第6話 悪の魔法少女と正義の魔法少女

「お姉様はそう言うと思ってました」


 ゆうの眼差しを受け止めて茜は悲しげに微笑んだ。ゆうもまた悲しげな微笑みを返した。

 そして――。


「ユシ、私を正義の魔法少女に変身させてください!」


「キア、こっちも変身できるか!?」


 二人同時に叫んだ。


「よし、来たくま! ポチッとなーくま!」


「わかったてん! ポチッとてーん!」


 どこからともなく取り出したボタンをユシとキアが押す。茜の体は白い光に、ゆうの体は黒い光に包まれた。


「まるでウェディングドレスのよう。お姉様への愛が通じるという暗示かしら」


「お前の愛が通じるって……私、殺されてるよな!? じゃあ、この黒い衣装は喪服かよ!」


 真っ白な衣装に身を包んだ茜はうっとりと微笑み、真っ黒な衣装に身を包んだゆうは引きつった笑みを浮かべた。

 かと思うと――。


「キア、逃げるぞ! 肉体強化魔法!」


「いきなり魔法を使うとか順応力高いてーん!」


 ゆうは茜に背を向けて駆け出した。肉体強化魔法のおかげか。たったの一歩でゆうと茜の距離は十メートルほど開く。

 でも――。


「ひどいわ、お姉様。私の愛から逃げるなんて」


「うぎゃ!」


 真っ黒なブーツの爪先数ミリを削る位置に突き刺さった白く光る矢にゆうはたたらを踏んだ。


「大丈夫、この弓でお姉様を射殺すなんてことはしません。足止めのために足を射るのがせいぜい。殺すときは私自身のこの手で、お姉様の首を抱きしめます」


 振り返ると白く光る弓を茜が構えていた。


「抱きしめるって言うか絞めるんだろ、首を。あと足を射抜かれるのもごめんだ!」


「その魔法の弓の射程はせいぜい十メートルくま!」


「人の話を聞けー!」


「あら、そうなんですか? ……だそうです。お姉様、どうぞ逃げないで! 大人しく私に殺されてくださいませ!」


「って、言われて〝はい、わかりましたー〟なんて言うやつがあるか!」


 怒鳴りながらゆうは再び駆け出そうとした。

 でも――。


「今まで逃げてばかりだったお姉様が私の愛を受け止めてくださる。そう思ったらとたんに世界が輝き出したんです」


 うっとりと囁く茜の言葉に足を止めた。


「そっと抱きしめる程度にしか愛していなかった人やモノや景色がキラキラと輝き出してぐちゃぐちゃに殺して、破壊したくなる。……あぁ、愛ってなんて素晴らしいのかしら」


 ゆうが再び振り返ると茜は魔法の弓を構えていた。

 通りの向こうに見えている、夕陽の光でキラキラ輝くガラス張りの美術館に向けて。ゆうではなく、人がたくさん入っている美術館に向けて。


「お姉様はお優しいから関係のない人たちを見殺しにして逃げるなんてできませんものね。私を止めるため、きっと私の元に来てくださいますものね」


 目を細めて楽し気に笑う茜にゆうは唇を噛んだ。

 これでは逃げることなんてできない。かと言って下手に近づけば弓の射程に入ってしまう。


「どうしたら……!」


「まずは三分、射程ギリギリをキープしつつ逃げるてん。宇宙のルール的なのでゆうも茜も変身していられるのは一日三分だけてん」


 ゆうの肩にしがみついていたキアがひそひそと囁いた。


「それに今は魔法を一つしか使えないてんけど魔法少女に変身して経験をつむうちに色んな魔法が使えるようになるてん。まずは使える魔法を増やすことてん!」


「つまり防戦一方、逃げ続けるしかないってことかよ」


「そんなことないてん」


 舌打ちするゆうにキアはきっぱりと言った。


「テン・シー星人が乗ってきた小型船を探すてん。そこに正義の魔法少女の変身に必要な〝核〟があるてん。それを壊せば茜は二度と正義の魔法少女に変身できないてん」


「小型船を探しつつ、茜が変身したら私も変身して三分間、しのぐってことだな」


「それはつまり、私が変身したらお姉様はいつでも私の元に飛んで来てくださるということですわね」


 ぎょっとするゆうとキアを見て茜はニコニコと、ユシはニヤニヤと笑った。


「テン・シー星人の技術で聴覚もあがって、お前らの話は丸聞こえくま。……茜、ア・クーマ星人が持ってる〝核〟を壊せばお前の姉も悪の魔法少女に変身できなくなるくまよ。でも、おすすめはしないくま」


「あら、なんでですか?」


「魔法少女が死ぬと宇宙の強制力的なので〝中のヒト〟のことはみーんな忘れてしまうくま。魔法少女の〝中のヒト〟のことは死んだことも、生きていたことも、生まれたことすらキレイさっぱりなかったことにされるくま」


「それのどこがおすすめなんですの?」


「みーんな忘れてしまうくまけど、魔法少女とその契約者の記憶だけには残るくま」


 ニヤニヤと笑いながらユシは言った。


「あの悪の魔法少女が死んだら茜とユシと、あのア・クーマ星人の記憶だけには残るくま。悪の魔法少女のことなんてユシはさっさと忘れちゃうくま。つまり……」


「私の愛を思う存分、伝えられるうえに、お姉様といっしょにいるア・クーマ星人とやらさえ殺してしまえばお姉様を私一人だけのものにできる、と……?」


「そういうことくま!」


「なんて素敵! 絶対にお姉様の〝核〟を壊したりしません! 変身しているお姉様の足を射抜いて、馬乗りになって、首を絞めて、殺して! 思う存分に茜の愛を伝えてから用済みのア・クーマ星人を消してお姉様を独り占めにします!」


「びぇー! キアの命もロックオンされちゃったてん! あの正義の魔法少女、気安く殺す決断しすぎてーん!」


「さぁ、お姉様。私の愛を受け取って。私のこの手でお姉様を殺させてくださいませ!」


 泣き叫ぶキアは完全に無視。茜は恍惚とした表情でゆうへと両腕を伸ばした。


「殺す、殺すって物騒な単語を連発しやがって……」


 ゆうがジリ……と後ずさると逃げることは許さないとばかりに茜が魔法の弓を構えた。ゆうにではなく、美術館に向けて。

 美術館で絵画を楽しむ人たちを人質に取って微笑む茜に、ゆうは引きつった笑みを浮かべて叫んだ。


「お前、正義の魔法少女じゃねえのかよ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お前、正義の魔法少女じゃねえのかよ! 夕藤さわな @sawana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