第2話 歌い手ライブバトル!!

 翌日DTM部に夜陣たちと同学年の龍華優雅が乗り込んで来た。


 痩身長身だが、目つきは悪く、釣り目の三白眼とオールバックが威圧感を放っている。


 一見すると、不良のようにも見えるが、龍華はピアニストコンポーザーと名乗った。


 夜陣がノートパソコンを持ち歩きぎみなのに対し、龍華はスマホを常に携帯し、いつでも作曲できるようにしている。


スマホを二本指で操作する拙い動きから、龍華がピアニストということを想起できる者はいないだろう。


 龍華は部室でお茶を出してもらうと、行儀悪くがばっと一口飲んで、レーレを見やり、いきなり切り出した。


「ところで昨日の新歓、二番目に歌った仮面の方はお前カ?」


 レーレが渋々返事をする。


「ちっ、そうだよ。


寡黙で通ってるA組の出蔵レーレちゃんが仮面の正体だぜ。


いいか、お前が体験とはいえDTM部に入ったから正体を明かすんだぞ。


口外するなよ。


つまんねークラスの会話に参加しなくていい温い環境を私から奪うというなら、その時は容赦しないからな。


跪かせて、それから歌わせてやるよ!」


「レーレ!」


「や……夜陣!」


 夜陣はにっこり笑ってレーレに言った。


「他人を跪かせて何かさせる……なんて冗談でも口にすべきことじゃないだろ?」


「口にも何も、私は実際に……」


「実際に?」


 夜陣はすごく冷たい目でレーレを見下ろした。


「く! 何でもないのだぜ」


 龍華はそれを見て言った。


「ンだヨ、その拷問。口外しねーヨ。


だが、コンポーザーの夜陣……だっけカ?


お前へらへらしてる割に何か引っかかル」


「引っかかる?


例えば?」


「例えば……そうだナ。


そこの女ふたりがずっとビクビクしてるところトカ」


「!」


「特に黒髪の方は頬が赤くなって息も上がってるゾ。


これはまるで……」


「え? えっ……」


 カタカタとお茶を握りしめながら、上ずるせいか。


せいかのカバンの中でかさっと動く結局渡しそこねたラブレター。


宛名には龍華優雅様と書かれていることは、本人以外誰も知らない。


「風邪のようじゃねーカ!


もしそうなら安静にさせなきゃならねーだロ!」


 脱力するせいか。


夜陣も脱力したようだった。


「別にこいつが風邪だろーが、喉にくるものじゃなきゃ、歌えるだろ」


「何ダト?!」


「女は道具だ、作曲のな」


「……お前、お前……本気で言ってるのカ?」


 うつむいて今度は青褪めているせいかと、さっきまで活きの良かったレーレ。


「分かったゼ、引っかかりの正体!


今度こそ!」


 龍華は夜陣をびしっと指さして言った。


「このふたりからは端的に言って、お前への恐怖が見られル!」


「ほう……で、問題あるか?」


「作曲者と歌い手は対等なパートナー!


恐怖で縛り付けるのはありえンし、ましてや道具だと言い放つナド論外!」


「……」


「オレはピアニストコンポーザー龍華優雅。


夜陣、オレはお前をまともなコンポーザーとは認めナイ!


当然入部も保留にさせてもらう!」


「はは、ずいぶん嫌われてしまったようだな、コンポーザーの同志だというのに。


このふたりの歌い手には声帯を開かせるために跪かせて上向きで歌わせたり、羞恥心を取り払うためにエロソングを歌わせたり、至れり尽くせりしてるのにな」


 龍華は元々釣り上がった目と眉を限界まで釣り上げた。


「新歓の曲に神を見たと思って来てみりゃ、非道のハーレム部だったとは恐れ入ったゼ。


勝負しろ、夜陣とやら。


DTMの活動予定内容を読んだが、校内ライブがあっただろう。その場において、このオレと戦エ!


オレはお前をくだス!


勝ったらDTM部の部長をオレに明け渡すか、廃部にしロ」


「ふむ。あの新歓を見ていて勝負を申し込むとは、見込みあるぞ、お前。いいだろう!  


その勝負、受ける。


その代わり、オレが勝ったらおとなしく入部していちコマとしてピアノスキルとやらを存分に部のために活かせ」


「望むところダ!」


「さて、龍華、お前、校内ライブバトルではどっちの歌い手を使うつもりだ?


せいかとレーレの力量はオレ評価で総合してほぼ同程度……。


どちらを選んでも有利不利はさほどないはずだ。はたまた自力で新しく調達するのか……。


挑戦者であるお前に決めさせてやろう」


「流せいかを指名させてもらう。


やってくれるカ?


