021 「外伝・世代交代(3)」


「あれ、みんなもう上がりですか?」


「子供達のところ。絶対、拗ねてるし」


 大尉の階級章を付けた軍服姿の龍一の声に、声をかけられた女性達の中から同年代の玲子が返す。

 そしてその言葉に龍一が軽く苦笑いする。


「あぁ、幸子ちゃんか」


「旦那さん達はー?」


 そう大らかに声をかけるのは虎士郎。もう20代も半ばに差しかかろうというのに、いまだ10代のような雰囲気がある。


「タバコタイム。だから私たちは、ついでにスイーツタイムにしようかと。子供部屋の方が色々あるし」


「玲子は甘いものの方が良いだろうな。酒が可哀想だ」


「言われてますよ、マイさん」


「なっ、玲子って言っただろ」


 スーツにメガネというインテリ風の姿の玄太郎だが、こうした反応を示すところはまだまだ未熟だと周りからも見られていた。


「冗談に決まっているでしょ。玄太郎くん達も行く?」


「僕はいいよ。酒の方が性に合う。龍一は?」


「俺はどっちも好きだが、もう少し妻孝行と兄弟孝行してから顔出すよ。戦争中は、ろくに相手してやれなかったからな」


「私はどうしようかなあ」


「勝次郎くんは? タバコ?」


「そうなの。ついでに仕事の話もしてて、この通り独り身。しかも最近、下の子達に割り込むのも気がひけるのよね」


「慶子(けいこ)ちゃん達、仲良いもんね」


 瑤子達が話題にしているのは、1930年前後に生まれた彼らの兄弟姉妹だ。玄二家、龍也家はそれぞれ四人兄弟姉妹で、世代的に上下二人ずつに別れている事が最近多かった。下の世代が、ちょうど反抗期というのもあるのだろう。

 だが、言いつつも玲子が苦笑する。

 その視線の先に、部屋の一角を占めるグランドピアノを囲む人だかりがあった。


「けど、虎士郎くんは例外みたいね」


「そうなのよねー。玲子ちゃんが昔教えた曲で釣ってるのよ。ずるくない?」


「アハハハ。虎士郎くんらしいわね」


「笑ってないで、後で何か言ってあげて。それより、遅れると幸子ちゃんが大変よ」


「おっと、じゃあまた後でー」


 笑って軽く手を振りつつ、玲子が少し先を歩き始めた女性達の後を追う。


「うん。あとで顔出すね」




「来るのが遅いですわ!」


「ごめんねー、サチ。今から一緒にいるから。みんなも良い子にしてた?」


 玲子が遅れて小さな子供用の部屋に入ると、扉の前で仁王立ちで待ち構えていた童女が彼女に指を突きつける。


(ホント、小さい頃の私そっくり。けど、その年でその喋りと仕草はどうなの? 中の人はインストールされてなさそうだし、頭良いだけか、早熟なのか、誰かの真似をしているだけなのか。……まあ、良いけど)


 その子を少し強めに抱きつつ、部屋に視線を巡らせる。

 扉の前で玲子を待っていたのは、彼女の次女の幸子一人だけ。他の彼女の子供、双子の長男の麟太郎、長女の麟華、次男の虎之介は、部屋にいた世話役のメイド達に見守られながら遊んでいる。

 それ以外の子供達も似た感じで、玲子より先に部屋に入ったそれぞれの母親に甘えているか、そのまま世話役のメイドのそばにいる。

 また、玲子だけは多くの秘書、側近も連れているので、彼女達もその世話の輪に加わっていた。


「それだけで機嫌はなおりませんわよ」


「アハハハ。その言葉遣いで言う台詞じゃないぞー」


 玲子はそう言いつつ、子供の頬に自らの頬をすり寄せる。


「で、ですから!」


「えーっ、これでもダメ? じゃあ、愛してるよー」


 そう言って頬に軽くキスをして、さらに少し強めに抱きしめる。

 そうすると、玲子の腕の中の子供も、ブツブツと小声で何かを言いつつもようやく満足そうな表情を浮かべる。

 周りも特に反応していないので、いつもの事のようだ。


 なお、部屋には今年で6歳を頭に合わせて13人の子供達がいた。全員、4人の母親の誰かの子供で、双子もいる玲子が4人、涼太の妻の舞、竜の妻のジャンヌ、エドワードの妻の沙羅が、それぞれ3人ずついた。


 ジャンヌと沙羅の結婚時期もあって、二人の子供にはまだ1歳の赤ちゃんもいた。それでも1938年から43年とこの5年ほどに固まっている。

 年齢が近いのは一緒に育てる為に合わせて産んだからで、全員が年子だった。人数が違うのは、結婚してからの年数とも合致していた。


 普通の家だと単に大きな一族とも言えるが、この時代だと1夫婦で子供の数は3、4人は少ないくらいだ。特に1939年の秋以後は、政府が産めよ増やせよと標語付きで奨励したので、男が徴兵されたのに1家庭当たりの子供の数は増えていた。


 そして鳳家は日本有数の大資産家で、名門一族の子女になるので、数が多いのは喜ばしい事だった。たいていの場合、一族の数の多さは繁栄に直結する。

 それが一族の中枢に近いとなれば尚更だった。


 そうして玲子は、次女の幸子を抱き抱えつつ、他の3人の子供達の方へと向かう。


(うっ、4歳ともなると、長時間抱いて歩くのはもう厳しいなあ)


