わたしが拾った月の欠片

いうら ゆう

わたしが拾った月の欠片

 月の欠片を拾った夜、辺りに誰もいないことを確認して、わたしは月の欠片をポッケに押し込んだ。


 薄く明けはじめた空の反対側で、欠けた満月が住宅街の向こうに沈む。

 気づかれなかったことにホッとしたわたしを見咎めるように、夜の切れ端が、月のあとを追い、白くほどけて消えた。


 夜明けの街に人は少ない。

 それでも時々、人とすれ違うと、つい早足になってしまう。

 なんでもないふりを貫き通して家に辿り着いた頃には、もう朝の気配のほうが強かった。


 出掛けに用意しておいた朝食を食べながら、空のグラスに月の欠片を落とし込む。

 カランとまわって落ちた欠片は、電気の下ではひどくぼんやりと重たそうに発光していた。

 グラスを持ち上げ、意外と雑にカラコロ鳴る月の音を楽しむ。

 これが月の音なんだと思うと、なんだか感心してしまった。


 今日も遮光カーテンをひいて、布団の中に潜り込む。

 次の休みまで、あと四日。

 アラームをセットし携帯端末の画面を消すと、机の上に置いた月の欠片が、暗い部屋の中、グラス越しに、ほのかに浮かびあがった。


 ほわほわした明かりが、飾り気のない天井を揺らす。

 ガラス質の鉱物でも混ざっているのかもしれない。

 呼吸のように繰り返される淡い明滅の中で、つぶつぶとした光が時折、天井に映り、きらめいていた。


 月明かりに照らされると、アラームだけで起きるより、目覚めがいい気がした。

 たくさんセットしたアラームを一つずつ解除しながら、珍しく一度目のアラームで起きることができたことに気づき、とても誇らしい気持ちになる。


 うんと伸びをして窓を開けると、風と共に黄金色のまばゆい日差しが飛び込んできた。

 はやくも夕食の準備がはじまっているらしく、焼き魚の香ばしい香りがして、急に秋めいた気持ちになる。


 明るいと思っていた月の欠片は、空が暗くなるにつれ、ことさら元気に輝きはじめた。

 月の欠片は、やはり夜のほうが調子がいいらしい。


 夕食と明日の朝食を準備しながらテレビをつけると、アナウンサーが月が欠けていることが新たに発見されたと伝えていた。

 わたしが寝ているうちに、いくつかの国の研究団体が連名で発表会見を開いたようで、繰り返し繰り返しその映像が流れていた。

 

 カーテンの隙間から改めて外を覗くと、いつもよりも空を見上げている人が多かった。

 空に昇った月は、いつもとは異なる形で確かにしっかり欠けていた。

 それを確認した人たちが、わっと歓声をあげる。


 わたしは欠けた月とグラスに入れた月の欠片を見比べて、ほくそ笑んだ。

 月が欠けているのをはじめに発見して拾ったのは、何を隠そうわたしなのだと、とても得意な気分になってくる。


 月が欠けたニュースは連日繰り返され、そのうち人々が月が欠けていることに慣れた頃、他のニュースと同じように、数ある話題に飲まれていった。


 夜の帰り道を歩きながら、わたしは欠けた月を見上げて、ポッケに忍ばせておいた月の欠片を取り出す。

 特に満月の日はわかりやすいから、月の欠けた部分に、手にした月の欠片をかざして重ね、月に欠片を当てはめてみる。


 するといつもどこからか夜の不機嫌な気配がした。

 わたしはそれに取りあわず、またわたしの月の欠片をポッケに仕舞い込む。


 だって、月は月で足りない欠片を埋めることを心底楽しんでいるらしいのだ。


 今夜の月にはバラ色の欠片が埋まっていた。

 昨日は水色だったから、たぶん明日はまた別の色だ。

 いったいどこから拾ってくるのか、月はこのところ胸にブローチを飾るみたいに、欠けた部分を飾るのに、はまっているらしかった。


 あの月のことだ。

 そのうち一つきりの色じゃ飽き足らず、いろんな色や形を組み合わせはじめるに違いない。


 家に帰り着いたわたしは、今日もわたしの月の欠片をグラスに落とし込む。

 カラコロと案外雑に鳴る月の音に耳を澄ませながら、朝食を食べた。

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わたしが拾った月の欠片 いうら ゆう @ihuraruhi

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