第2話 夕とキア

 夕焼け空の下、ゆうは川沿いの道を歩いていた。


ゆうちゃ~ん!」


「おう、佐藤のばあちゃん」


 真っ直ぐに伸びた道の横手はちょっと低くなっている。そこに立つ古い平屋の庭先から腰の曲がった佐藤のばあちゃんが手を振っていた。


「昨日は屋根の修理、ありがとうねえ。今日も夕立があったでしょう? ゆうちゃんのおかげで雨漏り、全然しなかったわー」


「そりゃあ、よかった! でも一時しのぎだから。ちゃんとしたところに修理頼めよー!」


「はぁーい、次に息子が来たときに相談するわー」


 佐藤のばあちゃんに手を振って再び歩き出したゆうはため息をついた。


「昨日は佐藤のばあちゃんちに泊めてもらえたけど今日はどうすっかな。家には帰りたくねえしなぁ」


「家に帰りたくないなんて不良てん! 悪の魔法少女にぴったりてん!」


「!?」


 謎の語尾に思わず振り返るともふもふの生物だかぬいぐるみだかが浮かんでいた。ゆうの顔くらいの大きさで、顔くらいの高さをふよふよと漂っている。

 見たことのない生物だかぬいぐるみだかだが、強いて言うなら――。


「……てん?」


「違うてん! 強いて言うなら熊かテディベアてん! 地球の何の生物だかぬいぐるみだかに似ているかと言われたら熊かテディベアてーん!」


「いや、でも熊にしては胴長……」


「熊かテディベアてん! ア・クーマ星人のキアが貂に似てるわけがないてーん!」


「わかった、わかったよ!」


 びーびーと泣き出すキアにゆうは耳をふさいだ。語尾が〝てん〟なのにてんじゃないのか、なんて野暮も飲み込んだ。


「それで? 熊だかテディベアだかが何の用だよ」


「地球の何の生物だかぬいぐるみだかに似ているかと言われたら熊かテディベアてんけど、キアは熊でもテディベアでもないてん」


「熊もテディベアもこんなにベラベラ喋んねえしな」


「キアはア・クーマ星人のキアてん。キアと契約して悪の魔法少女になってほしいてんよ!」


 ゆうのツッコミを無視してキアは神妙な面持ちで言った。


「いやだよ」


 全く悩まずにゆうは答えた。


「悪の魔法少女って五十年くらい前にも現れて、地球を破壊するとかなんとか言って世界中から叩かれて、最終的には正義の魔法少女に物理的に叩かれたアレだろ?」


「アレ、てんね」


 そう言ったキアはうつむいて目に一杯の涙をためた。


「いやてんか? キアと契約して悪の魔法少女になってくれないてんか?」


「いやだよ」


 もう一度、きっぱりと言ってゆうは土手にドサッと腰をおろした。

 そして――。


「でも、事情も聞かずに追い返すのは筋が通らねえからな。とりあえず話だけは聞いてやるよ。ほら、座れ!」


 隣をポンポンと叩くとキアを真剣な表情で見上げた。キアはぶわぁ! と目にためていた涙を垂れ流すと叫んだ。


「悪の魔法少女なのに優しいてーん!」

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