約束
おおきくなったら、いっしょのしごとをしよう! ……そう言ったのは、いったいどちらだったろう。
長所を人のために使って一生を終えられたのなら、どれほどよかったか。
――青は、何も言わない弘一を見つめて動かなくなった。勇気を振り絞った反動だろうか、と思いながら、八雲が前に出る。
「あのな、青はアオイトリだからこう言ってるけど、オレには今のところあんたを気遣うつもりはねえ。そっちが言わねえんだからな、オレはあんたの気持ちはわからねえし知らねえ」
そう前置きして続ける。
「オレは、良祐先生を変えたいんです。ついでにあんたにも変わってほしい。……いいか? あんたらが周りを見ていないと、傷つけられる奴がいるんだぜ。道を踏み外す奴も、あんたら大人の仕事のしわ寄せを引き受ける奴もいる。――思い出してください。子どもは大人に支えられなきゃ、簡単に折れるって」
八雲の場合は気分屋という性格もその要因だが、他の者を見ていて大なり小なりそういうものだと確信できた。
青年が目を伏せようとしたので、軽くかがんで下から目を覗き込む。
「あんたにも先生にも何かあったってのは察してる。でも、仕事はちゃんとやるべきです。ここには、あんたらの変わりはいねえ。たとえ良祐先生が子ども嫌いだとしても、率川良祐は教師でなきゃならない」
青が瞬きをする。
「だから教えてください」
「お、お願いします……!」
青も頭を下げると、ちょうど後方にいた千智がこちらへ戻ってきた。弘一は銀縁眼鏡のつるを右手で少しいじってから口を開ける。
「良祐君は、子ども嫌いなんかじゃなかった。……もし今そうなら、それは、確かに僕のせいかもしれないですね」
「つまらない話ですよ」と言いながらも、彼は続けた。
「僕は良祐君と仲が良かったんですよ。同じ夢を見るくらい、気の合う人でした。だからですね、僕は、先生になるという夢を叶えられないということがショックで、ひどい言葉で彼を罵ったんです。……彼は繊細だから、僕の『夢を奪った』罪悪感で、まっとうに仕事をしてはいけない、と考えているのかもしれないですね」
本を閉じ、カウンターに置く。
「さ、……もう帰ってくださいな。あれきり彼とは関わっていないんで、心当たりも知ってることも、これ以上ありません。今さら合わす顔もない。……僕だって、あれから何かに打ち込むことはやめたからお互い様ですけど、……そうだね、君の言う通り、他の子どもたちを巻き込むのは違いますね。今さら僕が彼に何かを言う資格はないですが、彼には…………頑張ってほしい、と思っていますよ」
僕の分まで、とは言えなかった。
「彼は、繊細だけど素直な人ですから。僕よりかはよっぽど教師に向いている、気に病む必要はない、と伝えてくだされば」
「嫌です」
即答する八雲に、青たちは目を見開く。
「それはあんたが伝えるべきだ。どんなひどいことを言ったのかは知らねえけど、だいたい、口きいてもらえねえからここに来てんだよ。あんたが思ってるより重症だぜ、先生は」
「あ……あの」
八雲の声を青が遮る。
「確かに、ぼくたちは、生まれた瞬間から進むレールが決まっています。役目を変えることはできないです。けど、でも、……でも、前に進まなきゃ、目的地にはたどり着けなくて。がんばらなければ、本当の意味で役目は務められない、ですから、背中をおしてあげる人がいなきゃ、だめ……です」
レールが敷かれていることで、自分はその役目を負って当然だと錯覚してしまう。だが、権利を放棄してしまっては元も子もない。
弘一は心臓が委縮した心地になる。
「今さら、そんなこと」
「い、今さらでもいいんです……! 今より前に戻れないのなら、遅くなってしまっても、今、やるしかないのです。……八雲の話を聞いていたら、ぼくも、あなたの方が先生を助けられる気がしてきました。ぼくにとっては、友達は大切な存在ですから。だから、心から願えば、もしかしたらきっと……もう一度、良祐さんの心の扉も、開いてくれるかもしれません」
「ま、そこんとこは大丈夫だろ。アオイトリは幸せを運ぶんだぜ。青が味方なら、悪いことは起こらねえって」
「そ、それは……。が、がんばり、ます……!」
「おお、よく言った!」
二ッと笑う八雲をぼんやり眺めて、弘一は、あの頃を思い出す。もう一度、自分もこんな風に彼と話せるだろうか。思わずため息を吐く。
「……もとはと言えば、僕のせいですからね。また子どもさんの言葉を切り捨ててしまったら、僕にはもう何も残らないですし。……一度だけ、試すだけなら」
「は、はい……! が、がんばります、がんばりましょう……!」
触れる温かな肌心地に、青は少しだけ強くなれたような気がした。
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