第四連 狂犬
「なんで普通軍にやらせないかな……」
「あの人たちの足なら、フレイムまで2週間はかかるもの。私たちなら3日で行けるんだから。人質の回収なんて早い方がいいでしょ~」
フレイムとは、前にイアンが青年を助けた戦いの相手国である。
あの戦いから1週間が過ぎ、ようやくあちらにいる捕虜の回収の目処が立ったらしく、それをイアンとメイディエ、エドガルドが回収しに行くことになっているのだ。
「あんたは行かないからそう言えるんだよ。……めんどくさ」
「まあまあ。私は私でやることがあるのよ」
ルーシーはそう言って、イアンの前をスキップするようにすすんでいく。
二人が向かっているのは、城の裏にある森である。
ある程度の整備はされているものの基本的に人は寄りつかない、鬱蒼とした場所だ。
兵士たるもの、イアン達に鍛錬は必須。
彼女らはこれから、この森の奥にひそかにある開けた鍛錬場へ向かうのだ。
普通軍と違い、彼女ら神属軍は独自の武器を使うことが許されている。
それを使いこなすのには、城中の公式鍛錬場では狭すぎる場合があるのだ。
とは言え、短剣と刀を扱うこの二人に、そこまで広い場所は必要ないのだが。
「あれ~もう結構いるかんじ?」
前を進んでいたルーシーが、森の出口を指さす。
そこには何人かの兵士が二人一組で向き合い、打ち込み稽古をしていた。
鍛錬場の中央では、お互いが鍛錬で無駄な怪我をしないように見張っている者がいる。
しかし、彼らは怪我をしてもダメージが少なく、多少の切り傷ならすぐに治ることが殆どなので、あの役職は意味の無いように思えるが。
そう思っているであろう見張りが、つまらなそうにあくびをした時だった。
ドドン!
「きゃっ」
突然何かが見張りに向かって飛んでくる。
しかし彼女も人間離れの身体能力を有する神属軍隊員。
飛ばされてきたものを振り払ってしまい、無惨にも地面に叩きつけられてしまった。
怪我を見守る係が怪我させてどうするんだ。
「うう……」
「えっと、大丈夫?」
見た目15歳ほどの少年だ。
まあこの少年が、本当の少年であるかは分からないが。
てかこいつ、それなりに体格あるけど、どうやって吹っ飛ばされたんだ?
少年に手を貸しながら、見張りの女は考える。
「俺は……多分大丈夫です。それよりもッ……あいつを止めてください!」
見張りは少年が吹っ飛ばされてきた方を見る。
「ひっ」
ものすごい眼力の男が、こちらを睨みつけていた。
鍛錬場の見張りは基本的にその日仕事がない、主に通信や諜報を行う9番隊か10番隊の隊員が交代でやっている。
あれは、よく同じ隊の仲間からの話(愚痴)でよく出ていた、四番隊の狂犬フリードリフだ。
四番隊は、十にわかれた神属軍の中でも武闘派揃いのグループ。
特にあの男は倫理というものが無いと噂で、いや実際そうらしい。
まあそうでもなければ人の方向に人なんてぶん投げない。
どうしたものか。
「そんなところに突っ立ってんじゃねえよノロマァ!」
かなり遠めの場所から、フリードリフはそんなことを吐き捨てている。
口も悪い。
なんてやつだ。
「あ!フリード!何やってんの~?」
背後にルーシーが近づく。
はたから見れば、鎖でつながれていない狼に、子猫が近づいているような構図だ。
あれは危ない。
「見りゃ分かんだろうがよペンギン野郎。俺と戦らねェんだったら失せろドブス」
あっ、ペンギンなんだ。
狼の口から出たとは思えない可愛らしいワードに、見ていた者たちは一瞬ほっこりする。
「……ねえ」
怒気を孕んだ声が響いた。
「ドブスってさ、誰のこと?」
子猫、いやペンギン、否ルーシーが、ベルトで腰につけている刀の頭に右手を置く。
「てめえの事だよ。戦んねえならどけっつって
ピッ
瞬間、色白のフリードリフの頬に一筋、赤い線が刻まれていた。
「てめ「私って、可愛いよね」
目と鼻の先に、鈍く光る刀を突き付ける。
ルーシーは、あらゆる『可愛いもの』が好きだ。
彼女の「可愛い」の基準は非常に広く曖昧だが、一旦本人がそれを可愛いと認定すると、それを否定するものが在れば一切の容赦はしない。
それが強者や味方であろうとだ。
まさか仲間を殺すようなことはしないだろうが……
「やめなよ二人共。見苦しいっつうか恥ずかしい」
一触即発の雰囲気の間に割って入ったのはイアンだ。
「一旦それ仕舞って、ルーシー」
渋々刀身を収める。
「別にいいじゃな〜い。これも鍛錬のひとつよ」
「……完全に仲間割れだったって」
「仲間じゃねェよ」
「あんたは黙って」
言い合いを始める三人。
四番隊ってこんなに仲悪いっけ。
いや、そうでもなかった気がするけど。
隊員たちが目配せで会話している。
「あの、とりあえずあなたたち、今日は鍛錬やめてくれない?」
フリードリフとルーシー、何故かイアンまで、見張りの女は鍛錬場から彼らをつまみ出した。
泡沫とバックローグ 牙鳥 @gatogara0
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