第3話 盗作騒ぎのギタリスト

その時のんきな声が響いた。


「あれー?


ここってDTM部ですよね、壁ドン部……でしたっけ?


女の子にやれるならそれもいいけど、見た感じひとり壁ドンってかんじでつまらないなぁ」


 夜陣、せいか、レーレの三人が声の方をみやると、そこには大きな瞳に太い眉の爽やか美少年が、ブルーのとげとげ頭をかしげて立っていた。


 夜陣が鋭く叫ぶ。


「樹! 先ほどの勝負もお前のギターソロが生演奏だったなら行方は分からなかっただろうに。


マイペースに遅れてくるのもほどほどにするんだな。


もっとDTM部の新入部員としての自覚を持て!」


「えっ……入部したんじゃありません。


体験入部です。


さっきの勝負はもちろん見てましたけど、夜陣さんには決定的に足りないものがある。


悪いけど、正式入部は保留にして、様子を見させてもらいます」


「生意気な、まあいい、ギタリストも、ピアニストも、いずれオレに屈服させてみせる……」


 そう自分に言い聞かせるかのように宣言すると、夜陣は部室をふらりと出ていった。


 とたんに肩の力を抜くレーレ。


同じく肩の力が抜けたせいかは樹に話し掛けた。


「樹くんって言うの?


その靴の色は、一年生ね。さっきの夜陣くんのギターソロ、あなたの演奏録音データだったのね、素晴らしかったわ」


「そりゃ、夜陣さんの作った曲だからね。


オレ本当に夜陣さんのこと尊敬はしてるんだ。


ただ……たまにオレを音楽仲間っていうより道具としか見なしてないような扱いするんだよね。


まさか、気のせいだと思うけど……」


「それ、気のせいなんかじゃないわよ」


「今はっきり、道具と思ってたって、実力を引き出せればいいんだよって言ってたから」


 樹は太い眉をひそめた。


「信じられないな。


あんな情緒豊かな曲を次々に生み出す人がそんな風に他人を切り捨てるなんて……」





ー--とげとげ頭のキレキレギタリスト 


翌日の放課後、龍華が自分が一番乗りとばかりにDTM部の部室に行くと、すでに樹がいた。


「誰ダお前、入部希望者かァ?


得意な分野はあるかァ?」


 とりあえず龍華は、樹に話し掛けた。


「はい、樹と言います。


好きなもの、っていうか中毒なのは、コーヒーと女の子!


得意分野は権謀術数を張り巡らせることでーす。


ギタリストは五十手先まで読むのが大事なんですよー」


「ギタ……?


ギタリストかヨ。


ならピアノは五十一手だナ。


ピアノはギターよりわずかに難易度が高いって言われてルし」


「あはー想像通りの負けず嫌いだぁ。


そう、音楽家は負けず嫌いじゃないとね」


「オレは負けたことはねーヨ、昨日も夜陣に勝ったしナ」


「またまたー、心の底では自分を負け犬と認めてるくせに」


「何だト?!」


 立ち上がった龍華だが、イスに座り直すと、教室の隅に立てかけてあったアコースティックギターをちらりと見やった。


「よーし、それお前のだロ。


弾いてみろヨ。


オレが聴いて判断してヤル。……って」


 龍華は釣り気味の三白眼を見開いた。


「あのアコギは……!


お前もしかして、夜陣の曲の録音のギターソロ、テクニカルなアルコを弾いてたヤツカ?!」


「お、鋭い、ですねー」


「冴え渡るキレキレのあの旋律をお前が奏でたってわけカ……」


「自分で言うのもキャラじゃないですが、そうです。


キレキレです。


ここで弾かなくても、録音でも十分分かっていただけましたよね?


龍華さんの曲も、必要なら協力しますよ?


オレ、龍華さんには一目置いてるし、今、絶賛体験入部中なんで」


「じゃア、コレ頼ム」


 龍華は何のためらいもなく、いきなり譜面を取り出すと、樹に渡した。


わくわくした顔で受け取る樹。


「わあ、すごい。


まだ、何の編曲もされていないデモの段階だけど、分かる!


特に、このサビ……安定の五度音程から始まっててしかも、高い!