流せいか」


とたんに動揺するせいか。


「えっ、わ……たし?


いいの?


龍華くんの力になれる?


私……」


 龍華は初めてにかっと笑った。


「新歓の高音には痺れたゼ!


お前は間違いなく力になル!」


 ぱぁっとせいかは嬉しそうな顔をした。


「けっ、ではオレは選ばれなかったレーレと組ませてもらう」


「アア、組む相手を選ばせてもらった代わりにお前が題を決めていいゼ」


「題?


お題のことか?


自由でいいぞ。


得意ジャンルを指定して勝ってもハリがないからな。


……いや、待て。やはり決めさせてもらう」


「賢明だゼ。

ロックカ?


ポップスカ?


何でも来いだゼ」


「バラードで」


「ハ?!


バラード?!」


「何動揺してる……意外だったか?」


「オレがピアニスト志望でバラードには異様に強いことを知らんのカ?


……なるほどナ、敵に塩を送って相手の土俵で完膚なきまでに叩きのめそうってわけカ。


なかなか大した男ダ。


後悔させてやるゼ。


バラードで勝負ダ」


「相手の土俵?


バラードを自分の土俵と決め付けるとは……。


思い上がってるのはどっちなんだか」


「ぬかセ!


そうと決まればさっそく作戦会議ダ!


流ッ!」


「はっ、はい!」



 そして、ペアどうしで互いの話が聞こえない位置まで移動して作戦会議に入った四人。


 夜陣がレーレに無慈悲に言う。


「いいか、レーレ。


ぱっと聴いて分かるお前の弱点は……音程が完璧でないところだ」


「致命的だな!」


 自分のことなのに愉快そうにツッコミするレーレ。


 一方、龍華はせいかにやや言いづらそうに告げる。


「いいカ、流だっけカ。


ぱっと聴いて分かるお前の弱点は……声量が小さめなことダ」


「ハイ……」


「マア、オレの見立てじゃ、出蔵レーレの方は音程が合ってない部分が多イ。


音程が合わないやつを一朝一夕で合うように持って行くのは並の苦労じゃないはずダが、声量は何とかできル」


「できるの?!」


「オレなら、ナ」




 あっという間に本番の日になった。


 夜陣とレーレペアから披露。


 ゆっくり目の確かにバラードを歌い始めるレーレ。


何と音程が合っている。


 レーレはひとつひとつの音頭でチューニングしていて伸ばす段階で音程が合うタイプ。


激しい曲だと半音くらいずれてしまうが、夜陣は小節の頭にしゃくりやフォールを多用するバラードを作曲し、レーレにあてがうことでごまかしつつ、得意のロングトーンを活かさせた。


