス選手の武器は弓矢とナイフですが、ナイフは木製、矢も先を丸めて先端に吸盤をつけてあります。ヒューゴ殿下が怪我をされることがないよう、措置をとらせていただきましたので、安心してご観覧下さい』


 トマスは、矢筒から矢を一本取り出し、観客に見えるように高く掲げた。

 確かに、子供のおもちゃのようにやじりにゴム製の吸盤がついている。これなら安全だろう。


 ちなみに、観客席に刺客が潜んでいたりすると困るので、事前に依頼を受けていたセオが、密かに透明な風の結界を張っている。

 客席から矢や投げナイフが飛んできても、何なら不審者が突入しようとしても、風の結界で阻まれるので、出場者は外部からの脅威に対しては安全だ。


『では――試合開始です!』


 試合開始のゴングが鳴ると、トマスは上に掲げていた矢を弓に当てがい、まずは一矢、牽制を放つ。

 ヒューゴはそれを避けるのではなく、走りながら持っていた剣で斬り払った。

 遠距離攻撃を得意とする相手と戦う時は、相手に距離を取らせないのがセオリーだ。


 トマスは矢筒から一気に数本の矢を準備し、グラウンドを駆けながら次々と矢を放つ。

 ヒューゴの速度が削がれ、トマスとの距離は少しずつ開いていく。

 会場からはブーイングが起きている。


「トマスさん、上手いね」


「昔はロイド子爵領で一番の狩人だったんですって」


「じゃが、矢数にも限りがある。本来じゃったら、そろそろ矢を回収しながら立ち回る必要が出てくるんじゃが……」


「ヒューゴ殿下、全部の矢を斬り落としてるよね」


 そう、ヒューゴは、矢を避けるのではなく斬ることに専念していた。

 あえて盾で受けてから斬り落としたり、地面に落ちた矢も斬りながら立ち回っている。


「これが魔物や動物相手の狩りじゃったら、トマスの腕なら勝利確定だったじゃろうな。ここからは心理戦になってくるのう」


「ナイフと長剣ではリーチが違いすぎる。何の対策もなく近接に持ち込まれたら、トマスさんの負け。その前にヒューゴ殿下の剣を封じることができたら、勝ちだ」


 トマスも同じことを考えたようだ。

 ヒューゴが避けるしかない場所に、時間差で二連射、三連射と攻撃を重ねていく。

 ヒューゴは矢を斬る暇も与えられず、後ずさった。

 トマスは円を描くように移動を開始し、最初に射った矢からヒューゴを引き離すように誘導し始める。


「ヒューゴもトマスの狙いに気付いとるが、対処できないようじゃな。経験値の差、ってところかのう」


「けど、矢筒にはもうほとんど矢が残ってないよ」


「そこなんじゃよ。この試合、どう転ぶのかまだまだわからんのう」


 そして。

 ついに、矢筒の矢が尽きてしまった。

 まだ、トマスは最初に射った矢を回収できる位置にいない。

 ヒューゴは、トマスとの距離を詰めようと駆け出すが――


 結果がわかっていたからだろう。

 トマスは弓とナイフを地面に置き、両手を上げて降参のポーズを取ったのだった。


『勝者! ヒューゴ殿下ぁぁああ!!』


 観客がスタンディングオベーションをして、再びヒューゴコールが始まる。

 ヒューゴはトマスと固く握手をして、観客席の全方向に手を振ってから、熱狂に包まれるグラウンドを後にしたのだった。


「すごかったね。トマスがあんなに強かったなんて、知らなかったわ」


「ヒューゴ殿下も冷静だったね」


「もう一つ矢筒を持っておったら、トマスが勝っておったかもしれんのう」


『会場の皆様、休憩を挟んだのちに、準決勝の試合を行います。出場者の皆様は、お集まりください』


「さて、行ってくるぞい。結局知り合いばっかり残りおったのう。気楽なもんじゃ、わっはっは」


 準決勝の出場者は、カイ、フレッド、マーレという名の女性騎士、そしてヒューゴだ。

