蔵書点検『リンバロストの乙女』(四)

 それからまだまだ調査は終わらなそうだった。

 やっぱり図書館の人って、そういう傾向がないと務まらないのかもしれない。アイスのこと忘れてるな。


 心残りはあるけれど、そろそろ店にも戻らなければならず、私とフジシロさんはこのあたりで失礼した。


「学校の百年史には戦時中の記述があるからそれと、同窓会誌に何かあればねえ」


 帰りの車でも、話は続いた。


「さっき田中さんにちょっとだけ聞いたのだけれど。

 本が出てきたお家では、疎開した生徒を受け入れたことと、おばあさまが終戦直後の卒業生だということしかわからないというお話だったんですって。今回のご連絡も、そのお孫さんという方からで」

「その卒業生の方は」

「ずいぶん前に残念ながら亡くなられたそうよ」

「そうでしたか……」


 蔵の奥に本の謎を残して。

 いえ、ご本人も忘れていたかもしれないけれど。


「百年史の方にね。ちょっと記憶違いもあるかもしれないのだけれど」


 フジシロさんは職員だった昔、百年史は時々参照していたそうで。


「所用で疎開先から一時自宅へ戻った生徒数名が、空襲で亡くなられたという記述があったと思うの」


 戦争中に、たくさんの英語の少女小説を抱えて疎開した、ミッションスクールで英語を学ぶ女学生たち。

 やはり戦争中なのだから、そんなことも起こり得るのだ。


「想像にとどまるけれど、どんな暮らしだったのかしら。命を落とす状況の隣で、英語の本を守りながら暮らしていたなんて」


 話している間に車は店に到着して、フジシロさんはレジに立ち、私は奥でタイプライターのキーを叩いていつものようにラベルを作った。


 タタタン、タタタン。

 タタタン、タタタン。


   ◆


 お懐かしいみなさまに、こうして再び同窓会誌をお届けできますことを感謝いたします。

 戦火と悲しい別れ。今は神の身元へお帰りになった兄弟姉妹たちの安寧を祈る日々です。


 同窓会へおいでいただいたみなさま、お懐かしうございました。ご事情でおいでいただけませんでしたみなさまからも、近況をうかがっております。


 ◯期卒業の◯◯様。「夫の実家で、二人の子供とともに、稲を育てる毎日です。近年、私の村にも健康診断の巡回バスが来るようになり、助かっております。みなさまもお健やかにお過ごしくださいませ。」


 □期卒業の□□様。「このたびは同窓会へうかがえず大変残念ですが、こうして生かされた命を大事にして、またの再会をみなさまのご健康を願いつつ、お祈り申し上げます。」


 ●期卒業の●●様。「戦争が終わり、青空と風の恵みを家族や友とよろこぶ日々に、疎開先で学友たちと『A Girl of Limberlost』をつたなくも読んだことを思い出します。自然の中に神のみわざを見出だすコムストック夫人の心境です。」


   ◆


 ◯期卒業◯□様より●期卒業の●●様へ。「お懐かしい●●先輩。『A Girl of Limberlost』を疎開先で講読されていたお話を私たち後輩にしてくださったことを、覚えていらっしゃいますか。同窓会誌を読み、素晴らしい学生時代の思い出がよみがえりました。」


   ◆


 ●期卒業の●●様より◯期卒業◯□様へ。「同窓会誌でお名前をお見かけし、お元気そうなご様子で嬉しく思いました。あのお話も思い出していただき、私もまた、懐かしい思い出にしばし浸りました。

 このお話も覚えていらっしゃるでしょうか? アニー先生の印のある『A Girl of Limberlost』は疎開先に複数冊あったことを。アニー先生は、日本の少女たちに、努力と明るさで幸せをつかむ物語を、とお考えだったのかしら。

 実はこの『A Girl of Limberlost』、疎開中にずいぶん読みましたが、戦争が終わりいよいよ学校の図書館へ戻そうというとき、一冊見えなくなっていたのです。

 戦争中のことですのであれやこれやに紛れてしまった本は他にもありましたから、特に問題にはならなかったのですが、空襲で亡くなられた学友の◆◆さんが、とてもこの物語がお好きだったことをしのび、きっと神様が◆◆さんへ届けてくださったのだろう、と、話しておりました。

 つい懐かしい話が長くなりました。◯□様、ご家族のみなさまの、ご健康とご多幸をお祈りしております。思い出をありがとうございました。」

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きょうの栞 倉沢トモエ @kisaragi_01

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