第24話:ラブル・フランツの異世界物語
しばらくして俺は退院した。
「お迎えが来ております」
病院前に見覚えのある馬車が止まっていた。
「まずは退院おめでとうございます。 そしてお疲れさまでした」
馬車で待っていたのはやはり王女だった。
「ありがとう。 あ~ようやく解放される~、病院は退屈で可笑しくなりそうだったよ」
「相当な重症だったと聞いてます。 お医者様も異常な回復だと」
「う~ん、意識が目覚めた時にはもう治ってたから信じがたいけどね」
医者曰く、死んでも可笑しくない酷いやけどだったそうだ。 しかし通りすがりの魔法使いによって治療されたそうだ。
「そんなすごい人が都合よく現れるなんて、運が良かったよ」
「運……ですか? もしかしてその方とは話していないんですか?」
「話せるわけないじゃん。 ずっと寝てたんだよ?」
まさかそんな凄腕の魔法使いなら勧誘したかったのだろうか。
さすがにこの王女もそこまで鬼ではない、はず。
「ところで俺、色々どうなったか聞いてもいい?」
「……ええ、もちろん」
まず燃えた伯爵邸についてだが、屋敷は全焼。 しかし怪我人は俺一人だったことは不幸中の幸いだ。
「ちなみにフランツくんにお咎めは一切ありません」
「よっし!」
王女が上手くやってくれたんだろう。
後の問題は彼女のこと。
「それとペレネール・クルーガさんが正式に勇者の仲間になることを約束してくださいました。 フランツくんのおかげです、本当にありがとうございます」
「ホントに? あの状況からそうなるとは到底思えないんだが」
だって俺は彼女を逆なでしただけで、和解すらできていないんだ。
「いいえ、むしろあの状況だから簡単でしたよ?」
「???すんなり?うっそだろ?」
「本当です(ただまた条件は付きましたけど)」
首を傾げる俺を見て、なぜか王女が笑いをこらえるように口を押えた。
「なに」
「いえ、なんでも」
とにかく問題は解決して、全てが丸く収まったなら何よりだ。
今回はアドバイザーの枠を超えて、主人公の領域に出しゃばって危険な目にあった。 もうこんな事は二度とごめんだ。 物語の主人公は常人には務まらないことが痛いほど理解できた。
(これからはより謙虚に生きて行こう)
「話は変わりますが、ペレネールさんのことをどう思っていますか? 怖いですか? それとも憎いですか?」
「別になんとも」
「本当ですか?」
「ホントホント。 というか俺がどう思ってるとかそんなに気にしなくて良いんじゃない? もう関わることもないんだから」
俺は勇者の仲間じゃないし、伯爵令嬢と関わることなんて本来ないことなわけで。
「本当になんとも思ってないんですか?」
王女の真剣な眼差しは、俺が真面目に答えるまで引かないと語っているようだった。
「……怖いとも、憎いとも思ってないし、嫌悪感もないよ。 これで満足?」
「はい、満足です」そう言った王女は少し安堵しているように見えた。
(ただ人として苦手ではあるけど)
そんなことわざわざ言う必要もないだろう。
「では今回のお礼については後日」
「考えておきます!」
俺は苦笑いする王女に見送られ、家へと帰る。
「ただいま」
少しの間だったはずなのに、久しぶりの家はなんだか懐かしく感じた。
〇
ただの朝、いつもの道、久しぶりの学校。
全て俺が愛した平和な日常。 それなのになぜか嬉しさよりも、夢から覚めたような憂鬱な気分だ。
「すぐに元通りになる」
物語のような世界に触れた。
自分には不相応だと思った。
怪我もしたし、不安だったし、怖かった。
それでもいつか心の奥底にしまい込んだ、夢見る俺自身が『これだ。 これが俺の求めた異世界だよ!』と歓喜していた。
「少し味わえただけも良かったじゃないか」
だから再び夢から覚めなければ――
「はーい、みんな転校生を紹介するぞ」
――いけないはずなのに。
「初めまして、ペレネール・クルーガです」
見覚えのある不思議な髪色、記憶よりもずいぶん明るい声。
「隣ですね。 よろしくお願いします」
初めて見る笑顔。
彼女は勇者の仲間。
主人公なら何度でも見れる表情。
モブでは数え切れるほどしか向けられることのない笑顔。
――主人公になれたら
「うん、よろしくお願いします。 ラブル・フランツです」
けれどここで平然と挨拶を交わす俺はやっぱり主人公には成り得ない。
窓から暖かい風が吹き付けてくる。
黒板を叩く渇いた音が響く。
教師の声、外から生徒たちの声が聞えた。
俺はいつもの日常に幸せを感じながら、瞳を閉じて深く眠る。
異世界勇者のトリセツ~勇者の扱いに困る王女と転生者(モブ)な俺~ すー @K5511023
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