episode.4 喧嘩自慢

第1話 依頼

 喧嘩自慢。そう呼ばれる不良たちを集めて撮影をしているジムがある。

 そんな話を持ってきたのは、坂田大輔だった。

 駅前にある小さな食堂。その食堂の座敷席で、真壁と大輔は少し遅い晩飯を取っていた。

 大輔はしょうが焼き定食をご飯大盛りで注文し、口の中に目一杯飯を頬張ってから、それを大ジョッキのビールで流し込んでいる。

「いま、流行ってんすよ。知らないっすか、真壁さん」

 そう言って大輔はスマートフォンの画面に映し出された動画を真壁に見せた。

 リングの中にふたりの若い男が立っている。ひとりは上半身裸であり、身体のあちこちに和彫りの刺青が入っていた。もうひとりは金髪で細面、上半身にはスポーツメーカーのロゴが大きく入ったコンプレッションウェアを着ていた。ふたりとも手にはオープンフィンガーグローブを付けており、下半身はキックボクシングパンツを履いて、ともに素足だった。

 ゴングが鳴ると、刺青の方が走って近づいていき大ぶりのパンチを繰り出す。

 金髪の方はその大ぶりのパンチに対して体を反らすようにして距離を取って、パンチを避けると踏み込んでカウンターのミドルキックを入れた。

 どちらも素人だった。格闘技をやったことがないか、少しだけ齧ったといったところだろう。

 お互いのパンチやキックは当たっているが、軸がブレているため大したダメージは与えられずにいる。距離が詰まると掴み合いとなり、膠着状態になってしまうため、その時だけは黒いポロシャツを着たレフリーと思われる人物がふたりを引き離す。それが一分間続いた。

「これがどうかしたのか?」

 率直な意見を真壁は大輔にぶつけた。

「面白くないですか? なんか見ていると熱くなるっていうか」

「それで、大輔はこれに出たいのか? まあ、お前が出れば全員秒殺だろうな」

「いやいや、出たいわけじゃないっすよ」

「だろうな。じゃあ、なんだっていうんだ」

 真壁はそう言うと瓶ビールを自分のコップへ注ぎ、一気に半分ほど飲んだ。

 ビールはいつも中瓶だった。ジョッキで飲むよりも瓶で飲んだ方が美味く思える。ただ、それだけの理由だった。

「最近、駅の向う側にある質店に強盗が入ったのって知っていますか」

「なんだ、急に話が変わるじゃないか」

「まあちょっと、これを見てもらえますか」

 大輔はそう言って先ほど真壁に見せたスマートフォンを操作して別の動画を見せてきた。その動画は画像が荒く、更にはモノクロ映像だった。どうやら防犯カメラの映像らしい。

 映像はどこかの店舗を映しているようだった。しばらくすると、白い光が入ってくる。そして、画面が揺れる。そこへ三人組の男が入ってきた。どの男も上下黒のスウェットを着ており、フードを被って顔を隠している。男たちは手に持っていたバールのようなものでショーケースを叩き、中に入っていたものを袋へと詰め込んでいく。

「これは強盗事件の映像なのか?」

「ええ。これは駅前のやつとは違うんすけどね」

「こんなものを見せて、どうしようっていうんだ、大輔」

「そんなに焦らんでくださいよ、真壁さん」

 映像は男たちが店から逃げていくところで終了していた。

「実はこの店、斎藤さんとこのフロントがやっているらしいんすよ」

 大輔の言葉に真壁は舌打ちをする。

 斎藤の名前が出たということは、仕事ということなのだ。

 斎藤はこの地域を縄張りとしている暴力団組織「北条会」の人間だった。時おり、真壁に荒事仕事を振ってくることがあるが、今回は直接真壁に依頼するのではなく遠回しに大輔経由で依頼してきたというわけだ。

「そんなもの、警察が逮捕するだろ。俺の出る幕じゃない」

 真壁はそう言うと、コップに残っていたビールを飲み干した。

「いや、それがですね。この犯人たちについての情報があるんすよ。さっき、喧嘩自慢の映像をみたじゃないですか。あの喧嘩自慢の試合に出ている奴らの中に、この犯人がいるって噂で」

「だから何だっていうんだ」

「来週の水曜日。こいつらは、喧嘩自慢の動画撮影のためにジムに集まるらしいっす。斎藤さんは俺にその喧嘩自慢の試合に出て、犯人をあぶり出せって」

「そうか。お前の仕事か。じゃあ、頑張れよ、大輔」

「いやいや、ちょっと待ってください。真壁さんにも協力してもらうように斎藤さんから言われています」

「嫌だよ、俺は」

「もう前金もらっちゃったんすよ」

 大輔はそう言うとテーブルの上に分厚い封筒を置いた。封筒の中身、それは金だった。数えなくても一〇〇万近い金額が入っているということがわかる。

 その封筒を見た真壁は舌打ちをすると、封筒に手を伸ばした。

 しかし、それよりも先に大輔が封筒を真壁の手の届かないところへと移動させる。

「なんだよ、大輔」

「この仕事を請け負うんですね、真壁さん」

 真剣な目でじっと真壁のことを見つめながら大輔が言う。

「やるよ。クソが。どいつもこいつも俺の足元を見やがって」

 真壁はそう呟くと、腕を伸ばして封筒を掴んだ。

 金が必要だった。それがどんなに汚い金だとしても。ヤクザの下請けをやっているという時点で、同じ穴のムジナであることは確かだろう。

「それで、俺は何をすればいいんだ、大輔」

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拳王伝 KENOHDEN 大隅 スミヲ @smee

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