第15章 ラブコメはフィクションだよね?

 椿の家にお邪魔して30分が経とうとしている。

 なぜか今日のお礼に夜ご飯を作ってくれることになり、慣れない家のリビングで1人何をするわけでもなくぼーっとしている。

 キッチンの方からは到底料理をしているとは思えない音が鳴り響いている。


 ——ガシャン


 まただ……

 少し不安になってきた。いや、少しどころではない。


 「椿、大丈夫?」

 「あ、うん。大丈夫だから休んでていいよ」


 何だか落ち着かないが、ここは家主の言うことを聞いておくことにしよう。

 しばらくして椿に呼ばれてキッチンの方へと向かった。


 「……」


 俺は目の前に広がる絶望の兆しに驚愕して、ごくりと息を呑んだ。

 まるでアスファルトのような黒い物体がフライパンに乗っている。そして散々としたキッチンにどうしたものかと頭を悩ませてみるが処理不可能だ。


 「椿、料理できるんだよね?」

 「できると思ったんだけどなぁ」

 「おい?」


 現実は思ったよりも厳しかったらしい。

 それにしても火事にならなかっただけ幸運だ。


 「ちなみになに作ってたの?」

 「オムライス!」

 「……聞かなかったことにする」

 「なんで!?」


 作ってくれたことには感謝しつつ、とりあえず片付けをすることにした。

 

 「ご飯どうしようか」

 「俺が作ろうか?」

 「伊澄、料理できるの?」

 「少しは」


 こう見えて学校をサボっていた頃はよく家で昼ごはんを作っていた。

 あまり自信があるわけではないがオムライスなら何とかなると思う。


 冷蔵庫にある食材は好きに使っていいと言うので、ありがたく鶏肉と玉ねぎを頂戴した。

 まずはチキンライスを作る。

 玉ねぎをみじん切りにして、鶏肉を一口サイズに切っていく。切り終わったらフライパンで玉ねぎを炒める。しんなり透き通ってきたら鶏肉を入れてさらに炒める。

 あとは目の前にあった塩を少し入れて、米を投入。あとは、ケチャップとブラックペッパーを加えて混ぜながら炒めて完成した。

 あとは卵だ。

 ボールに卵を割って入れて溶く。そして、牛乳とマヨネーズを加えて混ぜる。

 そこまで終わったらあとは火を通すだけだ。いい塩梅で焼けた卵をチキンライスの上にスライドして完成。

 

 隣には目を丸くして驚いた椿がこっちを見ている。

 どうやら俺が料理をできるとは思っていなかったようだ。

 

 「料理できたんだね」

 「前まで昼は自分で作ってたから少しはね」

 「サボりの賜物だね」


 否定はできない……

 俺も初めて作った時は食材を焦がしてダメにしたっけな。

 

 それから俺たちはオムライスを食べ終わり、洗い物を終わらせてリビングで休んでいた。

 時間はすでに21時になろうとしていた。そろそろ帰ることを伝えようとするが、その前に椿が口を開く。


 「なにする?」

 「いや、そろそろ帰るよ」

 「なるほど、映画か! ナイスアイデア!」

 「耳鼻科行け」


 どうやら俺に聞かずとも何をするかは決まっていたらしい。

 映画を観たら帰ろう。帰れるよね?

 椿は映画やアニメが見放題の登録制のサブスクでどの映画を観るか悩んでいた。

 リモコンを必死に操作する椿の隣で俺はやたらと大きいTVの画面を見つめている。

 しばらくしてTVの画面が動きを止め、椿が映画を選び終えたことがわかった。

 そして聞いたこともないタイトルの洋画が始まった。


 「これ観たらさすがに帰るよ」

 「え、泊まっていかないの?」

 「何で意外みたいな顔してんだよ」

 

 映画が始まった。そう思ったらすでに終わっていた。

 記憶が冒頭の3分くらいしかない。正直に言うとめちゃくちゃつまらない映画だった。

 椿の方を見ると当然と言うべきかやはり寝ていた。

 時計を見ると日付が変わって1時間以上が経過していた。

 

