第三連 回廊
第3連 回廊
ウィリデアの象徴である王城は、表はなだらかな丘、裏側は凹凸が激しい難攻不落ともいわれる崖の上にある。
一見石造りの重厚な要塞のように見えるが、王室一家の住む本殿や客室などは有名建築家の意匠がふんだんに組み込まれており、緑色を基調とした外観は非常に目を見張るものがある。
そしてその本殿の裏にまるで隠れるように建つ無骨な石造りの建物の中を、緑髪の少女……イアンは歩いていた。
先日戦場にいた時とは違い、白い服を着ている。
彼女は『四番隊室』と書かれたプレートがかかった部屋に入る。
「あ、イアン。どこ行ってたの?」
真っ先にイアンに声をかけてきたのは、海のような青目の少女、ルーシーだ。
彼女の瞳孔もまた白く、手入れをしているのか、膝に置いてある日本刀と合わせて不思議な雰囲気をまとっている。
「……別に、ちょっとこの辺歩いてただけ」
「珍し~」
「そうでもないよ」
「そお?」
すぐに興味をなくしたのか、それとも今の会話はただの社交辞令であったのか。
ルーシーはすぐに視線を日本刀に写し、布で手入れを始めた。
四番隊室は、その名の通り、イアン達が所属する『神属軍』の四番隊が共同で暮らす部屋だ。
四番隊は全員で男6人、女4人で構成されている。
「エドとメイディエに用があって」
「メイデンは実験室、エドガルドは前、足怪我して医療室にいるよ〜」
コンコン
ノックをしてみるものの返事はない。
「メイディエ、いる?」
「……いない」
イアンは勝手にドアを開けて実験室に入る。
そもそもここは本当は実験室なんてものではなく、今目の前にいる長身の女……メイディエが入隊して無断でカスタマイズした、ただの物置なのだ。
「いないって……自分で言ったら意味ない」
「……今いいところなのよ。レイシは貴重なんだから失敗したくないし」
そう言いながら、メイディエはキノコをすり潰して……いない。
乳鉢に入った何かをごりごりとすり潰しているのは、メイディエの手では無い。
子供の手だ。
鼻歌も聞こえる。
「あ、イアンちゃん。どうしたの?」
メイディエの膝の上に乗っていた褐色肌の少年が顔を出す。
「何がいいところだよ。全部ラヒムにやらせてんじゃん」
「いいじゃない別に。やりたがってんだから」
椅子に気だるげに座りながら煙管を吹かす。
「イアンちゃんもやる?」
「やらない。つか一旦退いて。メイディエに用があるんだから」
「ええ〜。僕いたらダメなの?」
「いや別にいいんだけどさ」
「なら良いでしょ」
そう言うとラヒムはまた乳鉢の中身をすり潰し始める。
「……で、何」
「ああ、明後日の任務のことなんだけど」
「エドガルドならもうすぐ起きるわよ……多分」
「それは知ってる。行くとこ結構遠いけど、馬何頭いるかな」
「どうせあいつはまた歩きだし。あんたが乗らないんだったら一頭でいいんじゃない……」
自分は乗るつもりか。
メイディエはまた新しい刻み煙草を取り出し、“もう喋ることは無い”とでも言うように火をつけた。
イアンは実験室から退出すると、奥階段から最上階へ、さらに通路を通ってとある部屋に入る。
重厚な扉に、『医療室』と書かれたプレートがかかっている。
壁一面に医薬品があり、大量の器具、標本。
そして目を引くのは、人間が入った数棟の培養ポッド。
ここはイアンら神属軍専用の医療室で、ウィリデアが誇る最新の技術が搭載された施設である。
「ごきげんようイアン、何か御用?」
白衣に合わぬうさぎの耳型のワイヤーターバンをつけた女が、ノートになにかを書き込みながらイアンに聞いてきた。医療員のアリスだ。
「私は至って健康だよ。エドガルドに用があってきたんだけど、まだ起きないの?」
そう言って、右から3番目の培養ポッドに目を向ける。
そこには、優に2メートルほどの身長がある大男が、透明の液体の中、チューブを足と脳に繋がれた状態で浮遊していた。
彼こそがイアンやルーシー、メイディエ、ラヒムその他が所属する四番隊の副隊長、エドガルドだ。
「そうね。今回はそう、右足の膝から下が無くなってたから。新しく生やすの大変なのよね。まあ、いいのよ。エドガルドは私がここに来る前からずっといる、特別強い子だから」
「前、私の腕がどっか行った時はすぐに戻ったけど」
「あなたとエドガルドじゃあ、サイズも筋繊維量も全然違うのよ。まあ待ちなさいな。あと指先だけだし、体調によっては明日の昼にでも起きるはずだから」
意外と早いな。
「分かった。じゃあね」
イアンは医療室から退出した。
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