 夜陣はさらに伴奏に弦で弾くシンフォニック風のギターソロ、アルコを入れていた。


「夜陣はギターなど弾けないハズ……ルール上問題はナイが、どこから調達した音源ダ?」


 舞台袖で見ている龍華は訝った。


 そして、作詞はレーレ自身。甘々で切ない恋歌系である。


つまびらかなバラードがそれらに超マッチして観客は夢心地に。


せいかは不安そうだ。


「あの、龍華くん、私たち、勝てるかな……」


「ここまで好き勝手やられちゃナ……といいたいところダが、それでも勝てるゼ」


「そうよね。


披露する前から、諦めるようなこと、相方に漏らせないよね」


「いンや……この夜陣と出蔵のパフォーマンス見ても、オレは本気で勝てると思ウ」


 普通のテンションで言う龍華にせいかはたじろいだ。


龍華はそれを見て、少し口元を緩めた。


「オレは……オレの兄貴の次元にたどり着くまでは負けちゃならねーンだ。


夜陣の事情は知らんがたぶん背負うものが違ウ。


それに……技術もナ。


お前なら、大丈夫ダ、流せいか。


楽しめ。


生ピアノの全力バックアップを体感させてヤル」


「分かった龍華くん、そこまで信頼してくれるなら、私も全力で歌えるよ!」


 レーレが歌い終わり、舞台袖の夜陣の元へと戻っていく。


そちらとは反対の舞台袖から入場し、あらかじめセットされたグランドピアノの前に慣れた様子で腰掛ける龍華。


 漆黒のグランドピアノに、紺の学ランが映える。


 観衆の生徒たちはすぐに龍華に興味を示した。


「ミスター夜陣の対決者はピアノ奏者だ!」


「夜陣は楽器が弾けないらしいけど、今のパフォーマンスはその弱点を全く感じさせないようにできてたな。


生ピアノというアドだけで、果たして狡猾な夜陣に勝てるものかな」


 舞台袖で夜陣は「狡猾じゃねーよ」とつっこんだ。


 龍華のカランポロンといった調子の小粒に揃ったイントロから始まり、四小節後にせいかが歌い出した。


出だしだから違和感はないが、声がやはり小さい。


龍華の伴奏に掻き消されそうな弱々しさだ。


 夜陣は冷静に分析する。


「生ピアノの単なるコードバッキングとはいえ、別のメロディがかえってせいかの声量のなさを際立たせている。


せいかには逆風だな。


それが、お前の本気なのか? 龍華よ」


 サビに歌唱が差し掛かる瞬間、龍華の眉と両手首がくっと釣り上がった。


 龍華は人知れず、呟いた。


「知ってるカ?


オーケストラの最もパワフルな技法のひとつに『ユニゾン』ってやつがあるんだゼ」


 夜陣は唸った。


「む、なるほど……これは超単純に見えて、効果が高い……」


 龍華は吼えた。


「それから、王道の『三度下ハモリ』もナ!」


 夜陣は動揺した。


「な、何だ?


左手での『コードバッキング』と右手のメロディとの『ユニゾン』に加え、『ハモリ』も加わっただと……?


おかしい……手は二本しかないのというのに」


 龍華は不敵に笑む。


「そう、これがオレが超絶技巧と呼ばれるゆえん……。


まるで手が三本あるかのように、鍵盤を自在にあやつル……。


夜陣よ、その位置からじゃ、どうやって弾いてるのか、見えねーだロ。


ま、オレは超絶技巧を見せつけるために用いたわけじゃナイ。


必要だったから、用いタ。


必要だとオレに判断させたところはさすがと褒めてやるゼ、夜陣!」


「……超絶技巧の正体とかはすごくどうでもいいが、確かに効果的だ。


ピアノ三重奏プラスせいかの歌声が相まって、せいかのサビ音量が突然アップしたかのように聞き手には感じられる。


いや、したかのようにというか、本当にアップしてないか?」


 首をかしげる夜陣。


 龍華が支えてくれているという実感でリラックスして声帯が開いたせいかは実際の音量もアップしていたのだが、夜陣がその心理まで理解できるはずもない。


 結果的に龍華とせいかのパフォーマンスは出だしがとても小さく、ラストで激しく盛り上がる壮大なバラードとなった。


「そして、これで、締めだ!


オレにしか出来ない、親指、中指、小指三本による、爆音グリッサンド!」


 龍華のジャララララン!


と右手を鍵盤の左端から右端まで滑らせる大胆技巧で曲は終わった。


 夜陣は険しい表情をしていた。


 そして、投票結果の開封。

 

夜陣と龍華が見守る中、せいかが伝えた。




投票結果は、三対二の比率で龍華とせいかペアが勝ちであった。


 勝ちが確定した瞬間、龍華は口角を釣り上げ、夜陣に言った。


「信頼の勝利だナ」


 しかし、夜陣は顔色ひとつ変えず投票用紙のコメント欄を何枚か流し見ると、


「これでもお前は歌い手せいかの実力を引き出したと胸を張れるのか?」


と投票用紙を龍華に叩き付けた。


 寄せられたコメント欄の記述の大多数に龍華は戦慄した。


 歌い手せいかのことなどほぼ書かれておらず、龍華のピアノ技巧を喝采するコメントばかりだったのだ。


レーレを褒めるコメントのほうがせいかを褒めるコメントよりはるかに多かった。


 というか、せいかは「ピアノに盛り上げてもらってるー!」とか「ミスせいかさま、いっぱいいっぱいだね」とまで書かれていた。


 龍華はうなだれて、ぼそぼそ言った。


「実質オレの負けダ……。


歌い手を輝かせることが、できなかったんだからナ。


DTM部に入部して、精進スル」


 冷たく笑む夜陣。


「結局、歌い手を道具と思ってたって、実力を引き出せればいいんだよ!」


 今回ばかりは何も言い返せず、せいかにコメント欄を見られないように投票用紙を処分しに部室を出る龍華。


 とたんに夜陣が壁をドン!


と叩いた。


「夜陣くん? どうしたの」


「勝利感を演出してみたから、体裁は保てたが、オレが負けた事実は変わらない……


次は絶対数の上でも負けねー!」


せいかはやれやれといった顔をした。


「何で二人とも負け犬っぽくなってるのよ、男の子って不思議ね。


同じ負け犬でも龍華くんは私がコメント読んでキズつかないように配慮してくれた。


それに比べて壁ドンしてる夜陣くんなんて、ほんとにかっこよくなーい!」





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