 「椿、映画終わったよ」

 

 とりあえず椿のことを起こすことにした。

 

 「寝ちゃってた。映画どうだった?」

 「ま、まぁまぁだったかな」


 俺も爆睡して観ていないが何となく寝ていたとは言わなかった。


 「私より先に寝てたくせに」

 「うっ……」


 椿はいつも通りニヤリと笑って俺を揶揄う。

 寝起きのくせにこの破壊力は反則だろ。


 「本当に泊まって行きなよ」

 「……」


 この時間だと家は鍵が閉まっているだろうな。碧を電話で起こせば済む話なんだが気が進まない。

 苦渋の決断だが、今日は泊めてもらうことにした。


 「先にシャワー入ってくるね」


 椿がそう言って洗面所の方へ行き、無音のリビングに1人になった。

 何をすればいいのかわからず、俺は無の時間を過ごす。

 微かに椿が浴びているであろうシャワーの音が聞こえて「泊まり」という状況に本当の意味で気がついた。

 今日は30度を超える猛暑日で、深夜の今でさえもかなりの暑苦しさがある。冷房のおかげでなんとか中和できているが、鼓動の加速により血液の循環が活性化し、活火山のようにみるみる俺の体温が上がっているように感じる。

 深呼吸をして落ち着こうとするものの制御は難しそうだ。

 よくわからない時間を何分か過ごしたところで扉を開く音とともに椿が戻ってきたのだが……

 濡れた髪の毛と頭にかぶせたバスタオル、火照った顔と少し恥ずかしそうに俯く表情。これは夢か?


 「伊澄も入ってきなよ」

 「そう……だね」


 そわそわした気持ちを押し潰して浴室に足を踏み入れると、そこには先客が使ったであろうシャンプーの残り香が広がっていて気が気ではない。

 シャワーを借りているだけなのに異常なまでの罪悪感が生じたため最速で終わらせることにした。


 あくまで平常心を保ってリビングへの扉を開けると、ソファの上で体育座りのような格好でスマホをいじっている椿が俺の方を向く。ドライヤーを済ませたのか髪の毛はすでに乾いている。


 「早かったね」

 「ま、まぁね」

 「頭洗ってあげようと思ったのに」

 「……いらないよ」

 「間あったけど?」


 やっぱり椿は俺を揶揄ってニヤリと笑う。

 その表情を見てまたしてもドキッと心臓が脈を打つ。


 すでに時刻は丑三つ時を回っていることもあり無意識で欠伸を何度かしていたことに気がついた。

 え、寝るってどこで?

 そんな疑問が頭の中に飛び交う。

 ラブコメ的な展開であれば同じベッドで寝たり……なんて。

 いやいやできるわけがない。そもそも付き合ってないんだから!

 それこそラブコメ的展開ならここで2人の距離が縮まるのか!?

 やっぱりこれはチャンスなのか? 

 いや何のチャンスだよ! すかさず自分でツッコミを入れる。


 「ずみ、伊澄ってば!」

 「っ、なに?」


 思考の海で泳いでいると椿の呼びかけにより現実へと帰還した。


 「コンビニ行かない?」

 「え、今から?」

 「そう今から! 深夜のコンビニだよ! ワクワクしない?」

 「する、かも……」


 不覚にもワクワクしてしまった。

 特に準備などをせずにラフな格好で俺たちはすぐに家を出た。

 歩いて5分程度の場所に位置しているローソンに着くや否や決めてもいないのに2人揃ってアイスコーナーの方へと脚を向けた。

 

 「決まった?」

 「んー、俺はあずきバーにしようかな」

 「おじいちゃんかよ」

 「おい? 全国のあずきバー好きな人に謝れ」


 深夜のコンビニで太陽のように眩しい笑みを見せる椿に釣られて俺の頬も緩む。


 「椿は何にするの?」

 「これ!」


 椿が手にしたのは至福の時間と容器に書かれているワッフルコーンのソフトクリームだ。

 確かにあずきバーよりは若く見えるような……いやそんなことはない!


