第8話 半人前の死神達
「なるほどな。まだこの世で生きていたシュンの命と引き換えに、自身の業を生み出したタイミングで、イザミを救ったと解釈出来るな。そしてシュンは、完全にこの死神界へ足を踏み込んだと……」
百道先生は顎に左手を置き、考え込むような素振りをして静かにそう告げると、また僕へその端正な顔を向けた。
「シュン、君は……、後悔していないのか?」
少しだけ遠慮がちに訪ねてくる泣きぼくろを持つこの男性は、若干強引すぎる部分もあるが、きっと生徒思いの優しい先生なんだろう、僕はそう思った。
「……後悔していないなんて言いきれないです。母、……父も泣いてました。僕の眠る隣で。だけどもし人間に戻って、このことを覚えていなかったとしても、その選択は自身で望んでいなかった、それだけは言いきれます」
「……お前、何か雰囲気変わったな」
僕の腕の中で、横たわるイザミ君が優しく見つめてくれている。
「いつだって、僕は僕だから」
僕は彼の紫色の透き通るような瞳を見つめ、そう自身へ言い聞かせるように答えた。するとイザミ君は僕の心配をよそ目に、己の力でゆっくりと上半身をおこした。
「それがお前の
「そうだと、思う……」
彼が地へ転がる長いものを見つめた。応答するかのように夜風でバサリと棚引く。
まだこれが僕の業だとは信じられずにいた。だけど真っ直ぐにそれを見つめるイザミ君の目がそうなのだと静かに物語っていた。あの時と同じ目だ。彼が最初に見せてくれた同じ表情。
僕も闇と同化している旗を見つめた。僕の
「シュン、君の
担任の言葉に続くように、3人とも興奮冷めやらないのか各々に口を開いた。
「あの時、おり、ばりばり、こうカーーーっとなって、じっとしちょきらんくなったんちゃ!」
「私も同じく。自身の業の不甲斐なさに打ちひしがれるところでしたよ」
「シュン君、すごいね~。とっても可愛かったよ? ボク、とってもときめいちゃった」
スサオ君、ロチア君、クニ君は傷だらけの顔でいつものようにそれぞれの表情を見せた。皆もぼろ雑巾のようにズタボロだった。だけど、確かに日常がそこへ戻っているかのように見えた。3人はイザミ君へまた楽しげに、言葉の数々を投げている。
「おり、お前のこと諦めちょった、すまん!」
「イザミ様には申し訳ないことをしてしまいました。ですが、今度、ぜひ死の縁から這い上がった体験を聞かせていただきたいですね。とても興味深い記録ですので」
「イザミ君の死に顔、とっても可愛かったよ~。今度はもっともっと可愛い顔見せてね!」
3人ともこれは謝っているのだろうか。不思議な物言いに、思わず笑みがこぼれた。それぞれ強引に怪我人のイザミ君へ声を掛け、彼も力無く微苦笑を浮かべ、受け流しながら、いつものように軽口を叩き合っている。僕はその光景を見つめ、安息のような時間にほっとしていた。だが、彼ら3人がイザミ君と違って慈しみや情をそれぞれ欠如させている理由はなぜだろうか。今はまだ聞ける気がしない。
代わりに、というわけではないが、僕は反対方向へ向き、ずっと気になっていたことを百道先生へ尋ねた。
「あの、
「あの者は……、この世から去った」
百道先生はその言葉をまるで割れ物を扱うかのように慎重に告げた。
「死神が持つこの
「あのように全ての
それが、『死神』という務め――
「シュン、君にはこの世界で死神学園へ入り、一人前の死神を目指してもらうことになる。それが今の君に与えられた新しい務めだ」
「僕の新しい務め、ですか……」
僕は少し下を向き、そう呟いた。僕の足元には、月夜の金色とコンクリートの灰色が混ざり合い、自身の心の色が広がっていた。これからきっと僕が想像も出来ない日々がまた訪れるのだろう。迫り来る未来へ不安もある。だけど――。
「シュン、悪かったな……。あの時、聞き間違えて……」
イザミ君が僕の様子に気が付いたのか、目線を泳がせながら、バツが悪そうに告げた。
これで謝られるのは何度目だろう。最初の僕は返答に困った。だけど、今なら言える。この言葉を。
「僕が決めたことだから」
