フジシロさんの道具箱

 装備の仕事に慣れてくると、だんだんこまかなことがわかってくるようになった。

 私が受けているのは、本の外側にかかわる部分で、登録の仕事はまた別なものだということとか。

 小学校の本の仕事が主なので、読み物の装丁が凝っているものがたまにあり、それに苦戦しているとフジシロさんに助けてもらえることとか。


 わからないことや迷ったときは、フジシロさんに訊くとだいたい解決するので助かる。

 彼女は最初大学図書館に勤めて、そのあと私立の中学と高校の図書館に勤めて、そのあとで大きな書店の図書館事業部に招かれて隣町の公共図書館の館長を五年勤めて定年となり、なぜかたまたま近所だといううちに来てくれたという、ありがたい人なのだ。


   * *


 ツクシさんのところで仕事の引継をしていた頃は、それとは別に家でも自分の手持ちの本を使って装備の練習をしていた。

 フィルムをうまく貼れず、シワになってしまったものがたくさんある。

 作業の仕方もいろいろあって、きれいに圧着させるために片手で引きながら古いタオルで少しずつ貼る人と、プラスティック定規などでフィルムを乗せた本の表面を一気にしごいて貼る人がいるようだ。

 どちらも試してみたけれど、私はどうも古タオルが向いている。思いきりがよくない。


「すごい」


 ツクシさんもフジシロさんも定規派だったようで、実演を見せてもらうと手並みが鮮やかだった。


「どっちでもいいのよ、きれいにできるほうで」

「はい。定規も憧れるけど、タオルがいいです」


 家にある、私の子供の頃みていた絵本のほとんどが、フィルムを貼られたものになってきた。

 しかし図書室の本は絵本ばかりではないのだから、読み物も練習しなければならない。


「うわあ、我ながら読み古してるわ」


 くまのプーさん。ズッコケ三人組。かいけつゾロリ。


「練習台として、役に立ってもらおう」


 フジシロさんは、彼女専用の道具箱を開いた。本の修理の道具入れとして使い込まれた赤い工具箱。

 見せてもらっても、私はまだよく使い方を知らないものがある。

 紙やすりは、本の天(ページ束の上)、地(下)、小口(側面。めくる部分なので、手ずれで汚れやすい)の汚れを取るのに使えるとこの間聞いた。


「いや、カッター出すだけなんだけど……」


 何か期待に満ちた目で見てしまっていたようだ。

 それだけ、私も未知の仕事で緊張していたみたい。


 これから一冊一冊、数えきれないフィルムを私は貼り、または貼らない装備も経験していくのだけれど、この時は古タオルを友だちに、言うことを聞いてくれないフィルムに苦戦していたのでした。

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