 「伊澄の奢りね」

 「うん」

 「うんって、冗談なんだけど」

 「え、いいよ泊まれせてもらってるし」


 椿が何か考える素振りを見せてから口を開く。


 「やだ、惚れちゃいそう」

 「絶対嘘だろ」


 何を考えているかと思ったら……

 そんなこんなで会計を済ませる。

 会計をしている最中に午前3時のアナウンスが店内ラジオから聞こえ、こんな時間が続いてほしいだなんて深夜に酔ったことをふと思った。


 コンビニを後にした俺たちは深夜の静けさと蝉の鳴き声に浸りながら片手に持ったアイスを食べながら歩く。

 他愛のない会話をしながら歩くこの時間がとても愛おしく思った。

 エモーショナルな感情に侵されるのはやはり夏の夜だからだろうか。それとも……

 そんなことを考えながらこのひと時を噛み締めるように一歩また一歩と歩いていく。


 家に戻ってすぐに何故だか本を読む流れになった。

 こんな時間に本なんて読んだら眠くなるに決まっている。そう思いつつも椿からお気に入りの本を受け取る。

 読み始めて20分も経たないうちに眠たくなり始め、そっと本を閉じた。椿の方を見てみると案の定眠たそうな顔をしている。

 ふと椿と目が合い、どこで寝るのかという問題が再び降ってきた。

 思い出したかのように俺の鼓動が高鳴る。

 

 「眠たくないの?」

 「まだ眠たくないかな……」


 嘘だ。本当はものすごく眠たい。

 でもまだ心の準備ができていない。

 同じベッドで寝るとは言ってないんだけどね。一応ね……


 「何でやめちゃったの」

 

 今にも寝そうな声で椿が俺に問うが何のことかさっぱりわからない。


 「何の話?」

 「小説の話、人工知能の話だよ」


 あぁ、その話か。

 普段は踏み込んでこない話だが睡魔にやられたのだろうか。

 今まで誰にも打ち明けたことのない話だが椿になら言ってもいいと思った。これは夏の夜のせいだろうな。

 

 「実は小説書いてる友達がいたんだけど、嫌われちゃって」

 

 笑って誤魔化しながら俺は過去を振り返る。


 「何で嫌われちゃったの?」

 「これも実はなんだけど書籍化が決まってて浮かれてたんだよね。相手の気持ちも考えずに」

 「え、書籍化してたの?」

 「いや、断った」


 一瞬の沈黙すら長く感じてしまい、続けて俺は口を開く。


 「その友達はファンタジー小説書いてて、でも競合が多くて伸び悩んでたんだよね。内容もすごく面白かったし、絶対有名になると思ったんだけど……」

 「辞めちゃったの?」

 「うん、俺のせいで」

 「そうなんだ。ごめん辛いこと思い出させて」


 自分が蓋をしていた過去を曝け出して少しだけ肩の荷が降りたような気がした。

 それでもあの時どうすることが正解だったのかは未だにわからないままだ。だから俺はこの後悔を背負って生きていくしかないと思う。


 「もしまた書きたくなったら私をヒロインにして」

 「椿を?」

 「人魚姫みたいに形が消え去っても忘れられないような感じに!」

 「椿が風の精?」


 思わず俺が吹き出して言うと、椿は「そこはイメージ!」と言い頬を膨らませる。

 椿がヒロインの小説なんて面白いに決まってる。

 何となくプロットを想像してみると思った以上に浮かんできて、止められなかった。


 目を開けると知らない間に朝になっていた。

 どうやらそのまま寝てしまったらしい。

 時計に目を向けると9時になっていた。

 けっきょく俺たちの距離感が変わることはなかった。それでも長いようで短い1日のことを思い返せば、それはそれでいいかと思ってしまう。


 俺は椿に一言かけ、来た道を逆に歩く。

 次に会うのは花火大会の日だ。


 それにしても、あの寝顔は反則だろ……

 椿の寝顔を思い出し、赤面しているであろう俺はため息を吐く。

 


 


 



 

 

 

 


 

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