第23話:少女の心は深海のように


***


「お姉ちゃん! 見てて!」


 楽しかったあの頃の悪夢を毎日のように見る。


「お姉ちゃん! おねえぢゃん! 死なないでえぇ」


 もう何年も前のことだ。

 姉は私を許すと言った。

 両親は自分を責めすぎるなと言う。


 だけど私だけが自分を許せない。


「お嬢様、こちらを」


 今日も使用人は嫌な顔せず、頼んだ医学書を届けてくれる。

 私はそれを無言で受け取る。


 礼なんて言わない。

 私は嫌われ者でなければならない。

 罰を受けるべきなのだ。


 そうすると少し心が苦しくて、楽になる。


 それがズルしているみたいに思えて、もっと苦しくなっていく。


 私は本来なら学校へ通っているはずの年齢だ。

 同い年はみんな学校へ行って、友達を作って、魔法を勉強して、放課後は小洒落た店で楽しくお喋りするのだろう。


 現実を考えると、ひどく鬱だ。 死にたくなる。


 けれど死ぬ前に、


「お姉ちゃんの傷を治さないと」


 私の取柄は無限にも思える時間と、忌まわしい魔法の才だけなのだから。


 いつか全部元通りになったらその時は――



――――――自分を許してあげられるかもしれない。



 そんな甘えた考えが浮かんで、私は罪を刻むように自分の腕に爪を立てた。






 最近、可笑しな女が来た。

 品の良い話し方、貴族に連なる者だろう。


「私、アリスと申します」


 その女の話を聞いていると、相当な変わり者に思えた。


 幼少の頃の話を聞きつけて、スカウトしようと大人がやってくることはあった。 女も同じだが、理由が『勇者の仲間の勧誘』という。


 勇者なんて存在したかも分からないおとぎ話の存在だ。

 彼女は予言を元に行動しているらしい。 時代錯誤すぎるだろう。


 というより世界が滅ぶなら願ったり叶ったりなんだ、こっちは。


「お断りよ、バカバカしい。 もう二度と来ないで」






 次の日、別の男が来た。


「もう来るなって言ったでしょ!」


「初めまして、私」


 こいつも貴族だ。

 ラブル家は確か低級貴族の家名だったはず。


 こいつも勇者の仲間なんだろうか。

 それにしては魔力量が少ない気がするけれど。


「帰れ!!!!!!」


 どうでもいい。

 関わらないのだから、興味を持つ意味もない。





 素直に帰ったと思ったそいつは次の日も、その次の日も毎日懲りずにやってきた。

 

 イライラする。


 上辺だけの正論を並べられるのが一番腹が立つ。

 世の中の正しいが、今の私に当てはまるとは限らないのだ。


 私にとっての正しさとは償いと姉の治療だけなのだから。


 しかし毎日こうも通われては研究に集中できない。


「……そうだ」


 私はふと名案を思い付く。


「私を殺してくれない?」


 こいつは私が外に出ればもうこなくるしわたしはらくになる。


「お断りします」


「死ぬなら勝手に死ねよ。 人を巻き込むな」


 なんでそんなこというの。


 なんでいじわるするの。


 なんでたすけてくれないの。


 なんでなんでなんでなんでなんでなんでわたしはわるいこだからわるいこわるいこわるいこわるいこわるいこわるいこ


――全部消したらいいさ


――レネをいじめる悪い奴はみんな消しちゃえよ


――君の大好きだった魔法でさ


「そうだそうよそうね!」


「みーんな灰になっちゃえ!」





 ぜんぶもえた


 わるいやつはいなくなった


 そしたらもっとくるしくなった


――いちばんわるいこがまだいた


 おちてたきらきらとがったものをみつけた


 これで


 これでようやくわるいやつはいなくなって――楽になれるはずなのに。


 この期に及んで私は死にたくないと思っている。


 幸せな未来が走馬灯のように脳裏を駆ける。


 こんな誰かを傷つけることしかできないバケモノに叶うはずないのに。


 この汚れた手で姉を癒す資格だってもうない。


 本当に今、私は生きる言い訳を失ってしまった。



――誰か助けて



 私は頭を抱えてうずくまることしかできない。



――誰か助けて



 声にならない想いが魔力帯びて飛んでいく。



――誰か



「君はきっと幸せになれるよ」


「それでも言葉が欲しいなら言ってやるよ」


 どこかで感じた弱弱しい魔力。


「お前が俺には必要だ」


「俺のために生きろ」 


 炎の海から差し伸べられた手はまるで光だった。


***

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