夏が、終わる。

さわこ(@rinrinko0101)様主催企画、「#ひと夏なんかじゃない2023」参加作品。

お題④:夏のおわり


 ──────────


 テレビではまだ、夏のような暑さが続くことを報じていた。

 もう9月になったというのに、太陽も随分と働かされて可哀想だ。いや、オゾン層が働いていないのが悪いのか。いや、働いていないというか、我々が破壊しているのか。洗濯物を畳みながら、1人でそんなことをグルグルと考えていた。

 昔のことは、もう覚えていない。漠然と、9月に入れば「秋」というものが来て、9月1日から始まる学校は、涼しく思いながら通っていた、気がする。

 あまり、覚えていない。

 昔は、8月31日が終わったら夏が終わり、次の日である9月1日になれば秋になるのだと思っていた。案外そんな単純な話ではなかった。季節というのはゆっくりと移り変わるものであり、気づけば変わっている。そういえば暑くなくなったな。夏が終わったんだ。きちんとそう気づくのは、完全に過ぎてからだった。

 今畳んでいる半袖のTシャツも、もう少ししたらお役目御免なのだろう。タンスの奥にしまわれて、また夏が来るのを待つのだ。

 今はまだ夏だと思っている。でもきっと私がぼぅっとしている間に、私はもう秋に飲まれているのだろう。

 静かに、音もなく、目の前は変化していく。


 貴方のことを思い出した。私が愛してやまない、あの人のことだ。

 貴方と初めて出会ったのは、夏のある日だ。あの日のことは、忘れはしない。肌に汗が流れ、太陽の陽に焼かれ、体は水分を欲していた。あれは確かに夏だった。

 時は経ち、また夏が来る。貴方とクーラーの効いた部屋で体を重ね、アイスを食べて、カクテルを飲んで、また会おうねと約束をする。貴方と一歩進むときは、決まって夏の日で。そう考えると、夏は私にとって特別な季節だ。


 貴方がいる。

 貴方がいて、私の手を取る。私に向けて、笑いかけてくれる。

 貴方のいる、特別な夏。


 ──そんな夏が、終わる。


「ただいまー」

 玄関から声が聞こえた。聞き慣れた声に、たまらず顔を上げて。膝の上でぐしゃぐしゃになっていた洗濯物を急いで畳むと、私は立ち上がって玄関に向かった。

「お帰りなさい」

 私はそう告げると、その体に飛び込んだ。貴方は少し驚いていたけれど、優しく抱きとめてくれて。吐息が髪に触れる。その大きな手が、私の背中を撫でる。

 その状態で数秒固まって、私は貴方の背中を小さく叩く。そして体を離して。

 貴方の手から荷物を受け取り、ついでに優しく握った。顔を上げ、目が合うと、貴方が笑ってくれる。私も嬉しくて笑い返した。


 貴方がいる。

 貴方がいて、私の手を取る。私に向けて、笑いかけてくれる。

 貴方のいる、特別な夏。


 ──そんな夏が、終わる。


 だってこの先は、どの季節も、ずっとずっと一緒だから。


 外、ちょっと涼しくなってきてたよ。と貴方が教えてくれた。そうなんだ、と相槌を打ち、早く暑いの終わってくれないかな、と貴方が不満を吐き出す。思わず私は吹き出してしまった。

 ねぇ、愛してるよ。と告げると、貴方は不思議そうに私を見つめてから、俺もだよ、と恥ずかしそうに返してくれた。私は笑いながら頷いて。

 うん、知ってる。だからね、私たち、ずっと一緒だよ。


 ──────────


 企画もこれで最後です。実は「その香りが、心の支え」、「高級アイスを食べてみたい」、「一目惚れ」と続いてきましたが、同じ男女です。それを念頭に置いて読み返していただければまた面白いかな、なんて思ったり。どうやら遠距離恋愛だったものの、最後には同棲が始まったようですね。


 最後になりますが、企画者であるさわこさん、そして読んでくださった方に、多大なる感謝を。ありがとうございました!

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ことのは、いちまい【短編集】 秋野凛花 @rin_kariN2

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