「はい、おしまい。大きな赤ちゃんね。それに交代よー」


「し、仕方ありませんわね。お兄様方、お姉様」


 幸子が意外に素直に母親から離れるも、次男の虎之介は半目がちに幸子へと視線を向けている。いつもの事とはいえ、呆れているらしい。そして行動が一歩遅れた脇を、同じタイミングで長男長女の双子がすり抜けていく。


「あっ、兄様、姉様ずるい」


「トロいトラが悪いのよ」


「そ、そうだぞ」


「ハイハイ、トラも来なさい。けど、三人一緒だともう定員オーバーかな」


 中腰の姿勢で二人を抱く玲子だが、確かにもう一人抱くのは無理そうだった。双子の長男の麟太郎と長女の麟華は、この春から小学校に通う6歳。出遅れた次男の虎之介はもうすぐ5歳。もう随分大きいので、中腰で3人を抱く余裕はなさそうだった。

 だからだろう、虎之介は後ろに回って自分から母親の背に抱きついた。


「お、お、おっと。やっぱり、いっぺんに来ないで。三人合わせたら、もう私の体重くらいあるのよ。5年前は、あんなに小さかったのに」


 そんな情景を、なぜか幸子が満足そうに腕を組んで頷いている。


「サチ、なんかえらそう」


「偉そう、ではなくて偉いの。最後に生まれたのですから」


「なんだ、そのりくつ?」


「な、なら、ボクは一番だぞ」


 玲子の周りで、子供達はいつものように戯(じゃ)れながらも言い合いをしている事が多い。しかも、何歳か年上がするような会話が常だった。

 ただしこれは、長子である玲子の子だけではない。一族の子供は、幼い頃から知性に優れている者ばかりだった。

 この場にいる他の子供達もそうで、中でも玲子の末の娘の幸子は、この中で最年少組ながら神童の再来と見られ始めている。


 その幸子が、誰かを見つけたのかフイにそっちに走り出す。玲子達に少し遅れて部屋に入り、部屋の隅に控えていた秘書や側近達だ。玲子は、自分の子供達とは機会があれば親しく接させるようにしていた。

 そして幸子は、赤子の頃から皇至道(すめらぎ)芳子(よしこ)に懐いていた。

 玲子が視線を向けた先でも、ダイビングで抱きついて小柄な芳子がよろめいてる。


「リズ、お芳ちゃんを助けてあげて。あーあー、4歳児に力負けしてるし。ラジオ体操すらおざなりにしているからよ。あ、シズは赤ちゃんのところに行ってあげてちょうだいね。そろそろ次のご飯でしょう」


「ご配慮、痛み入ります」


「うん。まだ3ヶ月なのにね。今日もごめんなさいね」


「とんでもないことで御座います。では、少しの間失礼致します」


 その姿を見送りつつ、彼女の胸元から長女の麟華が顔をあげる。


「赤ちゃんも、いっしょにいたらいーのに」


「生まれたばかりだから、ダメだぞ」


「そ、そうだぞ麟華。それにシズさんたちの他の子どももいないだろ。いちゃダメなんだ。ねえ、母様」


「そうねぇ、麟太郎。私も一緒が良いけど、けじめは付けないとダメだからね」


 言いながら頭を優しく撫でる。だが、他の二人がそれを見て、「麟太郎だけずるい」「おれもー」と玲子に強くしがみつく。


「うっ、お前ら、だから自分の重さを認識しろ。そ、それと、歳を。二人はもう小学生でしょ。あっ」


 言いつつも頭を撫でるが、そのせいで中腰からバランスを崩し、四人共崩れるように倒れてしまう。しかも子供たちは、そのままさらに乗っかるように抱きつくなどしてじゃれつく。


「お、重い。ひ、姫乃さん助けて」


「は、はい! 少し待って下さい。さあ、麟華様」


 姿勢が崩れ始めた時点で近寄ってきた中で、視界に入った月見里姫乃に声をかけた玲子だが、他数名のメイドと側近の手により三人と一緒に起こされる。

 そしてそこに、皇至道芳子と手を繋いだ幸子が近づいてくる。


「兄様方、姉様、わがままばかりではいけませんわ。お母様も若くは御座いませんのよ」


「えぇ〜、私まだ24よ。普通なら今が結婚適齢期なのに。……あ、そうだ。戦争も終わったし、そろそろみんなの縁談を進めるわね。とはいえ、姫乃さんは良いお話があるの? なければ、良い縁談を紹介するわ。姫乃さんなら選り取り見取りよ」


「え、あ、いえ。そう言った話は。でも私よりも、皇至道さん達のお話を進めて下さい」


「だってさ。いい加減、話を進めるわよ。リクエストがあるなら、早めに言う事。でないと、こっちで勝手に進めるから」


「えぇ、私はいいよ。ずっと言ってるでしょ。ミツの話を進めてよ」


 そこからは側近達へ、主人の玲子の無茶振りが始まった。

 だが言葉通り戦争は終わり、また彼女に子供の頃より仕えていた者たちのうち、特に女子は適齢期なのも確かだった。


 だからこうした話が出るのは、戦争が終わり時代の節目を迎え、新たな時代の幕が開いた証でもあった。


 

__________________


外伝の本編内のドラマパートは、多分これで終わりと思います。

あとは、設定、解説などになるはず。

あとがき寸劇「玲子の部屋」も続きます。


リクエストがあれば、他に何か書くかもしれません。

 

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悪役令嬢の十五年戦争 ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~ 扶桑かつみ @husoukatumi

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