九尾の狐と、那須与一

織隼人

第1話 殺生石と玄翁

「狐よ、九尾よ。久しぶりよな」

そこは那須野の原。山深き場所。そこに巨岩が鎮座している。

山の中であれど、まわり一面は荒れ果て、草木は枯れ、飛ぶ鳥も飛んだまま死に絶えて落ちてくる。

その巨岩は、殺生石(せっしょうせき)といった。

毒気と邪気を振りまき、周りの生き物を皆、殺す。

岩に声をかけたのは、一人の僧侶。名前を玄翁(げんのう)という。

「力を取り戻そうと、いまだ力を蓄え、周りのものを殺し続けているな」

玄翁がそう言うと、岩の裏より一人の女が現れる。

山深い森の荒れ果てた場所には似つかわしくない妖艶な姿だった。その女が言う。

「お前か、小僧よ。我とまたまみえようとはな」

「ははは。もやは、小僧ではない。老いに老いた化け物も同じよ」

「違いない。お前はもはや死にはするまいよ」


女が岩を撫でながら言う。

「ここに何用できたのだ」

「それは知れたこと。狐を屠るためじゃ」

「かっかっかっ。我はとうに死んでおる。もはやできるのはこの地を汚すことのみ」

「それがこの地には無用なのだ」

「それでは、どうする」

「こうするのだ」

そこで、玄翁は持っていた大きな鉄槌を岩に叩きつけた。

大きな音が鳴り、岩は砕け、砕けた破片が空へと飛んでいく。

しかし、それでも巨岩はまだ、そうとうの大きさを残している。

「やれやれ、化け物の力とはその程度か。小石がいくらか砕けた程度ではないか」

「もう一度だ」

玄翁は、再び鉄槌を岩に叩きつける。

再び、大きな音が鳴り、砕けた破片が空へと飛んでいく。

さらにもう一度、玄翁は同じことをする。

そこで巨岩は、いくつかに割れた。


「やりおったな、小僧」

女はそれでも、あやしく余裕の笑みを見せている。

割れた岩の中で一番大きな岩の近くへの移動している。

「これでも十分よ。お前にもはや、これを砕く力はあるまいよ」

そうして、岩を見上げ、玄翁を侮蔑する。

「そうだな。今は、これ以上、お前を滅する法力はない」

女は、再びあやしく笑みを浮かべる。

「しかし、1000年もすればわしのこめた力が、やがてこの岩を壊すだろう」

「ならば、1000年を待たず、蓄えた力をもとに、その世を再び汚すだけよ」

「くっ」

「かっかっか。我はお前以上の化け物ぞ。この世には闇がある。人も妖も、神々でさえも皆、心に闇を持っている。その闇あるかぎり、我は不滅」

「・・・」

「人の悪意の凄まじさを、お前は随分見たはずだ。再び、我はこの世を汚す」

「そうはさせぬ。今のわしにはできずとも、後世のものが必ずお前を滅するだろう」

「ならば、それも良い。その時まで再びともに永らえようではないか」

やがて女は岩の影に姿を消した。


玄翁は一人、取り残される。

岩が割れたことで、あたりの毒気と邪気は薄まっている。

それでも、一番大きな岩は恐ろしいほどの悪意をうちに秘めている。


時は、至徳2年(1385年)8月のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

九尾の狐と、那須与一 織隼人 @orihayato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