アルカナ

霜桜 雪奈

アルカナ

 普段と同じように、太陽は天高く昇り、あたたかな光を溢していた。日の光が降り注ぐ商店街は人気が多く、朝早くから賑わっていた。魚屋の店主は仕入れた魚の鮮度を店先で自慢し、八百屋は特売を始める。人々の声や町に流れる軽快なリズムが、商店街の活気の良さに拍車をかけていた。

 商店街に並ぶ街路樹の木漏れ日の下に、私は占いの店を構えていた。テントを張った、いわゆる露店といわれるものだ。

多くの人が店の前を通るが、なんせ提供するものが怪しいせいで、誰一人として入ってくることがなかった。興味本位で近寄ってくる人もいるのだが、あと一歩が出ないのか、皆少し眺めて行ってしまうだけだった。仕方がないと、自分に言い聞かせる。

 占いなんて嘘っぱち、占い師は詐欺師、化学的に考えて信頼性に欠ける。生業で占い師をしている私からすれば、そんな偏見交じりの評価は、実に遺憾であった。とはいえども、私は占いが必中というわけでもないし、その理屈を覆すような持論を持っているわけでもない。


 テントの中でタロットを混ぜていると、外から夫婦らしき男女の声が聞こえてきた。テントの中からでは、町に流れる音も相まって二人の話している内容は伺えない。だが時々、軽快なリズムに混じって口調の強い声が聞こえてくる。どうせ店の前を過ぎていくのだろうと思いながら、私はタロットを混ぜる手を止めない。

 しばらくすると、妻が夫に手を取られながらテントの中に入ってきた。端から見ても夫婦と分かりそうな二人には、少し気まずそうな空気が流れていた。双方の表情を見る限り、どうやら妻の主張に夫の方が折れたらしい。妻は嬉々としているが、夫は不機嫌そうだ。

「すいません、占ってもらえますか?」

 妻の方が口を開く。占ってもらおうとしている妻の横で、夫は居心地の悪そうにしている。乗り気でないのなら、外でも待っていればよいものを。

私は、彼女を席に座るように促し、タロットを机の端に置く。

「分かりました。何で占いましょうか」

 彼女が座った後に、私は話を進める。机の横に立てかけてあった、占いの種類の書かれたボードを机の上に置く。

 ボードには、タロットやスクライングなど、万人が知っているような占いが書かれている。よく質問のあるのが、このスクライングだ。スクライングという名前を聞いてピンとこない人がほとんどだろうが、童話の中の魔女がよくやる水晶玉を使った透視に近いあれ、と言えば分かる人も多いだろう。

「じゃあ、タロットでお願いします」

 彼女は、ボードの一番上に書かれているタロットを指さした。

「分かりました。 では、タロットで占いますね」

 ボードを机の下に降ろし、机の端に置いたタロットを手に取り直して、慣れた手つきでシャッフルをする。今回は、一般的な占いの方法として、大アルカナのみを使用した手法を取ることにした。大アルカナ以外のカードを抜いてから、束を机に置いて崩し、時計回りに数周して、一つの束に戻す。この手順を踏んで、タロットのシャッフルは終わりとなる。

「ワンオラクルとツーオラクル、どっちで占いましょうか?」

 ワンオラクルは、タロット占いにおける基本的な手法で、一枚のタロットを使って占うものだ。そして、ツーオラクルの方は、二枚のタロットを使って質問の結果と対策を占う手法だ。

「それじゃあ、ワンオラクルの方で」

「分かりました」

 彼女の返答を聞いて、完成したカードの束から、一枚のカードを裏返す。

 裏返されたカードは、大アルカナ十番の、運命の輪の正位置だった。意味は、転換点や解決、好機などだ。

「このタロットから読み取れるのは、現状の変化です。近々、貴方はこれからの人生に大きく影響を与えるような転換点と対峙し、物事は良い方に転がって行くでしょう」

 タロットの結果を、相手がわかりやすいように伝える。結果を聞いた彼女は、とてもうれしそうな顔をした。

「そうですか、ありがとうございます!」

 身を乗り出さんばかりの勢いでお礼を言った彼女は、夫に視線を送り、静かに微笑みかけた。仲の良い夫婦なのだなと私は感じた。私には、この結果を保証することはできないが、少なからず、彼女の元に何かしらの幸運が訪れることを願うことにした。

 手を引かれるようにテントを出て行く夫婦を見送り、一人残された私は後片付けをすることにした。 机に置いたタロットをまとめて机の端に置く。その時、私は何気なくタロットを引いてみた。

「運命の輪…逆位置」

 さっき、彼女を占った時にも出たものだった。運命の輪の逆位置は、別れや解放。 捉え方を変えれば利点であるが、大方、良い意味で使われることは無いに等しい。

 すると、車のけたたましいクラクションの音がテントの外から聞こえてきた。


 タロットをそのままにして、私はテントの外に出てみることにした。テントの幕を払って外を見てみれば、ついさっきまで人の活気溢れた場所を、気味の悪いくらいの沈黙が満たしていた。少し辺りを見回すと、通りの角のあたりに多くの人が集まっているのが見えた。

 そちらの方に歩みを寄せると、喫茶店の壁に乗用車が突っ込んでいた。車体の前方が壁にぶつかったことで潰れており、窓ガラスは粉々に割れていた。

 車からほんの数メートル離れたところに、あの占った女性が座り込んでいた。

「大丈夫ですか?」

 彼女の姿を見つけた私は、歩み寄って声をかけた。放心状態のようにも見える彼女は、私の声かけに反応しなかった。

「あの、大丈夫ですか?」

 今度は肩を揺すって話しかける。最初は遠くを見ていた眼が、段々と私の姿を捉える。

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「え、あ…あぁ、大丈夫…です」

 彼女の無事を確認すると、私は辺りを見回してから疑問に思ったことを質問する。

「一緒にいた旦那さんは、そうしたのですか?」

 私の質問に、彼女は糸が切れたかのように泣き出した。突然の事に私は困惑したが、なにか聞いてはいけないことを聞いたような気がして、申し訳ない気持ちになった。だが彼女は、泣きながら途切れ途切れに、私へ伝えるようにつぶやき始めた。

「あの、車と、壁の間に…夫が……」

 彼女は喫茶店の壁に突っ込んだ車を指さしながら、そう言った。私は彼女の言った言葉の意味を、一瞬理解し損ねてしまったが、その後すぐにあの男性を救い出すために行動を起こそうとした。が、その時に私は、見なければ良かったものを目にした。

 彼女の首元に、青痣があった。よく見れば、似たような痣が手首にも足首にもあった。

 それを見た私は、男性を助け出そうとすることをやめて、来た道を戻って野次馬の一人になろうとした。

「良かったですね」

 すれ違いざま、彼女の横でそう呟いた。彼女は涙を拭い、ばつの悪そうな顔をして私を見上げた。そんな彼女に会釈をして、私はその場を立ち去る。


 占い結果であった、現状の変化。これからの人生に大きな影響を与える転換点は、思っていたより早く、それも最悪な形で訪れてしまったのだ。


 ―救急車のサイレンが、遠くから聞こえてきた。

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アルカナ 霜桜 雪奈 @Nix-0420

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