第8話

 お嬢様の弁によれば情報の速報性というものは国の発展に欠かせないらしい。

 帝国はその点、完璧と言えた。張り巡らされた電信電話網と印刷技術の普及、蒸気自動車を使った物流により、全土での遅滞ないニュース配信を可能としているのだ。


 もちろん、我が家にだって新聞は配達される。


 あたしには毎朝の日課がある。お嬢様にお届けする前に、配達された新聞をアイロン掛けするのだ。ちなみにこれは自慢なのだけれど、あたしは勉強家なので文字の読み書きができる。


 いつものとおり、アイロン台に新聞を広げる。興味を誘う見出しが目についた。執念の結末! 一面には、大富豪殺しの犯人突き止められるとある。ダレス・ブラスシティ邏卒長の身を粉にする捜査が実ったと記されていた。

 ふむふむと読み進める。逮捕から数日後、ロナルドがラナマン殺しを認めたそうだ。


 ブラスシティ邏卒長のことだ、どうせ容疑者をひっぱたいたりぶん殴ったりして口を割らせたのだろう。横暴な官吏の姿が目に浮かぶ。あのオッサンはいずれ絶対に冤罪事件を招くと思う。


 その邏卒長が新聞記者に犯人の動機を語ったところによると、どうやらロナルドは個人的な投資の失敗を補填するために商会の金を横領していたらしい。不正がバレそうになったため、長年の友人を我が手にかけた、というわけだ。証拠品の特別に純度の高い砒素も私邸から発見されたとあった。


 だから自分の犯行を隠すためにお嬢様を利用し、罪を奥方に被せようとしたのだ。なんて非情な人間なのだろうか。紳士の皮を被った人非人、というのはロナルドみたいなヤツのことをいうにちがいない。


 あたしが新聞をお届けした際にそう報告しても、お嬢様は関心がないようだった。「ふむ、そうかの」というだけだ。たぶん、心の機微とか、人間性の闇なんてものには興味がないのだろう。

 ドワーフのお嬢様が気にかけるのは宝石と金属なのだ。いまはただ瑪瑙の駒の仕上げに没頭するだけ。


 やがて過集中に疲れたのか、駒とヤスリを机においた。

 とびきりの可憐さで微笑む。あたしはもう、お嬢様が何を望んでいるかわかっている。休息にお茶を嗜みたいのだろう。


「アイオン、ちと腹が減っての。昼食にしたいのじゃが。ジューシーな骨付き肉を腹いっぱい食べたい気分だの」

「はいはい、かしこまりました」


 あたしの推理はまたハズレたけれど、かまいはしない。あたしが貴族の余興のアナグマいじめバジャー・ベイティングで猟犬兵に――兵とは名ばかりの追跡と殺戮に特化した品種改良コボルト――いじめ殺されようとしたとき、身を張って救ってくれたのがお嬢様だ。

 すみれ色の瞳にちなんで、菫青石アイオライトという名前をくだすったのもお嬢様だ。


 お嬢様には感謝しても感謝しきれない。お嬢様のためなら、なんだってできる。


 とうとつに、お嬢様がさみしげな顔をした。

 左手で眼帯を触り、ふと漏らす。


「ときにアイオン」

「なんですか?」

「わしは、正しくこの世界が見えておるかの?」

「え、なんでですか。あたしからすれば、お嬢様はぜんぶちゃんとご覧になってますよ」


 不思議なことを聞くものだと思う。

 だって、お嬢様ほど周囲をつぶさに観察してる人はいないのだから。


「そうか。そうかの」


 お嬢様の身体に流れるのは竜の血だ。単眼竜エルレクトールの念動力は睨みつけるだけで人々をおし拉ぐという。

 でも、お嬢様の隻眼が帯びているのは、孤独と優しさなのをあたしは知っている。


 真紅の瞳を繊月に細め、口の端を緩めるお嬢様。やわらかい声音でさそう。


「アイオン、昼食はおぬしもいっしょにな」

「よろこんで、シンシャお嬢様」


 あたしは、お嬢様が好きだ。今日も一日、お嬢様とゆっくりとした時間が過ぎていくのを楽しむことにしよう。どうか邪魔が入りませんように。


 やがて食事の終わり頃にパタパタパタ、と急いた足音が聞こえてきてあたしはがっかりするのだった。

 ざんねんながら、また依頼人が来たみたいだ。


 さて、こんどはどんな事件が舞い降りるのだろうか。

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竜血の姫 うぉーけん @war-ken

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