第4話 初夏の商業施設乗っ取りステージ!

 桜が散り、初夏の陽気が若葉を茂らせるある日の放課後。


 第二音楽室、もとい夜陣が確保したDTM部の部室には夜陣の他にせいか、レーレ、龍華、樹が大きな円を描くような形で座っていた。


 皆の目線の先、教卓には夜陣がいた。


 教卓に手首を着いた夜陣は機嫌良く話し出した。


「一応体験入部期間が終わって、今年度のDTM部は五人でスタートを切ることとなる。部長は当然このオレ、夜陣疾風だ。よろしくな。


その他の役職にいては、今から発表する通りだ。


 副部長 龍華優雅


 会計 流せいか


 書記 出蔵レーレ


 庶務 樹都織。


異論のあるやつはいるか」


 せいかは会計の重圧に青褪めて周りを見廻したが、その他の部員はそれなりに自分の役職に満足している、という表情をしていた。


 特に龍華は副部長の立場を噛み締めているようだった。


「そゆ、何とか長とか、ガラじゃねーんだけどな」


 などとぼやきながらもにやにやしている。せいかと同じくきょろきょろしていた樹は、真っ先にせいかの不安そうな表情に気付いたようだった。


「せいかさん不満気ですね?」


「そうね、書記のレーレちゃんに並べるわけないことは分かってるけど、私ステータスは容姿に振ってるところあるし、残り少ない中身も文系だから……。


計算が必要とされる会計には萎縮しちゃうかな」


 樹は顔を輝かせた。


「オレ理系なんすよね!


オレの庶務と会計、交換してあげてもいいっすよ」


「そ、そうね」


 せいかは庶務という響きに戸惑ったようだが、頷きかけた。


 すると、夜陣が教卓で黒い雰囲気を醸し出し始めた。


「この役職の采配にははっきりとした意味がある……。


樹!


お前この前の盗作のこと、肝に命じろと言っただろう!


命じていたら、庶務に甘んじるはずだよなぁ。


会計なんざ、任せられるか!」


 樹はけろりとしている。


「やだなぁ、夜陣さん、オレが部費を使い込むとでも?」


「そこまで直接的なことは言ってないぞ。だが、お前は色々緩いから却下だ」


「心外ですね。緩いのは表情だけですよ。


生まれつきベビーフェイスなんですー。


夜陣さんみたいにせいかさんとレーレさんに二股かけてないしー」


「夜陣くん、やりたい気持ちっていうのを加味して采配するのも大事と思うの」


 せいかも樹に賛同するようなことを言ったので、夜陣はイライラし出した。


「せいか……。


お前は自分が思ってるほど容姿に振れてないからまだまだ中身に振れるぞ」


「でもそんな完璧になったら、反感買っちゃうよぉ」


「そこまで言うなら、会計にふさわしい働きをしたやつを会計にしてやろうじゃねーか。


だが、時間がない。


来週頭には役職を正式に学校に提出せねばならんのだ。


よって、今週末の働きで決定する!


週末は全部員で少し遠出して神奈川へ繰り出すぞ!


名付けて『初夏の神奈川探索!』」


「いきなり予定が立ったー!


そして名付けてるー!」


 龍華があきれたように言った。


「てゆか、親睦深める為に休日に遊びたいって言えばいいのに……」


 夜陣は龍華を指差して鋭く叫んだ。


「甘いぞ、龍華!


副部長たる者なら、いつでも虎視眈々と部長の座を狙っていて、このような機会は略奪のために孤軍奮闘するキャラを演じてもらわねば困るぞ!」


「……休日は兄貴と連弾の予定があったんだがな」


「集合は朝9時に駅とする!


遅刻者は厳罰に処す!」


「はぇーよ! 行く気あり過ぎだろ」


 龍華は再びぼやいたが、樹たちは乗り気のようだ。


「わーい、神奈川探索ー!」


 週末。


「ここが、ランドマルクタワー!」


 せいかとレーレが目を輝かせながら、タワーを見上げる傍ら、男性陣はふたりに引いていた。せいかとレーレがふたりとももっさりしたジャージという服装で来たからだ。


「なんだ?


その格好は」


 失笑する夜陣。


 せいかが言い訳する。


「寝坊しちゃったの!


おしゃれより遅刻しないことを優先したのよ。


厳罰怖いし。協調性の塊せいかです!」


「女子力欠如のせいかだな」


 レーレは言い訳しなかった。


「私はもともとジャージ派だっ」


「元から終わってるな。


ふたりとも総じて歌姫になる自覚が足りんな!


初夏の服装ってやつをコーデしてやる。


龍華や樹にはむりだろーがな……」


 そう言って龍華をちらちら見る夜陣。


とたんにずっと黙って女性陣をじろじろ見ていた龍華が言う。


「アア?