思わぬ返答にイザミ君は少しだけ目を見開き、戸惑っているようにも見えた。その隙を付いてか、いつものように早口言葉のような突っ込みが入った。
「イザミ様、そこは『ありがとう』ではないですか?」
ロチア君がいつの間にか眼鏡を外し、丁寧にレンズを拭き上げながら、すかさず突っ込んだ。眼鏡を外した彼は、男の僕が心臓を打ちならす程に凛々しく、端正な顔立ちをしていた。
「そうだよ~。たった今助けてもらったのに~。シュン君の
クニ君がまたふわりとした笑顔で無邪気に恐ろしい言葉を並べる。童顔の彼は、笑うといつもより更にもっと茶目っ気のある表情を見せる。そんな愛嬌を振りまきながらも、相変わらず誰よりも毒を吐く。だが、この言動は彼にとってイザミ君へ当てた誉め言葉なのかもしれないと僕は思った。
「イザミっ! お前生きちょうなら、またおりとバトルしよっちゃ! お前と戦うんがいっちゃん楽しいき!」
何と言っているのか分からない程に方言を喋るのはスサオ君だ。イザミ君の座っているコンクリートの上へかがみ、彼の肩へボロボロになった袖をどしりと乗せた。イザミ君が眉間のしわを更に増やしているのもお構いなしに、肩を強引に引き寄せている。イザミ君は痛みもあってか、苦い顔を浮かべ、面倒臭そうにしていたが、どこか和やかな表情だ。スサオ君の方言も全て理解しているようだ。この言葉使いは一体どこの方言なのだろうか。九州方面のような気もするが、どこかは検討も付かない。そんなスサオ君の真っすぐな明るさは、重たい空気を少しだけ軽くしてくれるようだった。
「さすが、俺が見込んで連れてきた男だな」
イザミ君が自身からスサオ君の身体を無理やり引き剥がした後に、僕へ向かって得意そうに少しだけ口角を上げながら言った。心臓が大きな音をひとつ打ち鳴らす。同時に「イザミ様、それは誤りです。あなたがとんでもない空耳で連れてきただけです」とすかさずロチア君の早口の突っ込みが入った。
「僕はあの時、大嫌いな父親をかばって……。車に衝突したんだ。僕は父を心底憎んでいたのに……。この世から消してしまいたい、いつも何度も、そう思っていた。本当は父親なんてかばいたくなかった、さっきまでずっとそう思っていたのに。こんなことになって後悔もして……。だけどもしあの時、僕が父を助けていなかったら……。もっと後悔していたかもしれないって。……そう気付いたんだ。もしあの場で父を助けていなかったら、僕ももしかすると……」
僕はすがるような思いで、地に転がっていた黒い旗を持ち上げた。再び闇夜いっぱいに旗がなびく。同時に
「君は、もう一歩で己の業に負け、自身の業へ取り込まれるところだった。先程も見ただろう。愛する者にストーカー行為まで行うようになった人間に、……
「君は君自身の旗を掲げ、己自身、そして皆の支えになり、その行く末を指し示すことが出来る。迷う者達は君の旗を探す。誰よりも目立つその黒い旗印でな」
生暖かい夜風が僕達を取り巻く。とても寂しく、だけど僕の新しい歩みを祝うかのような、泣きたくなる夜風だった。
僕は何度もその選択を迫られ、躊躇する時がまた訪れるだろう。だけど、その度に何度も答えを出し続ける。それが僕自身に課せられ、業に打ち勝つ、唯一無二の方法なのかもしれない、そう思った。
皆が地面で、はためく黒い旗を見つめる。するとスサオ君が僕のその
「やっぱ重いばい!!」
上半身を起こしながら彼はケラケラと笑いながら楽しそうに言った。
「当たり前です。
「ふふっ、スサオ君、相変わらずチャレンジャーだね~。ほらイザミ君も持ってみたら~?」
「おい、やめろ。俺はこんなに怪我してんだぞ」
4人は憑りついていたものが抜け落ちたかのように朗らかだった。そんな姿を見つめている僕へ、百道先生が言った。
「君は皆へその
あの時の3人を思い出す。イザミ君は「感情を欠落させている者も多い」と僕が眠る隣で言っていたが、あの時の戦慄さがやはり思い出される。イザミ君を見捨てようとしたルチア君、クニ君、スサオ君を。
