番外編 三度目の正直・後編



 メーア視点です。

 前半は回想の続き(メーア十歳時点)、黒メーア注意です。


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 その日も、アルバート殿下は形式上の挨拶を済ませると、従者と共にすぐに城下へ向かってしまった。

 今日もセオドア殿下と二人きり。

 私が苦手と思っていても、セオドア殿下も王族である以上、無下に扱う訳にはいかなかった。


「セオドア殿下、何かしたいことや行きたい場所は無いのですか?」


 これまでは毎回、こちらから何かしらの娯楽を用意してもてなしていた。

 だが、絵芝居を見せても、人形劇を演じさせても、音楽を演奏させても、セオドア殿下は何の反応も示さず、表情が変わることもない。

 ならばと思って私は、本人に直接質問をすることにしたのだ。


「特にありません」


 セオドア殿下は無表情のまま、平坦な声色でそう返答した。

 私は、正直イライラしてしまう。

 彼に感情がないことは分かっていても、理解、ましてや歩み寄ることなんて到底出来そうにない。



 そう、それは、八つ当たり……だったのだと思う。



 私を構ってくれないアルバート殿下。

 婚約関係さえ続けていればいいからと取りなしてもくれない帝国の関係者。

 面白いことの一つも言えない、感情のない人形。

 仕事仕事で一緒に過ごしてもくれない両親。

 毎日の勉強、勉強、勉強。



 私は、もう、限界だった。



 私は侍女にお茶と軽食を用意するように告げて下がらせると、今までのストレスをぶつけるように、セオドア殿下を責め立てた。


「……私ね、あなたみたいな人、嫌いよ。自分の意見もなく、利用価値も空を飛べるってぐらいしかないのに、王族として庇護だけ受けてるなんてずるいわ」


 セオドア殿下は、嫌い、と真正面から言われても、貶されても、ぴくりとも表情が動かない。

 一度口に出してしまうともうダメだ。私はどんどんヒートアップしてしまう。


「私は帝国の皇女だから、皆が私を大切にしてくれる。けど、それは私に利用価値があるからよ。父も母も大臣も宰相も貴族たちもみんな、私に利用価値があるから愛してくれるのよ」


 怒りで、悲しみで、目の前の景色が歪んでいく。

 セオドア殿下が悪い訳ではないと、頭では理解していたが、感情は別だ。


「――私はそれに応えるためにずっとずっと努力してきたわ。毎日勉強して、お稽古して、出来なければ叩かれて。心は泣いてても何時間でも笑っていられるようになった。なのに、あなたは」


 息を吸い込んで、思い切りぶつける。目の前にいる、人形に。


「――どうして、王族ってだけで、大した利用価値もないのに大切にされてるのよっ!」


 私は最後まで言い切ると、はぁ、はぁ、と肩で息をする。

 それでもセオドア殿下は表情を変えない。


 だが、私の中には昏い満足感がこみ上げてくる。

 日頃溜まっていた鬱憤が、声に出すことで少しずつ晴れていくようだった。


「……私は、認めない。殿下なんて敬称、付けてやらない。私は、責任も重圧も受けないあなたを王族だなんて認めないから。いいわよね、セオ」


 言い切ってから、少し後悔してしまった。

 セオが感情を失ったのは不可抗力で、セオは悪くないのだ。

 けれど、それを頭では分かっていても、私の感情は決壊寸前で、脆くなっていた理性では止めることが出来なかった。


「構いません。セオで結構です」


 セオは、無表情のまま、そう答えた。

 それもまた私をイラつかせる。


 ——どうにかしてこの鉄面皮を歪ませることは出来ないだろうか、そうすればもっと溜飲が下がるのに。


 私の歪んだ思考が、徐々に歪んだ行動に向かっていってしまうまで、そう時間はかからなかった。


 そして、構ってくれないアルバート殿下よりも、唯一感情を吐き出せる先であるセオの方に自分の好意が向きつつある、と気がついたのは、それから随分先のことであった。




 ◇◆◇



「……ふふ、私、嫌なやつね」


 こうして思い返すたびに、深い自己嫌悪に襲われる。

 厳しい教育に、義務感に、精神的な成長が追いついていなかったのだろう。

 私も、子供だったのだ。


「けれど、その後も私はあの子を傷つけ続けた。私の弱さという他ないわね」


 その昏い循環が治まったのは、あの時。

 砂浜で肩を寄せ合う二人を見て、私の恋は散った。

 感情を映さないはずのその瞳には慈愛が満ち、その眼差しが向かう先には、花のように微笑む少女。


 完敗だった。

 燃え上がるだけじゃない。

 穏やかな愛情を内包する、美しい恋だった。


 


 今はもう、セオも感情こころを取り戻し、自分の幸せを掴んだ。王族としての責務も、彼はしっかり果たすだろう。

 セオは頭もいいし、努力を厭わないし、何より――そばで支えてくれる人がいる。


 ベルメール、ファブロ、エーデルシュタイン。

 同世代の王族三人が、この混迷の時代に絆を繋いだ。


 私とヒューゴを出会わせてくれただけではない。

 この旅を通じて、セオが、パステルが果たした政治的な功績は、本人達が自覚しているより遥かに大きい。


「セオ、パステル」


 窓から見える、大きな大きな虹のアーチ。

 空はどこまでも繋がっている。


「私とヒューゴは、ひと足先に幸せになるわ。次は、あなたたちね」


 今頃、初めての公務に臨んでいるであろうパステルと、隣で穏やかに見守るセオの笑顔を想像し、私は緩やかに口角を上げたのだった。



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 お読みくださり、ありがとうございました。


 次回の番外編では、ファブロ王国で武闘大会が開催されることに!

 あの人やこの人の戦う姿が見れますよ!

 お楽しみに♪

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