まあそーダナ。


向いてねェ」


 夜陣はむ、つまらん、みたいな表情をした。


「衣装といえども、歌姫には重要だ。


作曲できるだけでなく、オールプロデュースできてこそ、自分の世界観をフルに表現できたといえるのではないか?」


「オレは曲のみで伝えきれる自信がアル!」


「それは傲慢、思考停止だ!」


「何とでも言え!」


「ちょっとぉ、喧嘩っぽくなっちゃうのは、よくないよぉ」


 しかし龍華は売られた喧嘩は買う主義のようだ。


「ふん、まあいい、コーデやってやるヨ」


 初夏の対決コーディネート夜陣VS龍華になった。樹がはしゃいだ。


「夜陣さんバーサス龍華さんの好カードがさっそく再び見られるなんて。


でもオレも自分が選んだ服をせいかさんらに着てもらえるなら、ちょっと参加したかったなぁ」


 夜陣がなだめた。


「まあそう言うな。


女子はふたりしか、いないんだ。


その代わりお前に題を決めさせてやるよ。


ほら、言ってみろ」


「わーい、じゃあ、初夏らしく『生足』でお願いします!」


「な、何よ!


そのお題……!」


「より足の露出度が高い方を評価します」


「いや、審査を任せるとは言ってないぞ」


「ええー、夜陣さん冷たいー。


オレが完全に審査員の流れだったでしょー」


「黙れ、盗作。審査員は観光客にやってもらいたいところだが、はて、どうしたものやら」




 樹が号令をかけた。


「制限時間は三十分です。


よーい、スタート!」


 散る面々。


 龍華はせいかを連れてカジュアルな服屋に入った。


さっそく、店員に勧められる。


「彼女さんでしたら、肌も白いですし、こーゆー感じのも似合うと思いますよぉ」


「か、かのっ?」


 慌てるせいかを横目に龍華は平然と返事した。


「ああ、それで頼む」




 そして、三十分後。


 夜陣はレーレに黒いシフォン生地のオフショルダートップスとショーパンを着せた。かなり丈が短く、身長の低めなレーレでもがっつり脚が出ている。


 龍華はせいかにえりがスケルトンになった白いトップスにふんわりしたミニスカートを着せた。


 大きな銀幕の電子スクリーンが特徴の、開けた吹き抜けのホールで人が集まり始めていた。


人々が期待を寄せて話しているのを聞くと、プロの新鋭歌手のゲリラステージがあるらしい。


「ふむ、観ていくか、参考になるかも知れん」


 夜陣の一言で見学が決まった。


 しかし、スタッフのただならぬ様子で、イレギュラーが起こったことを何となく夜陣は察した。


 せいかたちが場所を取る中、スタッフの方へためらいなく接近していく夜陣。


 スタッフたちは慌てていた。


「あの子はこれから売れてく新鋭だっていうのに、ここでバックれちゃスポンサーに示しがつかない!」


「ばか!


お前がかなめの小道具、移動中に壊しちまうから怒っちまったんだろ!


責任はお前が取れよ!」


「ひぇ!


責任なんて、取りようもないっすよぉ!」


「動く電子背景のセットはあれだけ入念にお前手ずから作ってただろ?!


その努力も水の泡になっちまうんだぞ!


何とか、呼び戻せ!」


「無理ですよぉ、動く電子背景に実際に映ってる小道具にハサミを入れちゃったんですから……。


強行しても、矛盾を生じず歌うのはもう、不可能です……!」


 聞いていた夜陣はいきなり口を挟んだ。


「可能だ。


オレがちょっと小道具を揺らがせればな……」


「学生?! 誰だお前」


「そのハサミを入れた小道具ってのは、これだな?」


 夜陣は花のモチーフを差し出した。


手のひらくらいのサイズのある、大ぶりのスワロフスキーがたくさん散りばめられた豪華なモチーフだ。


無残にも真ん中からざっくり切り込みが入ってしまっている。


「そう、それだ。


ってやりとり聞いた上にパクってんじゃねーよ、学生くん。


返せよ、今ピンチなんだ」


 夜陣はにやりと笑うと花のモチーフを完全に真っ二つに割いてしまった。


 バリッ!


 無残にも二等分に分裂してしまうモチーフ。


「な?!


お前、今何とかテープで直そうと思ってたのに、もうそれも無理だ!


とんでもないこと、してくれたな!」


「してやったぜ。


よし、提案がある。責任を取ろう。


オレは取れる、お前らは取れない責任がな……」


「何を! 学生の分際で!」


 夜陣は全く引かない。


「ちゃんとステージで歌わせて湧かせれば、問題ないだろう?