すっごくキャッチーなメロディっすね」


龍華はにやりと笑った。


「分かってるのはお前もだゼ。


強烈な安定感をもたらす五度離れた音程をサビ頭に持ってきた狙いを、一度も聴かずして、読み取っタ」


 樹は褒められたのに、顔をしかめた。


「ただ、単純な五度音程由来だけでは説明がつかないくらい、おそらくこの曲は演奏時に強い爽快感やカタルシスのようなものを生む気がします。


それがなぜなのか……。


譜面だけではちょっとわからないです」


「ほウ、この曲のふたつ目のからくりの存在にまで譜面の段階で気付くカ……。


だが、その正体まではわからないようだな、まあ、正体まで簡単に分かるなら、オレと同等の作曲能力ってことだしナ、落ち込むなヨ」


「そんな言い方されちゃ、悔しいです。


と普通なら言うところですが、別にいいです」


「いいのかヨ!」


「だって、オレ、コンポーザーじゃないよ、ギタリストだ。


同等の作曲能力はなくても構わない……


けど!


からくりは知りたいので! 


弾かせてもらいますよ!」


 樹は立て掛けてあったアコギを手に取ると、その譜面を弾き出し、一度たりとも間違えずにまるまる弾いてしまった。


 いや、間違えないどころか、樹は……。


「テメー、普通のギタリストがどうあっても弾けないように軽くアレンジしながら、弾きやがったナ?!」


「ふふ……どうあってもとは、不思議な表現ですね、どんなに難しくても、テクニックは練習すれば、いつか身に着けることができるはずですよ」


「こいつ! いーヤ、普通はどうあっても無理ダ、なぜならてめーはオレと同じで……」


「まあまあ、掴みましたよ!


からくりの正体!


五度の跳躍というのは広い方に分類されます。三度以上、つまり三音以上離れた音へ飛ぶことさえ、すでに跳躍進行と呼ばれ、多用すれば、ボーカリストに負担をかけるのに……。


五度でこのキーの高さは、ちょっと高音過ぎやしませんか?」


「テメー、弾いて気付いたことがこのオレが無意識にボーカリストに負担をかけようとしてルと?


気づかなかったゼ、さすが、と賛辞したいところだが、甘いナ。


サビ以外を、よく見るんだナ」


「あは、ですよね。


サビ以外の、AメロとBメロの部分はサビと似たリズムを刻んでるな、としか思わなかったけど……似たリズムでありながら、跳躍はせず、同じ単音を連打してる!


しかも比較的低音の連打だ!


これなら曲全体として、ボーカリストに負荷は掛かりづらい。


サビへ入るまでにリズムを聴き手にやんわり覚えさせ、サビで似たリズムでありながら五度跳躍することで、最高にキャッチーで爽快感のあるメロディに仕立てることに成功してる……!


この低音連打こそが、からくりの正体!


