第13話 どこかのそっくりな誰か

 旅装の埃を落としたあと、沸かしたお湯を手桶に一杯づつもらって夕食のために身支度を整えた。乗馬靴の中で蒸れた足にお湯が心地良い。

 俺たちは村長一家とは別の一室に通され、そこで食事をとることになっているようだった。


「こちらの部屋でどうぞ。同席されるもうお一方は、既にテーブルにおつきです」


「やあ、ありがとう」


 カイトスが輝くような笑みで村長をねぎらう。俺は一足先に部屋に入り、彼女のために椅子を引きながら、対面の先客に目をやった。


 顔色がやや悪く、青白い感じ。服装はやや地味で華美なところがなく実用一辺倒。だが粗末なものではなく、むしろ体にぴったりと作られて細部まで行き届いた仕立てになっている。


「どうも、お先しております」


「こちらこそ、静かな晩餐をとお思いのところに闖入したようで申し訳ありません」


「いえいえ、お構いなく。何か興味を惹くお話でもできればよいのですが」


 ふむふむ、いたって慇懃な物言いで、貴族にありがちな尊大さは見当たらない。察するところどこかの領主の意を受けた使者か密偵、さもなくば商談をまとめに赴くどこぞの商家の代理人エージェントとでもいったところだろうか? 


「あ、申し遅れました。シュバルツ・コールサックです」


「これはどうも、私はマルク・ミザールと申し――」


 名のりは不意に、息をのむ音とともに中断された。ミザールの視線はまっすぐにカイトスに向けられている。


「どうされました?」


 ミザールの顔色がさらに悪くなった。いったいどうしたというのか?


「い、いや。まさか……失礼、そちらのお若い紳士のお名前は……?」


 カイトスと俺は顔を見合わせた。こちらの顔を見て動揺している人物に名前を明かすというのは果たしてどうなのか――俺は迷ったが、それを口に出す前にカイトスは名のってしまっていた。


「カイトス・シャマリーと申します。こちらのシュバルツ君と同じく、王立学院の一年生です」


「……王立学院の? な、なるほど……すみません、どうやら人違いのようだ。いや、失礼しました」


「……いえ、お気遣いなく」


 その場は無難にやりすごしたが、なんとなくお互いに遠慮するような微妙な雰囲気になる。

 誰からともなく席について黙り込んでいる間に、食前酒に見立てたらしい弱いワインと、三種類ほどのチーズが運ばれてきた。続いていかにも農村の食事といった感じの、具沢山な野菜スープ。


「シュバルツ君。そっちの白いチーズを二切れほど取ってくれないか。薄めにね」


「かしこまりました」


 こういうのは必要なだけ取って残りは戻すのがマナーである。テーブルに出たものを平らげてしまったりすると、赤っ恥をかくことになるのだ。


「……豊かな村のようですな、ここは」


 ミザールがワインとチーズを眺めてそう言った。確かに。固そうな貯蔵品だが、種類を取り揃えて出せるというのはそれなりのものである。ミロンヌでは男爵家でさえ、養鶏の改良が軌道に乗るまで前菜のチーズを複数種類用意したことはなかった。


「そういえば、バターもそこそこいいものを使っているねえ」


 カイトスがスープの香りに目を細めた。俺もちょっと啜ってみたが確かにいいバターを使っている。


「あー。学院の厨房で使っているものをもう少し新鮮にした感じですね。案外この村から取り寄せたものかも?」


「むぅ。じゃあこの前の卵みたいなことが無いように祈ろう」


 いやほんとに。食材の供給が滞ると、またデネブが学院を抜け出して暴れまわることになりかねない。あいつ確かバターにもうるさいし。

 ちなみに魔物学教官からあの後聞いた話では、例のコカトリスはカルシウム不足をはじめとする生息環境の悪化によって、あの村から逃げ出した古い品種の角鶏が先祖がえりを起こしたもの、という仮説が立っている。


 そんな話をしているうちに、村長が自らメインの料理を運んできた。銀のトレーに載せられた子羊のもも肉がテーブルに据えられる。切り分ける役を任され、俺はおっかなびっくりでナイフを振るった。


「そういえば……」


 部屋を出ていく村長の後姿を見ながら、俺はふと村に着いた時の会話を思い出していた。


「この辺は夜は物騒だ、って聞いたんですが……ミザールさんは何かお聞き及びです?」


「ん。ああ……私も詳しいことを知ってるわけじゃないんですが。夜中に外に出た村人が、怪しい影を見たとか。家畜が攫われた、などという話もありましたかな」


「……また怪物か」


 確かにそれは物騒だ。今夜は戸締りをしっかりして寝なければ――

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異世界ひよこ鑑定士~俺のスキルとあいつのXXXは国を揺るがす絶対秘密 冴吹稔 @seabuki

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