エピローグ


 すっかり雪のちらつく季節になった。もういくつか数えれば年越しだ。

 夕俄ゆうがが買い出しから急いで戻ると、ちょうどいつもの郵便配達員が部屋の前に来ていた。


「あっ、お疲れ様です」


「どうも。ありゃあ兄ちゃん、また怪我が増えてんな。あの粗雑そうな同居人にやられたんか?」


「いやっ、これは自業自得だから。暁くんは本当に優しい人なんですよっ? 不思議と誰も信じてくれないけど」


「いやぁ、あの目つきじゃなあ。酷いようなら頼れる相手に相談したほうがええぞ。ご家族とかはどうしてんだ?」


「んーっと、楽しくやってるんじゃないかなっ」


「はぁ、ずいぶん遠くにいるみたいやな」


 夕俄ゆうがは曇り空を見上げて笑い、配達員から数枚の封筒を受け取った。


「配達どうもでしたっ」


「はいどうも。……あの少年、もう三年は見てるがなかなか老けへんな。童顔っつうもんかねえ」


 そんなことを呟いて、配達員は去って行った。


 暖かい部屋へ戻って、夕俄ゆうがは夕刊を広げるしょうへ封筒を差し出す。


「暁くん、いつもの……と、あれ? 手紙が来てるよ」


「ああ? 誰からだ」


「えっとっ…………あ、ルスファさんだ」


「なんだと?」


 縦長の封を開ける。中には本人が書いたらしい、みみずがのたくったような字が連なっていた。慣れない筆遣いだがなんとか内容は読み取れる。


 時候の挨拶に続いて、住まいと教育環境を手配したことへの感謝と、礼が遅れたことへの謝罪が述べられていた。残りは他愛ない近況報告だった。日常会話の書き文字はすべて覚えたとある。次年度の入学までには中等教育程度は完璧に習得できるだろうとのことだ。


 しょうが最後まで読み上げると、夕俄ゆうがが感嘆をもらした。


「ひらがなから覚えてたはずなのに、すごいなぁっ。おれなんて新聞も満足に読めないのに。妹さんのために頑張ってるんだっ。やっぱりっ、異能なんかよりよっぽどすごいのは人の意思、だねっ」


「ふんっ、主席を目指してもらうんだ。この程度は乗り越えないとな。……まあ、たとえ狂気であろうと筋の通った意思を持つ人間は強いということか。共に働く日が楽しみだな」


「そんなしょうくんに招集命令ですっ」


「それを先に言わないか! ちっ、せっかくの非番だったというのに。……ほぅ、連盟本部に動きあり、か。夕ちゃん支度したくしろ。出るぞ」


 出先で渡された書類を掲げると、しょうの瞳が途端に細まりけわしくなる。これから数人ほど殺しに行くような目つきだ。


「……なるほどっ」


「何か言ったか?」


「ううんっ、言ってないよ」


 そうかこの目つきが悪いのだなと、夕俄ゆうがはやっと納得した。



        陽狂ルナティック 了


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陽狂ルナティック まじりモコ @maziri-moco

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