シノザワさんの糸

 目の前には地図が一枚。


「どうしよう」


 絵本の付属品が地図だった。


 読んだあとに冒険のおはなしを振り返るためのもので、島の様子が一望できる。冒険の思い出(おやつを食べた場所、怪物に出会った場所)の地点もわかる。サイズはA3横。四つに折られている。絵本本体のサイズはB5横。


「封筒でポケットを作って見返しに貼って、そこに入れる方法がまずひとつ。幸いこの本、見返しにイラストがないから、いける」


 フジシロさんの話を神妙に聞く。


「でも、それでも読むのは子供たちだから、破れたり紛失の恐れがあるので、」


 そうねえ。


「全面にフィルムを貼り、」


 えええ、ヒラヒラの一枚に。できるかしら。


「そして、折り畳める遊びをもたせて、広げて読みやすい方向で本のノド付近に貼り、固定する。これがふたつめの方法。これも畳む時の力加減で綴じ目が破れる可能性はあるけど、紛失の心配は少し薄れる」


 本のノドというのは、ページを綴じているあたりの部分のこと。付属品を貼るときは、本を閉じた時のはみ出しや、折り畳んだ厚さで閉じにくくならないかの加減があって気を遣う。


「ちょっと保留にして、明日納品の時にオカシマ先生に確認してみます」

「それがいいかも。ついでに、似たような装備になってる本、ないか聞いて、あったら見せてもらえるといいかな」


 そうして何回も問い合わせをしたり、見せてもらったりしたなあ。


   * *


 という、二年前の状況を思い出しながら、理科の図鑑に付属品としてついていた元素周期表にフィルムを貼っていた。

 オカシマ先生が内容を確認したところ周期表を確認しながら読みたい項目があったので、今回は上質紙の封筒(再利用品)を見返しに貼って、全面にフィルムを貼った付属品をそこに入れる方式にした。ついでに裏表紙のバーコードラベルの上あたりに、


〈ふろくをわすれないでね!〉


 の、シールも貼る。


「館長、そうだっけ?」


 レジのほうから、シノザワさんの声が聞こえた。たまにお孫さんのノノカちゃんといっしょに来てくれるおじいちゃん。

 フジシロさんを〈館長〉と呼ぶのは、フジシロさんが勤めていた図書館の利用者だったから。


 ちょっとのぞいてみると、絵本の修理の相談みたい。綴じ糸を通す順番を、フジシロさんが紙に書いている。


「通しはじめは右から二番目の穴から、しか覚えてなかったよ」


 図書館で本の修理講座を開いたときに、シノザワさんも参加していたんですって。


「スキャンするから、って、自分で糸切っちゃうんだもんなあ。自分の名前書いて大事にしてた本なのに」


 ノノカちゃんのお母さんが、タブレットで読むために絵本をバラバラにしたらしい。

 なかなか抵抗ある行動に思われるけど、デジタル化すれば、大事な絵本とずっといつもいっしょにいられるようにもなる。


「この状態ならだいたいもとに戻りますよ。見返し破れてもいないし」


 糸で綴じたら製本用のノリで表紙とつなげるので、また持ってきてください、と、フジシロさんは約束していた。


「糸はいくらでもあるんだよな。うちのが洋裁してたからね。この本を綴じるの、麻のミシン糸でいいんだっけ。ほら、たぶん今日のノノカがはいてるスカート、うちのが昔、娘に作ったやつだな」


 ふんわりした、群青色のスカート。オレンジ色のシャツに合っている。


「まだまだこんなかたちで、うちのには面倒見てもらってるんだなあ」


 シノザワさんは奥様をなくされてから、お嬢さんご夫婦の家に来られたんでしたっけ。

 絵本とスカートとご家族と。

 奥様ののこされた糸がつないでいるので、なんだか不思議なかんじ。

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