サビへの布石‼」


「つきとめたカ、その通りダ。


明確な分析、正直、聴かせるまでは迷ってたが、お前にこの曲を預けようとして、どうやら正解だったようだナ。


というか、任せタイ。


……で、この曲のギターソロの演奏は、任せてもいいのカ?」


「当たり前です。


預けようとしてくれたこと、絶対後悔させない出来映えのギターソロを、提供しますよ」


 龍華と樹の間に信頼感のようなものが芽生えた空気が流れた。


 樹はうきうきと、その譜面を貰って帰った。




「夜陣さーん」


「何だ樹」


「聞いてください。オレ、ギターでちょろっと、曲作ってみたんです。ぜひ、尊敬する夜陣さんからアドバイスもらいたいと思って」


「ふむ、聴かせろ。


…………。


なかなかにキャッチーで爽快な印象のあるメロディラインだな。


サビの五度音程とハモる四度のギターも、冴えておる。


少しキーが高いが……低音連打と、もうひとつボーカリストを気付かうような、いらん要素も見え隠れするな。


もしせいかなら、こんなものなくても余裕で歌いこなせるだろう」


 樹の顔色が変わった。


「低音連打の他に……もうひとつ、気づかい?」


「はは、渾身の仕掛けがあっさり看破されて、悔しいか?」


「ねぇ、その気使いって一体……」


「それにしても、お前がこんな気使い屋だったとはね」


 夜陣はそう言うと、上機嫌で手をひらひらさせながら、去って行ってしまった。




 一週間後の昼休み。


 放送部からの依頼で昼休みに、オリジナルの曲を流すことになっていたDTM部は、夜陣がいつも通りの自信満々さで書き上げてきた新作をメインに選んだ。


 歌うは、せいか。


 特別に放送室にマイクと機材をもちこんで、リアルタイムに全校生徒に届けることになっていた。


 せいかが、低目のAメロから入り、時に高くもなりながら、全体としてだんだん上がっていく。


 サビにさしかかり、せいか特有の澄み渡る高音金管ボイスが響き渡る頃、教室で昼食の焼きそばパンを食べながら放送を聴いていた龍華は、


「やられタ! あの盗作ヤロー!」


と叫ぶと、パンを放り出して放送室へ向かった。


 放送室では意気揚々と夜陣が龍華を迎えた。


樹の姿は……ない。


「龍華か!


どうだ、オレの新作!


許可をとって、樹の作曲したデモから着想している!


これはオレの名曲ぞろいの中でも、ナンバーワンに近いな」


「フザケンナ。


お前、そのサビを作ったのは、オ……い……樹だロ!


メロディはともかく、サビがほぼまんま流用じゃねーカ!


それで作曲者を名乗るとは……見下げた根性……」


「いやいや」


 夜陣は真顔でピースサインを作った。


「サビは、二度咲く‼」


 その瞬間、例のサビが終わると、そのサビのキャッチーさを引き継ぎながらもそれを包んで超えていくような壮大なメロディが奏でられ始め、龍華は瞬間的に指を開いてそのメロディを反芻するように、空でなぞった。


 地獄を這うような声で、龍華は言う。


「なるほど、当初のサビのワンフレーズを一つ目のサビとした、二段式サビの曲にしたってわけカ。


しかも、ふたつ目のサビは……五度より一度も高くなる、六度音程カ!」


「そう、ここまで高い音が使えればだいぶ違う。


曲の完成度も、難易度も、歌い手への負荷もな。


最後のは、オレが知ったこっちゃないが。


ま、今はまだ裏声の使えない欠陥品の歌い手にはちと喉を痛めてもらうが、曲自体はデモを大きく上回る壮大なスケールの仕上がりで完結しそうだろう?


欠陥品のさらなる遺伝子書き換え準備を樹がしてくれたおかげだな」


「欠陥品ダト?!


く、そんなことを言うやつに、負けられねェ!


いや、これじゃまだ終われねェ……!」


 龍華はたまたま側に転がっていた若干ほこりの被ったキーボードを手繰り寄せるとマイクの前にどん! と置いた。


「おい、龍華?!」


 放送部が悲痛な声で叫んだ。


「やめてくれよぉ、アドリブで何か語ろうとすんのは!


失敗したら放送部の責任問題になるだろ!」


 せいかがもう少しで歌い終わるという中、小声で訴える放送部を、龍華は目で黙らせる。


「指で語んだヨ、オレはな……それしかできねェ!」


 そう言うと、せいかが歌い終わるのと同時に激しく鍵盤を弾き始めた。


鍵盤の上で、2つ目のサビの六度音程をさらに発展させた、八度、つまり一オクターブ飛躍するメロディが紡がれ出した。


「この高さで一オクターブ跳ぶ……だと?!」


 余裕そうだった夜陣は青褪めた。龍華はせいかに目で合図した。


聴いたばかりの一オクターブ音程のメロディをせいかはかなり正確にハミングで歌った。


「高……! 


これじゃせいかの喉は……!」


 せいかはきょとんとしている。


夜陣が叫んだ。


「そうか!


この頭の先から抜ける超高音!


これは、裏声か!


だが、練習させても今まではミックスボイスまでしか出せなかったはずだぞ、龍華!」


「そりゃア、既存の曲にはないからだロ、こんな超跳躍音程。


お前が六度音程の曲を作ってくれたおかげで裏声発声の下地が整ったとオレは見たんだゼ。


そして、信じて、託して、歌わせた。


その渡したバトンが繋がったって話だ」


「バトンだと……


そんなコンポーザーから歌い手へ繋ぐみたいな表現……!」


「適切な表現だロ?


コンポーザーと歌い手は対等なはずダ


あー?


