第9話 覚悟して捧ぐ生涯


「お姉ちゃんが怪我したらどう責任取るっつうんだゴラあっ!?」


 ニアが洋装男の股間を蹴り上げる。それがとどめになって男は完全に意識を失くしたようだ。


 肩で息をする少女を見て、シャレイが歓喜を叫ぶ。


! 無事だったんだ!」


「ベア……? あいつはニアちゃんでは?」


 駆けていくシャレイの後ろ姿にしょうは首を傾げる。


 姉妹はぶつかるような勢いで互いの胸に飛び込んだ。


「ああお姉ちゃん、お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん! 怪我はないお姉ちゃん?」


「ないよ。ベアこそ何ともなさそうで良かった。何もされなかった? 目を離してごめんね」


「そうだよお姉ちゃん。お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから、私から目を離しちゃだめだよ。ずっと見ていて。私だけを見ていて。よそ見なんかしないで。目移りしないで。もっと、ずっと、私を見て」


 互いを強く抱きしめ合う。


 夕俄ゆうがはほほ笑んでその光景を眺めていた。


「姉妹の感動の再会だねっ」


「いやアレ怪談ホラーよ」


「どうしてっ!? って在沙音あざねさんだっ。お仕事お疲れ様ですっ」


 いつの間にか派手な色合いの和服を着た少女がのっそり隣にいた。その相棒パートナーもひょっこり現れる。


しょう君お疲れー」


「その軽薄な声は宇賀持うがじくんか、そちらは無事に済んだようだな」


「まあね。いやぁ、なるほど。あの子の稀癌きがんの根源、たぶん在沙音あざねと同系統だよね」


「ん? どういう意味だ?」


「あー……その辺は複雑だから説明は後で。ていうか、オレらがあの子から視線逸らせないのって、あの子の稀癌きがんのせいだよね。クスリ切れてたのか。顔が同じほうを向いてびくともしないんだけど」


「だろうな。おそらく視線支配。衆目の強奪あたりか。クスリが効く程度の初期症状でこの影響数とはな。将来が恐ろしい」


「もし、確実によね。オレらみたいな良い術理使に当たればいいけど、大半は傲慢ちきのクソだしなぁ」


「…………」


 眉をひそめたしょうは、抱き合う姉妹へ近づいて行った。


「おいシャレイちゃん。お前らこれからどうするつもりだ」


「どうって……。それは貴方たちが決めることじゃないの」


「法に則れば国外への強制追放だ。だがそれではその妹は死ぬしかあるまい」


「…………そんなことはさせない」


「できるとでも?」


「──っ」


「ふんっ。現状を理解できる脳みそがあれば十分だ。では可能性の話をしよう。もしもこの国に残る気があるのなら、妹は確実にそのへ入れられ、数年後には邏卒らそつに登用されるだろう。術理使の命令に従わされ命がけで国防のために戦わせられるというわけだ。俺やあそこのアイツは罹患者りかんしゃに対して寛容だが、そうでない術理使もいる。それはもう分かっているな」


「気休めすら言えないわけ?」


「そんなモノのどこに価値がある。俺は最初から実利の話しかしていない。

 その前提のうえでお前らが共に生きられる選択肢が、一つだけある」


 しょうはそれだけ言って口を閉ざした。シャレイは青年を訝しく見返していたが、何かに気づいてハッと目を見開く。


「外国人に使えるの? 皇和国こうわこくの術理を」


「前例はない。だが術理の使用権自体はすめらぎへの忠誠を誓う臣民すべてに与えられているからな。帰化を受け入れればその点は問題ない」


「この国でも術理は高等教育と言ってなかった?」


「そのとおり。だが歴代主席卒業者罹患者のパートナーの推薦があれば養成学校への入学までは持ち込めるだろう。そこから先はお前次第だが」


 厳しい視線で青年は問う。


「どうするシャレイ・ルスファ。それとニア・ルスファ。己の幸福は自分達で決めろ」


 そう言われて、姉妹は互いを見返した。


「私は──」


 不安そうなシャレイの手をニアが握る。


「お姉ちゃんは、離れてても私のお姉ちゃんでいてくれる?」


「そりゃあもちろんだよ!」


「他に妹を作ったり、乗り換えたり、私を忘れたりしない?」


「しない! するわけない! 私は生まれた時からずっとあなたのために生きてるんだよ?」


 シャレイが当然のように言う。ニアは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべ、すぐにそれを笑みで隠した。


「じゃあ待ってるよ。お姉ちゃん、すぐ迎えに来てね。その時はちゃんと


「うん、約束する」


 二人の覚悟を決めた表情にしょうは穏やかに笑んで、丁寧な仕草で手を差し伸べた。


「では同士諸君ようこそ皇和国へ。国の防衛を預かる身として、お前たちを心から歓迎しよう。言っておくが、やるからには俺達に恥をかかせるな。文字言語までは置換されない以上お前の語学力は赤子と変わらない。死に物狂いに目標を勝ち取れ」


 冬も間近な冷えた風が吹く。松明の火が揺れ、異常者たちの影を不規則に揺らす。

 後ろで一部始終を眺めていた夕俄ゆうがが転がる死体から服をはぎ取って笑う。


「やっぱり、しょうくんは格好いいなぁっ」


 寒さに身震いし、ボロきれになった自分のシャツを投げ捨てた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る