「あの時のみんなは、完全にイザミ君を……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「あの子らはただ知らないだけなんだ。いや、知っていた、と言うべきか。死神の世界へ誘われる際、その理由も含めて、情のような感情は、彼らの心の奥底へ閉ざされている。イザミ以外はな。他の3人はまだ自分に不都合だと思える感情を抑制し、自ら決して出そうとはしない。だがら、シュン。君のような者が来てくれて嬉しいよ。もしかしたら、何かが変わるかもしれない。あの子達にとっても」
「ですが、あまり自信はない、です……」
正直に心の内を伝えた。僕が彼らの心へ干渉して、何かを変えていくなんてそのような対それたこと、僕には出来る気がしない。
「自信なんてなくてないい。我がそう思っているだけだ。君も自身の
「ねぇ、見てみて~。ほら、シュン君もこれで、れきっとした僕達のチームメイトだよ?」
クニ君がずっと首にかけていたロケットペンダントの中身を嬉しそうに見せてくれた。小さな写真がはめ込まれている。イザミ君、スサオ君、ロチア君、クニ君、4人チームメイトの楽しそうに写りこむ姿と、百道先生もいた。その写真の右上に小さな小さな長方形の何かが貼られていた。よく目をこらして見つめると、ピンセットでしか触れない程の僕の小さすぎる写真だった。まるで卒業アルバムにあるような、修学旅行へ来られなかった生徒Aみたいだ。
「クニ君、これ、何……」
「シュン君だけいなかったら貼ったんだよ~? いい案でしょ? このシュン君カワイイよね、ふふっ。今度、ちゃんと6人で集合写真撮ろうね!」
クニ君は満面の笑みで僕へ笑いかける。どうやら僕のミニマムすぎる写真は、最初、百道先生が持っていた生徒名簿をかなり縮小した写真のようだった。僕は苦笑いで「そうだね」と言った。
ロチア君は、吹き終わった眼鏡をいつもの定位置で装着し、早くここから去りたいのか腕を組み、相変わらず気難しそうに僕達を見つめている。
スサオ君はやはり元気だ。すぐにかっとなる彼はそれだけパワーを持ちあわせているということだろう。イザミ君に「おりと明日バトルしよっちゃ!」と言って怪我人の彼をうんざりさせている。ダルそうに彼の腕絡みをまた受け流していたが、僕を見て言った。
「シュン、お前もするか? バトル」
「え、いや……」
困惑していると、まるで波が押し寄せるように様々な言葉が流れ込んできた。
「シュン、おりと一緒に戦ってみようっちゃ!」
「シュン様、私が手合わせ致しましょうか?」
「シュン君とは僕が一番に遊ぶんだから~。ねーシュン君?」
みんながそれぞれ自分勝手に思いのままで言葉を紡ぎ、僕へ笑いかける。すると、イザミ君も口を開いた。
「……シュン、さっきはありがとな。お前らもな」
真っすぐな言葉が、優しい秋風のように僕を包んだ。彼の左耳にぶら下がる十字架のピアスもまた、優しく揺れた。
「よし、今日の実習はここまで! 君達よく頑張ったな! 本日、百道クラス、そしてこのチームに新しい仲間が加わった。皆、仲良くしてくれ!」
「シュンです。皆さん、改めまして、宜しくお願いします!」
僕は今までの事柄全てを包み込むように、深々と頭を下げた。
スサオ君、ロチア君、クニ君、そしてイザミ君は、いたずらっぽく微笑んだ。自身の業を灰色の地面からそっと拾い上げると、その闇色の旗はバサリと機嫌良く棚引いた気がした。
「さぁ、また明日、学園で会おう」
百道先生の一声で、僕達はこの地を去った。
僕自身が人間として、この場所へ帰って来る事はもう二度とない。
だが、僕が生んだ業はカルマとなり、僕へ帰る。
そして僕はまた、僕自身と戦う。
それは今後も変わりなく、続くことだろう。
そんな僕はこの場所に、この黒き旗を掲げる。
僕が僕を見失わないように。
そして皆へ示すように、ここにいると。
それが、今の僕に出来ること。
半人前の死神として――。
半人前の死神達(短編バージョン) 凛々サイ @ririsai
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