お前的にはバトンより遺伝子なんちゃらっていう比喩のが正しいんだっけカ」


 夜陣は今度は赤くなった。


「く! オレの決めフレーズを馬鹿にすることは許さん!」


 龍華がやれやれといった様子で説明する。


「確かに並の歌い手じゃア、ふたつ目のサビの時点できキツイ。


だガ、せいかは類を見ないほど、高音に強い。


裏声の切符を切っていなくてのこの高音だったんだからナ。


この三つ目のサビは、せいかでかつ裏声発動時くらいにしか、歌いこなせないだロウ。


逆に言えばせいかの実力を、他と違う個性を、最大限に引き出すことができるのが、この曲ダ。


どうだヨ、夜陣。


せいかの真の能力を引き出す覚悟があれば、ふたつ目のサビくらいじゃ、この女にはまったく負担にならないことくらい、気付けたはずだゼ」


 夜陣は表情を、なくした。


「声質さえよければイイって道具じゃねーヨ、歌い手はナ、分かったァ?」


「く……だがだが、龍華!


その三つ目のメロディを完全に即興で作って全校放送しただと?!


不可能だ、オレだってそんなことは……!


まさか、一つ目のデモ……作ったやつは……!」


「はいはい、ダブル・コンポジションですねぇー」


 そう言いながら、軽い足取りで放送室へ足を踏み入れてきた男がいた。


「樹っ‼」


「夜陣さん、オレの手のひらの上で踊ってくれてありがとう。これであんたは、盗作作曲家だぁ」


 夜陣は狼狽えるどころか、にやにや笑い出した。


「ばーか、お前がイチ音足りともメロディを生み出せずに悩んでて、それが全然解決してないことくらい、カオを見れば解るわ!


オレはな、誰の曲をお前が持ってきたとしても、構わないと思ってたんだよ。


越えていくだけだ。逆に盗作元が龍華で好都合だった。


オレは追い詰められて敗北しそうな時、龍華がどう出る男か、見極める必要があった」


「夜陣さん?!」


「はめられたのは、お前だ、樹。


龍華はお前より、高い位置にいる」


 樹が青褪めた。


「演奏家として、それを言われるなら、直接対決してからでないと、言わせない!」


「色々な意味でだ。それはそれとして、オレは今さらに上をいく!」


 夜陣はキーボードを龍華から引ったくると、とっくにオフになっていたマイクのスイッチを、オンにした。


見守っていたせいかが不安そうに叫ぶ。


「夜陣くんは、ピアノがうまくはないはず……!」


「生だぞ!


大丈夫なのか?!


夜陣?!」


 放送部も再び悲鳴を上げた。


やっぱり夜陣さんに付いてく‼もっと、もっと罵倒してください‼


 夜陣はためらわず、つたない指遣いであるメロディを奏で出した。


 オクターブ下からの、一オクターブ半もの超跳躍。


先程の三つのメロディよりオクターブ下を基音としたため、それほど高音にはならず、だが、壮大にして雄大なメロディは放送を聴いていた皆を酔わせた。


 そして、そのメロディは三十秒くらいで終わった。


有無を言わせぬ、絶対的な終止感で、そのメロディは締めくくられた。


 ぎこちなく、つっかえながら、伴奏も覚束なかった演奏。


 しかし、そのメロディは紛れもなく強いポテンシャルを秘めていたため、放送室の全員はしばらく誰も喋れなかった。


 最初に口を開いたのは放送部員だった。


「つーか、ピアノうまくねーのに、生で、即興で作りながら演奏?


オレは作曲には詳しくないけど、これってどれだけ勇気がいる行為なんだ……?」


 次の瞬間樹がハッとしたように叫ぶ。


「龍華さん!


五つ目のサビを作るんだ!


そうすりゃアンタの勝ちだっ!」


 龍華が答えた。


「むりダ。


作曲しろーとは黙ってロ。


夜陣のやつ強い終止形を締めに使いやがっタ!


こんな手があったのカ!


これ以上延々とサビを繋げることは可能でも、前のメロディはもう、活かせねェ。


助長になるだけダ。


……ここまでダ。


く! 


まさか、せいかの裏声をオレが誘発する高音曲をつくることさえも予測していたというのカ! 


夜陣!


お前は一体……!


またしても、オレの負けダ。


この四段サビの究極ともいえる曲はお前名義で発表してクレ!」


 そう言って勝手に敗北感に打ちひしがれながら、放送室から出ていこうとする龍華を、夜陣は引き留めた。


「いや、これは合作だ。オレたち、ダブル・コンポーザーズのな」


「きしょッ! 勝手にしロ!」 


 そう言って龍華は立ち去ったが、その後ろ姿は今度は負け犬のように背中を丸めてはいなかった。


 夜陣はゴゴゴゴゴ……と擬音が付きそうな身のこなしで、樹を振り返った。


「……分かってるな?


