6.深夜に彼女を取り戻せ
私は蜘蛛のように屋敷の天井へばりつき、最初の大広間に戻った。
彼女がいた。長いテーブルの上、意識を失ったまま両手を組んだ姿で寝かされていた。
彼女の前に”女王”がいた。女王は手を合わせ祈りを捧げていた。怪物の私にもわからないが、それは女王が人間になりたい悲願を叶えるための儀式のようにも見えた。
私はごくりと唾を飲む。
飛び降りれば、私は無残に喰われて死ぬかもしれない。
怖くないといえば、嘘になる。
それでも、私は彼女を救えるちいさな可能性に賭けたい。
女王が祈りを終え、フォークとナイフを手に握り――捨てる。
我慢できないとばかりに両腕を伸ばし、彼女の頭を貪ろうとしたその眼前に、私は降りた。女王が驚く。開いたままの大口が私の前にある。
両腕をその口に突っ込んだ。女王が私の腕を嚙む。ばりばりとおぞましい音を立てて腕の肉と骨が砕かれ、激痛とともに血がテーブルに零れていく。それでも私は腕を押し込む。
指先に握った苺ジャムの小瓶を、少しでも腹の奥へと進めるために。
女王に変化が現われた。
うぐ、とよろめき悶絶し、腕を押し込む私を掴んで引きはがそうとする。
負けじと力を込めた。母親が幼児の口に無理やりスプーンを突っ込むように。
私は必死にしがみつく。
やがて女王が痙攣を始めた。両腕から力が抜け、椅子を倒してひっくり返り、ぶくぶくと口から泡を吹き始めた。ぼこりと膨れたお腹を仰向けにさらしたまま女王はのたうち回り、私を掴もうとして――ゆるやかに力を失う。
女王が、動かなくなる……。
私はふっと息をついた。
殺した。間違いなく。
ぐっしょりと濡れた汗を払い、テーブルに登ってメイの肩をゆする。
ううん、と眉を寄せて唸る彼女に安堵しつつ、……目を覚ました時、彼女は私をどう見るのかと不安になる。
化物として、私を忌諱するだろうか。
それともまだ、友達と思ってくれるだろうか?
不安に苛まれる私の傍で――もぞり、と何かが蠢いた。
……。
振り返る。
死んだ女王のお腹で、もぞもぞと、ゴキブリのような何かが蠢いていた。それは膜を食い破るように女王の腹より現われ、私の前に姿を見せた。
”子供達”だ。
手の平くらいのちいさな唇達が、うじゃうじゃと蝗の大群のようにあふれ始めた。
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