誰のステージかはぎりぎりまで分からない、ゲリラステージのようだしな。ピンチを救ってやる」


「消えろ……!


本来弁償させるところだ」


「待て!」


 電子背景のセットを作ったという方のスタッフが口を挟んできた。


「こいつ、高飛車なしゃべり方だが、異様な迫力と勇気がある。


普通、花を真っ二つになんか、できやしない。


見目も文句付けようないし、やらせてみよう」


「何言ってんだ。


勇気って……。


ただおかしいやつなだけじゃないのか?!」


 夜陣は聞いているのか、いないのか、堂々と言った。


「ふむ、感謝する。


ただ、歌うのはオレじゃない」


「は?!」


「オレは夜陣……。


コンポーザーだ。


お前らの遺伝子、揺らがせてやるよ」


「はあぁ?!」




「……というわけだ。チャンスだぞ」


 勝手に話をつけてきてしまった夜陣にせいかとレーレは猛抗議した。


「チャンスだぞ、じゃないでしょ!


全く人をムカつかせる天才なのにどうやって交渉したのよ。


DTM部って言ってはみたって、あくまで始めたばかりのしろうとの高校生なのよ、私たち」


「人前で歌ったのなんて、この前の新歓が初だせ?


いくら、学校のやつがいないからって、プロの歌手を楽しみにしてるアウェーな場所で代わりとして歌えるはずがないだろう?!」


「できる」


 夜陣は断言すると、龍華へ向き直った。


 龍華も真っ直ぐ夜陣を見返した。


 龍華は尋ねた。


「夜陣……、ステージの持ち時間は何分だ?」


「十五分だ」


「二曲分プラスアルファか。短いな」


「いや、評価をもらうのには充分だ。


お前とオレ、どちらの初夏コーデが優れているのかの評価をな」


「なるほど。つまり、一曲ずつだな」


 せいかとレーレはただ歌わされることにさえ躊躇していたのに、何と夜陣と龍華はステージを利用して曲だけでなく、コーディネートにも白黒つけようとしているらしい。


 せいかはさらに焦った。


「ちょっとぉ、ただ歌うならまだしも、私レーレちゃんみたいにほっそりしてないし、コーデ対決のモデルには向いてないよぉ」


 龍華がフォローする。


「大丈夫だ、お前は、そうだな……


肌も白いし、その服装、似合ってるから」


「それ、店員さんの言ってたことまんまじゃん!」


 夜陣が言った。


「ただ順番に歌うだけでなく、電子スクリーンの映像とマッチしたストーリー仕立てにするぞ。


お前ら歌い手はオレのストーリーを彩るイチ要素に過ぎん。


ごちゃごちゃ主張するな」


 せいかはむくれた。


「何よ、その言い方ー!


い……樹くん!


樹くんはどう思う?」


「超絶楽しみです。


オレは観客席に紛れてどちらが高評価かジャッジしますねー!」


「軽っ!


他人事だと思ってー!」


 しかし、結局夜陣に逆らえる者はDTM部にはおらず、決行されることとなった。


 30分後の本番―――。


 可愛らしいメロディと共にスクリーンに例の花のモチーフが映る。


モチーフはくるくる舞った後、フッと消える。


すぐに半分を割れたモチーフの片方を頭につけたせいかが登場。


「何たる美少女!」


「スクリーンからまろびでた花の化身のようだ!」


「あれ?


でも花半分しかないぞ?!」


 本当に龍華が作曲したのかと問いたくなるようなポップでキュートでフリフリなメロディを歌っていくせいか。


 夜陣がげっそりする。


「ふむ。あいつこんな曲も作れたのか。


きもっ」



 一曲歌唱し終わり、拍手の中、いったん引っ込むせいか。


 夜陣の方。


やはりモチーフのもう片方を頭につけたレーレ。


モチーフの重みか、少しこうべを垂れている。


「さっきの正統派美少女と比べるとずいぶん小柄だな」


「小柄ってか小動物みたいじゃね」


 龍華よりもっとポップで甘いロリ系の歌なのに地を這う低音を響かせるレーレ。


「……今どっから歌声聞こえてる?」


「あのちんまりロリからしかありえないだろ……」


「えーっ、この地底から響く低音が、あのロリの口から?!」


「口パクじゃないのか?!