お前は明確にうそをついた。


作曲者にとって、盗作は最も恥ずべき行為。


オレがお前を許容してそばに置くのはギターがウマイという、その一点にしか由来しない!


人間性はかけらも信用しちゃいないってこと、肝に命じておくんだな」


 樹はぶつぶつつぶやいた。


「終止しちゃいけないところで終止する男と、止まらない男か……」


「何言ってる?


聞いてるのか?」


「オレ!


やっぱり夜陣さんに付いてく‼


もっと、もっと罵倒してください‼」


 目をキラキラさせて突然そう言い放った樹に一同は呆然とした。


「夜陣さんにまだまだ欠けていたもの……それは鬼畜さ!


歌声やギターソロを引き出すためにかっこつけて機嫌とる夜陣さんが本来の姿を露わにした!


外で聞いてたけど、本人のいる前で欠陥品とか……。


見下して、罵って、裏声使う曲を誘発して、さらにそれを上回る曲の構想を用意してるなんて、まさに百手先を読むに等しいよ! 


かっこいい!


あそこからの逆転は、龍華さんにだってできない!


夜陣さんに、ずっと着いて行きたい!」


「何だ?


着いてくって……着いてくんなよ!」


 逆に夜陣がおろおろし出す始末だ。


「夜陣さんと龍華さん、どっちが大きい旗を揚げれるのか、見届けるのがおもしろそうなんだもん」


「うるさい!


龍華が一旗揚げても、オレはふた旗揚げるだけだ!」


 せいかと放送部が同時に突っ込んだ、


「もうその重ねてくノリはいいよっ‼」




 ひとりになってから、せいかは呟いた。


「裏声って楽しーい。面白い!


ありがとう……龍華くん」


 夜陣は考えていた。


「せいかの裏声誘発を予測など、できるものか。五段目のサビは完全即興だ。


せいかの初裏声は時期がきたらオレがじきじきに、ふさわしい曲を持って解禁しようと思ってたのに、龍華にあっさり先を越されるとは……」


 悔しそうな表情をしていた。




 翌日。


 目元にくまを作りながらも、イキイキとした樹が夜陣を捕まえた。


「夜陣さーん、先日の夜陣さんの五つ目のサビから着想したんですけど……」


「なんだ?


まさか作曲できるようになったのか、また盗作じゃないだろーな」


「作曲じゃなくて、五つ目のサビにイントロつけたり、伴奏つけたり、ハモりつけたり、裏メロつけたり、カウンターラインつけたり、あとジャンルも色々……」


「おいおい、そんなに詰め込んだら、絶対ごちゃるだろ」


「はい、だから、色々分割とかもしてたら、二十パターンできちゃいました」


「二十……。どうせ、十パターンくらい、数稼ぎのゴミだろ。だが聴かせろ……」


 夜陣は驚いた。


「『捨て曲』がない!


しかも、コンセプトがどれも明確に聞き手に伝わる!


これはポストロック的ギターポップアレンジか!


これはシンセ・グリスの光るロック系ポップチューン! 十六ビートのピアノ・ロック! フォーキーなウッド・ベースサウンド! パワー・コードのみのエネルギッシュなアレンジ! テンション・コードでテンション・マックスアレンジ! ベースのみが別コードに進む見なしツーファイブ! 半音ずつ下がっていくクリシェがひたすら暗いアレンジ! 音域を大胆にとったモスキートもどきアレンジ! 太鼓入りマイナー・ペンタの和風ロック! メロディアスなソウルにJポップを加えたアレンジ! ブラック・ボックスのように日常の音をサンプリングしたブック・ミュージック! 一瞬の転調感がカタルシスなアレンジ! ニつ打ちと三つ打ちが絡む大人の味ボサノヴァ! スネアの残響でリバーブ感を印象付ける壮大なバラード! カマシの起伏が爽快なトランス! ギターとシンセの高速ハードコア! 荘厳なパイプオルガンのバロック的アレンジ! パワフルなアニソンアレンジ! こいつの引き出し……! オレが遺伝子を呼び覚ましたのはせいかだけじゃなく! 見極める必要があったのは龍華だけじゃなかった!」


 樹は無邪気に得意顔をしていた。


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