番外編 王都親善武闘大会・前編
全三編です。
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晴天、熱気、そして張り詰める緊張感。
耳に届くのは、観客の囃し立てる声と、試合開始のゴングの音。
ここは、ファブロ王国の王都で開かれている、武闘大会の会場である。
国交を開いた記念に親善試合を行うと言うことで、しばらく前から、国内外問わず広く出場者を募集していた。
一ヶ月かけて予選を行い、勝ち上がった猛者たちが、この本選で腕を競う。
本来は球技の試合が開かれるという、王国で一番大きなグラウンド。
私とセオは、聖王国の代表として招待され、グラウンドにほど近い場所で観戦している。
先程まで隣にフレッドもいたのだが、トイレと言って席を立って、まだ戻ってきていない。
試合会場で売っている食べ物を散々買い漁っていたから、食べ過ぎてお腹でも壊したのだろうか。
今行われている試合は、準々決勝の初戦だ。
ゴングの音が鳴ってから、たった数秒。
圧倒的な速さで相手の意識を刈り取ったのは――
『勝者! ファブロ王国騎士団所属、カイ選手ーーー!!』
わぁぁぁぁ!
審判が旗を上げ、司会者が拡声器を通して勝利宣言を告げる。
それと同時に、観客が沸き立つ。
『相手もベテランの冒険者でしたが、なんとカイ選手、剣を抜くことなく拳のみで相手を早々にKOしてしまいました! カイ選手は王国騎士団の中でも五本の指に入る強さを誇り、王太子殿下の近衛騎士として――』
「すごかったね! さすがカイさんね」
「うん。カイは聖王国にいた時から、魔法を使わない試合では負けなしだったんだよ」
どこか自慢げに話すセオは、あまり表には出さないが、カイを慕っている。
セオが子供だった頃、カイは聖王国の騎士団に所属し、当時王子妃だったハルモニアと一緒に、セオを側で見守っていた。
感情のないセオを見限らず、変わらない態度で接していたのは、この二人だけ。
カイがセオの両親の友人だったという理由もあるかもしれないが、何より、彼が真っ直ぐで明るく裏表のない性格だったからこそ、長期に渡ってきちんとセオと向き合えたのだろう。
「今回の試合は、魔法禁止だものね。あれだけ強いなら、優勝もあるんじゃない?」
「そうかも」
カイが太陽みたいにニカっと笑って手を振ると、客席から黄色い声援が上がった。
王国騎士団は人気の職業だ。
精悍な顔立ちのカイが見せた笑顔に、女性たちの目はすっかりハートになっている。
「そういえば、カイさんって、結婚しないの?」
「女性に誘われても、全部すっぱり断ってるみたい。理由は知らないけど」
「へぇ、そうなんだ」
「あ、次の選手が出てきた……って、あれ? なんで?」
「ん?」
突然セオが驚きの声を上げたので、私は試合が行われるグラウンドに視線を戻す。
オーバーオールに長靴、手には落ち葉を集めるための巨大な熊手。
そこにいたのは、ふざけた装備の、縦にも横にも大きな男性――
「フレッドさん!?」
観客席も、心なしかざわついている。
「お祖父様……最近ちょくちょく王都に送れって言ってたのは、これが理由だったのか……」
対戦相手は、カイに引き続きファブロ王国の騎士だ。
どこからどう見ても農夫といったいでたちのフレッドを見て、少し困惑しているようである。
フレッドは、熊手を持っていない方の手を、ちょいちょいと動かした。
遠慮なくかかってきなさいとでも言っているようだ。
それを見た相手の騎士も、顔から困惑を消して真剣な表情に変わる。
騎士は剣を正眼に構えるが、フレッドは相変わらず熊手を肩に担いだまま。
試合開始のゴングが鳴ると、騎士は一気に距離を詰めた。
フレッドは無造作に熊手を体の正面に持ってきて、両手で構える。
騎士が上段から剣を打ち込むと、フレッドは熊手の先端で器用に受け止め、その剣を絡め取った。
フレッドが手を捻ると、騎士の手から、剣が離れて宙を舞う。
剣は綺麗な放物線を描いて、遠くの地面に突き刺さった。
騎士が勝つだろうと高を括っていた観客も、司会者も、何が起きたか分からず、一瞬静まる。
だが、審判が旗を上げると、わぁぁああ、と割れんばかりの歓声が会場に響いたのだった。
フレッドと騎士は笑顔で握手を交わし、退場していった。
「ただいまー」
しばらくして、フレッドが観客席に戻ってきた。
熊手は預けてきたらしく、変装のつもりか、代わりに麦わら帽子をかぶっている。
オーバーオールと長靴はそのままだし、フレッドはそもそも体も大きいので、普通に目立っているのだが。
「お祖父様、試合に出るなら一言教えてくれればよかったのに」
「んん? 言っておらんかったかの?」
「聞いてないよ。怪我がなくて良かった」
「わっはっは、ワシが怪我なぞするもんかい」
やはり、セオも聞いていなかったらしい。
セオは、豪快に笑うフレッドを、呆れ顔で見ている。
そんなセオをよそに、フレッドは、帰りがけに売店で買ってきたらしい焼き鳥を膝の上で広げ始めたのだった。
突如、わぁぁぁ、と観客がひときわ大きな盛り上がりを見せる。
私はグラウンドに目を向けた。
「まあ、次の選手は女性なのね!」
「……ねえパステル、あの人、見たことない?」
「え? 兜で顔が見えないけど……誰?」
「いや、気のせいかな……。彼女がこんな所に出てくるはずがないし」
試合開始のゴングがなると、女性騎士はすうっとレイピアを構える。
相手の戦士は斧を持った大柄な男性だ。
荒くれ者のような下卑た笑みを浮かべているのが気になる。大丈夫だろうか。
先に動いたのは、斧を持った戦士だった。
男が大きく振りかぶって地面に斧を打ち下ろすと、轟音と共に砂礫が舞う。
棄権を狙って、牽制でもしたつもりだろうか。
だが、女性騎士の方が上手だった。
男が打ち下ろした斧を地面から引き抜く間に、彼女は踊るように優雅な動きで、素早く男の後ろに回る。
すぐさまビシッと首筋にレイピアを当てた。
普通ならこれで勝利確定なのだが、斧戦士は逆上したようだ。
反対側から思いっきり女性騎士の胴体目掛けて、斧を振り回した。
女性騎士は、またしても優雅かつ素早いバックステップで、あっさりと斧を回避する。
「ね、ねえ……! あれ、反則よね」
「うん。どう見ても女性騎士の勝ちだ」
審判も司会者も試合を止めようと声を上げているが、斧戦士は止まらない。
男を取り押さえようと衛兵が集まってくるが、それより一歩早く、女性騎士がその懐に潜り込む。
レイピアの柄が斧戦士の顎に直撃し、男はあっさりと、地面に沈んだのだった。
『しょ、勝者、マーレ選手!!』
司会者が拡声器でそう告げるものの、斧戦士に対するブーイングでかき消されてしまった。
衛兵が斧戦士に縄をかけて運んでいき、斧を叩きつけたせいで抉れたグラウンドを整備するため、休憩を挟むことに。
気付いた時には、マーレという名の女性騎士も、その場から姿を消していた。
「ん……? マーレ……?」
なんとなく、どこかでその名を聞いたことがあるような気がしたが、私は思い出すことができなかった。
(中編につづく)
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