第8話/完 最後に葬られる死者

 都市は燃えている。都市は火と呪詛によって燃えている。

 たとえ燃えぐさを焼き尽くしても、それでも呪いの火は消えない。


 弔い合戦は続いた。それから先も、コーデリアは変わらず死者たちを葬り続けた。

 戦いに終わりは見えない。葬っても葬っても歩き回る死者たちは減らず、少女の天敵たる魔物たちもまた増え続けた。

 魔物から逃げ回り、ただ黙々とゾンビたちを葬る日々。今日はどうにか命を繋いだが、しかし明日の命はわからない。

 そんな毎日が、しかしコーデリアには満ち足りていた。死者を一体弔うたび、なにかを成し遂げた達成感を覚えた。間一髪で魔獣の爪を逃れるたび、強烈な生の実感に背筋を震えさせた。

 そして母たちと過ごす時間には、泣きたくなるほどの幸せがいっぱいに詰まっていた。


 無数の母たちはいつでも一緒にいてくれた。

 たとえば眠るとき、母たちはびっしりと蝟集して娘を外敵から覆い隠してくれた。肌にしがみつく母たちの気配に、コーデリアは抱きしめられて眠った幼き日を思い出した。

 垢じみた肌を舐めて老廃物を分解してもらう時、ずっと前に見た獣の親子の毛繕いを思い出した。一度へまをして妖魔に殺されかけた、その時には血が止まるまで傷口を塞いでくれた。


「ああ、母さん、母さんたち。この地獄の底で、コーディはとても幸せです。竜が落ちる前よりもずっと、ずっと幸せです」


 弔うたびに百倍に、千倍に、万倍に増え続けた母は、今では億倍にも膨らんでいた。

 蠅たちは、母たちは増え続ける。死者を食らって増え続ける。

 都市は死者たちで満ちていた。いつか母になる死者たちで。


 だから少女にとって、この地獄は母性の愛に溢れている。



   ※



 コーデリアが救うのは死んだ人間だけである。

 生きている人間は、少女にとってはどうでもいい。いつか彼らが死ぬまではどうでもいい。

 だが、生きている人間にとっては。

 冒険者たちにとって、蠅の女王は『どうでもいい存在』では有り得ない。


 あるとき、コーデリアは都市の片隅に不思議なものを見た。

 災いと不浄が猖獗しょうけつを極める街路にあって、そこだけ不自然に清められた一画。清浄な光の中に箱があり、箱には携行の水や糧食、それに少女には用途の判然とせぬ道具類が詰められていた。

 こうした場所は他にも何カ所かあり、そこには決まって同様の箱があった。コーデリアが水と食べ物だけを持ち去ると、次からは道具類が除かれ食糧が多めに補充された。

 

 コーデリアには文字が読めない。だから、そこに記された感謝の言葉を受け取れない。

 この場所が貴重な鯨の聖骨で清められた休憩所だということも、この箱が冒険者たちからの支援物資だということも、彼女には知るよしもない。

 それらが『蠅の女王』なる存在の為に用意されたものであるなどとは。



   ※



 都市は燃えている。都市はまだ燃え続けている。

 地獄では火が消えることもなければ蛆が尽きることもない。


 コーデリアは文字が読めない。書かれた言葉は彼女に届かない。

 しかしもちろん、耳で聞く言葉は理解できる。

 

 ある日、少女は冒険者たちの会話を聞いた。姿は現さず、物陰からそれを盗み聞いた。

 交わされた会話の内容はこうであった。


 かつて火葬と交易で賑わったこの都市は、発展と拡大に応じて築かれた三つの城壁を、三重のそれを所有している。都市は三層の地区に大別され、中心に位置する最古の街区にあったのが心臓たる火葬場。この火葬場に竜は落ちた。

 その竜が、どうやらまだこの世に残っているらしい。

 死してなお、ドラゴンゾンビとなって。


「この死竜こそが尽きせぬ呪詛の発生源、これを排除せぬ限り都市に平穏は訪れぬ。永久に」


 これぞ消えぬ火と晴れない呪いの真相なり。冒険者たちはそのように締めくくったが、もはやコーデリアは聞いていなかった。

 都市から呪詛を除去することにも、呪いの火を消すことにも、一欠片として興味はない。


 重要なのは、次の部分だけ。


 ――竜もまたこの世に縛られている。死んでも死ねない死者となって。


 この瞬間、決断は下された。

 古今未曾有の竜退治の決断は。


「ねえ母さん、母さんたち」


 歩き出しながら、コーデリアは母たちに語りかける。

 歌うように上機嫌な声で。


「ドラゴンのゾンビは、いくら私たちでも簡単には弔えないと思う。近づいた瞬間にたちまち返り討ちか、もしかしたら近づくことすら出来ずに火の息に焼かれちゃうかも」


 だから。


「だから、もしも私が死んだら、その時は私のことも葬ってね。肉片一つ残さずに虫食んで、弔ってね」


 ――そしたら私も母さんの一部になって、これからもずっと、ずっと一緒にいられるから。


 最高に素敵な未来を語る口ぶりで少女は言った。



  ※



 いったいそれがどちらになるのか、今は誰にもわからない。

 元凶たる死竜か、それともコーデリア自身か。


 最後に葬られる死者が、果たしてどちらになるのかは。


 だがいずれにせよ、答えは遠からずもたらされるだろう。


 少女は進む。少女は弾む足取りで先を急ぐ。

 地獄の底を、黒い嵐を引き連れて。



/完

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【ゲーム原案小説特別賞】蝿の女王の物語 東雲佑 @tasuku_shinonome

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