表情も何か無表情だし!」


 理性を溶かすようなドロドロに甘えた曲調。


なのに男より低い声が響いているのだ。


「ギャグとするにはハイレベルすぎる……!」


「あのロリすげぇぇ!」


「くせになりそう!」


「あんな妹ほしーっ」


 歌い終わりにせいかが再登場し、こつんとレーレと頭をくっつける。


すると二人の頭に付いていた花がひとつになったように見えた。


満面の笑みのせいかと恥ずかしそうに目を泳がせているレーレ。


 直後にスタッフが


「締めのそよ風の演出、入りまーす」


 というと強風がステージの下からぶわっと吹き、せいかとレーレに直撃した。


レーレはショーパンの為、涼しい顔をしてポーズを決められたが、せいかはミニスカだったため、中身が露わになってしまう。


とたんに観客は大はしゃぎ。


「花柄だああ――!」


「そこに本当の花はあったんだァ――!」


 今日一番の大喝采が起きた。


顔をひくひく引き攣らせるせいか。


「龍華くんの考えてくれたコーデなんだから、怒っちゃだめよ、私……!」


 ステージが無事終了し、五人は再び合流した。


ほくほくした顔の樹が告げた。


「一番拍手が大きかったのは、せいかさんのパンモロした瞬間でした!


つまり勝ちはせいかさんアンド龍華さんペアです!」


 レーレが言った。


「まあ、何だ、勝ったからいいじゃねーか、せいかりんよ、そう落ち込むな」


 龍華は言った。


「こんなの勝ちとは呼べない……!


曲も関係ねーし!


悪いせいか!」


 せいかはうなだれながらも微笑んだ。


「ううん、仕方ないよ、モデルがS級だから似合うのは当然とはいえ、コーデ、良かったと思うな!


それに、後ろにいた龍華くんと夜陣くんには見えてなかったし。


樹くんには見えてただろうけど……。


コーデしてくれて、ありがとう……」


 やや落ち込み気味に返事するせいか。


すかさず失笑する夜陣。


「どこがS級だよ。


せいかはS級モンスターか?」


「何ですって?!


ちょっと本音漏らすとすぐけなされるー!」


 だが、夜陣からのさらなる罵倒は来ない。


 夜陣は負けたことではっきり落ち込んでいた。


「騒ぐな。


そよ風と説明を受けていたが、強風の可能性ワンチャンでせいかの下着の切符を切って勝ちに来たか……。


龍華のやつがここまでしたたかだったとは……。


オレは甘かった」


 完全に負け犬モードである。


 そこへ話しかけてきた男がいた。


「夜陣くん!」


「む?


お前は、使えないスタッフ……」


「使えない?


と、ともかく、キミたちのおかげでステージは大成功だ!


オレたちも首の皮繋がったぜ!


それに……一生懸命作った花のモチーフも上手く活かしてくれた。


サンキューな。


オレはプロデューサーの雪道。


高校の部活に留まりたくないと思って、それで名を上げる過程でもし挫折するようなことがあれば、遠慮なく連絡してこいよ」


 そう言って、雪道というスタッフは連絡先の書かれた名刺を差し出した。


 夜陣は慌てて自信満々の顔を取り繕った。


「フ……こちらもいい経験になった。名刺、頂戴しておくぜ」


 いい雰囲気で、この日の神奈川探索は幕を閉じた。




 後日。


 テンションの回復したらしい、夜陣が教壇でのたまった。


「では神奈川探索改め、商業施設乗っ取りライブを踏まえて正式役職を発表する。


 部長 夜陣


 副部長 龍華


 会計 せいか


 書記 レーレ


 庶務 樹。


 以上五名でスタートだ」


 龍華が訊いた。


「誰か、役職変わったか?」


 レーレが返事する。


「誰も変わってなくねー?」


 樹がへらりと言った。


「つまり、役職は予定調和で夜陣さんは休日皆で遊びたかっただけ?」


 せいかが叫んだ。


「結局私、会計じゃない!


日曜頑張ったのにー!」


 夜陣が切り捨てる。


「黙れ、最後に下着出して掻っ攫っていくくらい計算高いんだから、会計余裕だろ」


「ひどいー!」


 龍華が噛みしめるように言った。


「ま、いずれにしろ、」


 レーレもフッと笑った。


「仕方ねぇーな」


 樹も笑った。


「オレは庶務だけど」


 せいかも笑った。


「ここから、始まるのね!」


 夜陣も笑った。


「青錆高、DTM部、始動!」


「オーッ!!」


 せいかが気になっていたことを夜陣に尋ねた。


「ところで夜陣くん、さっそく名刺に連絡しないの?」


「はは、やだよ、あんな不備の多いスタッフ」


「えー、そんな言い方ー」


「それに今は雌伏の瞬間を重ねてる。デビューは鮮烈でなければならんのだ。


万が一、連絡するとしたら本当に追い詰められた時だろうな」


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オレたちの作る音楽は青すぎたから。~ドS学生作曲家の歌姫ズ育成譚~ @rusb

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