蔵書点検『リンバロストの乙女』(二)
〈リンバロストの乙女〉または〈リンバロストの少女〉の原題〈A Girl of Limberlost〉。
母親になぜか憎まれて育った少女エルノラが、昆虫採集を通して自然の美しさに触れ、また生来の明るい性格で困難を切り開き、幸せになるお話だ。ランチボックスをプレゼントされる場面が好きだった。
本はかなり古いもので、表紙も元の色がわからない。太めの線画で花が描かれている。1909年の本ですって。
フジシロさんは手を洗ってきて、その本を開いた。
「どこから出てきたの? 点検で出てきたの?」
「それがね。本日宅急便で届いた、多分延滞本です」
「延滞?」
貸出されていたの?
「いえ、だったら面白いなあ。そのへんをね、作業も終わったし、調べてたんです」
「なるほどね」
図書館の人って、そういうの好きそうな印象がある。
「蔵の奥から出てきたものだけれど、女学校の印が押してあるから、と、まずメールで相談がありまして」
添付された写真を見ると、なるほど中表紙の真ん中に女学校の蔵書印。下のほうに〈000763〉の番号。
「それで送っていただきました」
「なるほど」
「真仲さん!」
隣の作業台に集まって、何かひっくり返していたのは学生アルバイトの人たちらしい。
「段ボール箱、地下書庫のすみっこにありました!」
これまたかなりぼろぼろの箱だ。
「あ、ああ、あれかあ」
フジシロさん、何か思い当たる箱みたい。
「そうそう、だからフジシロさん来ないかなあ、って思ってたんですよ」
箱は作業台の上で開けられた。
「帳簿?」
「すごい。カビひとつない」
中はクリーム色の紙。左端から受入年月日。登録番号。著者名。書名。出版社。刊年。発行所。受入や財源、等々。丁寧にペンで記録されている。
「あれね、図書原簿。受入と受入の経緯、除籍の記録なんだけれど、システムを電算化した時に地下に保管してそのままだったの」
フジシロさんが教えてくれたところで、田中さんがさらに説明をくれる。
「空襲で原簿も焼けたものですから、戦後にあらためて整理した台帳なんですよ。空欄多い。で、フジシロさん」
フジシロさん、裏表紙の見返しを見せてくれる。
そこには、紺のインクで水仙のスタンプが押されていて、下のほうに〈A・Wells〉という多分名前と、No.121、多分番号が。
田中さんの説明は続く。
「この大学のもとになった英語塾の先生に、アニー・ウェルス先生という方がいらっしゃいましてね。ここが女学校になってからも、引き続き勤めていらした」
アニー先生は少女小説を集め、英語を学ぶ女学校の生徒たちに貸し出していた。図書館とは別に。
「じゃあこれ、すごい本なんですね」
スタンプは、アニー先生が本を管理するために押したものなのだろうと。
「そうそう。そうなの。アニー先生が亡くなられた時に図書館で引き取って、あらためて整理したのだけど。でも、検索したらデータベースにないからね、この本」
今の時点で、電算化から漏れている資料ということだけがわかったのだそう。
となると。
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