第22話:転生者は夢を見る


(あっつ)


 燃え盛る屋敷に入っていく。

 このままではペレネールの元へたどり着く前に干上がってしまいそうだ。


(まじでどうしよ)


 カッコつけて来たものの、プランなんて全くない。

 モブらしく簡単に死ぬ未来が想像できた。


 しかし何もしなくとも違う意味で無事では済まないだろう。 俺の平穏な生活が守られる道はペレネールを助けるしかないのだ。


(もしも本当に彼女を助けることが出来たら)


 かつて妄想したような異世界生活に近づけるのだろうか。


 困った女の子を助けて、惚れられて、自由に楽しく暮らすそんなーー


「アアアアアア」

「ははは、甘い考えは捨てた方が良さそうだ」


 三階から燃え落ちて来たのだろう。

 階段を登るまでもなかった。


(ラスボスかよ)


 思わず笑ってしまうくらいに恐ろしい見た目だ。


 炎に包まれたソレは顔が影で塗り潰されたように黒く、目が爛々と光っている。


――死にたくない


 一歩近づくと、どこからか声が聞えてきた。


――生きるのも辛い


 脳に直接心の声が響いてくる。


――もっと普通に生きたかった


――学校に行ってみたかった


――お姉ちゃんともっと色んな話がしたかった


――お父さんに自慢されるよう立派な魔法使いになりたかった


――だけどもう全部無理だ


――私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の私のせい私の私の私私私の私の


――全部私の、自分のせい


――こんな私なんか誰にも必要としない


――いない方がみんな幸せに決まってる、だから


――消えろ消えろ消えろ……


 剥き出しの感情は、聞いているだけでこっちまで苦しくなる。


 人には誰だって心が沈んでしまう時がある。

 俺だって前世でも、今世でもあった。 だけど失敗を引きずって、自分を傷つけても誰も、自分だって救われないことを俺は良く知っている。


 二度目の人生を生きる俺だから、確信を持って言える。


「君はきっと幸せになれるよ」


「それでも言葉が欲しいなら言ってやるよ」




――お前が俺には必要だ


――俺のために生きろ




 俺はそう言いながら、業火に手を伸ばす。


(こんなこと最初で最後だ)


 主人公ぶって無茶するのも、気障なセリフも嫌いだ。


 手が、顔が、体が業火に焼かれていく。


(あ、むり)


 そして一瞬で意識が遠のいていく。


 俺みたいなモブには女の子一人救うことすら難しいらしい。



 最後に炎の揺らぎの向こうで、泣きじゃくった女の子がこっちを見ていた――気がするけれど、確認する間もなく俺の意識は途切れた。





「夢……?」


 目が覚めると知らない部屋にいた。


 爽やかな風が吹く。

 窓際のカーテンが緩やかになびいた。


「いや、病院か」


 自分の包帯まみれの腕を見て思い至る。


 ということは炎に焼かれたのも、あの気障なセリフも現実。 そしてあの絶体絶命の状況から不思議と生還したということだ。


「ところでこの子は誰だろう?」


 椅子に座って壁にもたれて寝息を立てる美少女。


 状況からして俺の見舞いに来てくれたんだろうけれど、見覚えがない。


 真っ白な肌。

 暖色系の長髪はところどころ水色にも見えて不思議な髪色だ。


「まあなんでもいいか」


 今回の顛末も、これから俺がどうなるのかも分からない。


 けれど


「平和でいいや」


 とりあえずもうひと眠りしようと、瞳を閉じたのだった。


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