かぜあおし

「青くんなら、俺の友達になれる」


 尾行作戦の翌日、階段で鉢合わせた千智の言葉に、すかさず八雲が「上から目線だから無理」と答えた。


「オマエには聞いてないっ! そもそもだ! 俺は他人の基準には合わせるつもりはない! 他人ひとの気持ちは、ヒトには理解不能だ。お客様以外の顔色を窺うのは時間の無駄だ!」

「あー、あー、やっぱり素の方が面倒かも、こいつ」


 仕事のときは、今とは別人のように静かだったのだが。


「何とでも言え。ふふ、真に分かり合えない者は、俺の『友達』ではないのだ。が、八雲はライバルだから、歯牙にはかけよう」

「はいはい。でも、お前は青の気持ちわかんねえじゃん」


 適当に相槌を打っていた八雲の言葉に、千智はハッとする。力なく深緑色の双眸が伏せられた。


「そ、そうか……。そうだった……。やはり、俺には一生友達ができないのだ……」

「ふーん? でも、ライバルがいるからまだマシ、だろ?」


 虚を突かれ、千智が文字通り飛び上がる。二人の後ろをついてきていた青は、とうとう笑ってしまった。



 *



 梅組の教室に入り、二人はいつもの席に着く。

 腰かけたタイミングで、本屋の兄さんはうまくやったかなあ、と八雲がこぼしたが、青はあえてまだ何も言わないことにした。肌の感覚が彼の接近を知らせている。

 ごくり、と唾を飲み、深呼吸。

 ドアが開いて、騒がしい教室に担任の先生が入ってきた。


「お、おはよう……」


 と、彼が言う。声は震え、最後の方は掠れていたが、クラスのみんなが一瞬静かになる。それを見計らって青と八雲が「おはようございます」と挨拶を返し、次いで明も朗らかな声を出す。

 初めて行われた点呼の最中、八雲が青に囁いた。


「やり切ったな。ま、オレは、まだ飽きてねえけど。青は?」

「ぼ、ぼくも。まだ……がんばれます……!」

「良し良し、決まりだな!」


「あ……今日から授業中の大声での私語は禁止です。来週からは立ち歩きも禁止します」


 良祐の言葉に、さっそく一部からブーイングが飛ぶ。


「ですから、今のうちに、好きなことをしておいてください」


 そう言われ、水を得た魚のように、クラスメイトたちの大半が跳ね回る。彼らもやはり子どもだった。青は覚えず、八雲の陰に隠れるように身を動かす。

 ふと、初夏の風に誘われ、空を見上げると、空の八割が雲に覆われていた。ゆえにこそ、風の隙間から見えた青色が、一層まぶしく感じられたのかもしれない。

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青風日和 結雨氷 @jpwgm2775

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