 フレッドもマーレと知り合い……なのだろうか。

 豪快に笑いながら立ち上がったフレッドは、軽い足取りで観客席から出ていったのだった。


「誰が勝つのかしら。予想がつかないわ」


「うーん。四人の中ではカイとお祖父様の二人が飛び抜けて強いけど、二人は最初にぶつかるからね。後半の二人は……魔法なしだったらヒューゴ殿下の方が強いと思うけど、相手が相手だからなぁ。殿下は優しいから、油断したり躊躇ったりしかねない」


「相手が女性だから?」


「女性だからっていうか……」


 セオの回答を遮るように、ファンファーレが鳴り響く。

 準決勝が始まるようだ。


『お待たせしました! 準決勝、一組目はぁー!!』


 ドラムロールの音と共に、中央から選手二人が入場してくる。


『王国騎士団の中でも花形中の花形、王太子殿下付き近衛騎士、カイ選手! 鍛え抜かれた筋肉と、精悍ながらも明るい笑顔で、世の女性を魅惑するイケメン騎士だぁーっ!!』


 きゃああ、と黄色い歓声が上がる。

 やはりカイはモテるらしい。


『ここまで残ることが、一体誰に予想できたでしょうか!? 魔の森改め恵みの森にお住まいの農夫、得物は特注の巨大熊手! 今大会のダークホース、フレディー選手ーーー!!』


 フレッドは、フレディーという名で選手登録していたようだ。

 どうりでトーナメント表を見た時に気付かなかったはずである。


『さて、この試合に勝利し、決勝戦へ駒を進めるのは果たしてどっちだ! いざ尋常に、試合、開始ーーーっ!!』


 試合のゴングがなるが、カイもフレッドも動かず、何かを話しているようだ。


 そして、唐突に。

 二人は、武器を捨てた。


 二人とも、腰を落としてファイティングポーズをとる。

 どうやら、体術で勝負するらしい。


 カイは脇を締め、拳を握って両手を前に構える。足を小刻みに動かす、動の構えだ。

 一方、フレッドは後ろに引いた手を握り、前に出した腕を立てる。指は握り込まず、じっと動かない静の構えである。


 先に動いたのはカイ。

 速く重そうなパンチを、次々と繰り出していく。

 フレッドは、無駄に動くことなく、相手の力を軽々と受け流し、いなしていく。

 二人の動きが速すぎて、観客も皆ぽかんとしている。


「な、なに、あの二人」


「二人とも、さすがだね。けど、あれほど動いてたら、カイは体力の消耗が激しいんじゃないかな」


「けど、フレッドさんは攻めあぐねてるみたいに見えるよ」


 先程からフレッドは攻撃を受け流すばかりで、自分から攻撃しようとしていない。

 それでもじわじわと体力は削られていくから、そうなると若くて体力のあるカイの方が有利なのではないかと思えた。


 その時、カイが大きく後ろに跳び、両者は離れた。

 二人とも、肩で息をしている。


 次で勝負が決まる――そんなピリリとした空気が会場を包む。

 そして、カイが仕掛けた。


 一瞬、何が起きたかわからなかった。

 気付いたら、カイの背中が、地面についていたのだ。

 その右腕と襟元を、フレッドがしっかり掴んでいた。


 フレッドは、突っ込んでくるカイの力を利用して、相手を投げ飛ばしたのである。


『しょ、しょ、勝者! フレディー選手ぅぅぅう!!』


 一瞬の静けさののち。

 わぁぁぁぁ、と爆発的なまでに会場が沸き立つ。

 フレディーコールが巻き起こり、その中心でフレッドが頭に手をやって照れている。


 カイに手を差し伸べてその体を起こすと、フレッドはカイの手を掴んだままバンザイして、会場全体がカイとフレッドの健闘を讃えた。



(後編につづく)


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