4.夜半は約束と別れの味
渋るメイを休憩させた。
大丈夫。一息つくだけだからと励まして。
その間に書斎を探すと、先程の唇が残したバッグを見つけた。中にはちいさなパンがあり、私は味見をしたのち、メイに渡した。
「……美味しい」
彼女はほろりと涙をこぼし、私は彼女を抱きしめた。
化物屋敷で追い回されて、平然としてられる方がおかしいのだ。
私達は本棚に背を預けて休憩した。
その間、彼女はぽつぽつと昔話をした。
「昔……お祭りがあったの。私の村はとても小さくて貧乏で、明日のご飯も分からないくらいだったけど、その日だけはご馳走が許されたの。パパとママが美味しいお酒を飲んで、顔を赤くして笑って……私も、友達と一緒に笑ったわ」
美味しいものを沢山食べた。
硬いパンや粥じゃない、たっぷりと焼いてソースをかけたお肉や魚、そして卵料理。日が暮れても村人達はなお騒ぎ、酒と肉で祝ったあの日が忘れられない。
「美味しいご飯が食べたいな……」
俯く彼女の手を握り、私は頷いた。
ここを出て、一緒に美味しいご飯を食べよう、と。
彼女は驚いた顔をし、やがて笑った。
「じゃあ、その時はあなたがお友達になってくれる? 一緒に美味しいご飯を食べましょう」
私達は手を取り、再び歩き出した。
そして私達は裏口にたどり着いた。不自然な一本道を歩いた先に、小さな木造扉があった。
しかし先客がいた。廊下で見た二匹の唇達だ。
「本当に大丈夫なの? いまは夜? 太陽を食べたら死んじゃうって」
「ばかだなぁ、太陽を食べるなんて、女王が作った嘘に決まってるだろ」
男側らしきナメクジ唇が、鍵を使う。
木造扉が大口を開けたように、上下にスライドした。その先は洞穴のように真っ暗だった。
彼等がそろりと入り、口を歪める。
「なあ。生臭くないか?」
「失礼ね。私の口がくさいって言うの? それに、ここは本当に外なのかしら。なんだか暗くて臭くて――」
そこで扉が閉じた。いや、正しくは上下にばりばりと貪り始めた。
ぎゃああ、と二匹の悲鳴と咀嚼音が響く。裏口の壁がずいと盛り上がり、正体を現す。
それは出口ではなく”女王様”の口だったのだ。
館の主は二匹を咀嚼した後ばりばりと壁を破り正体を現す。
その動作に「ひっ」とメイが喉を鳴らす。
”女王様”が――私達に気付いた。
両足をどすどす鳴らし、迫る。
その足は今まで見たどの怪物よりも早く、巨体故に避けようがなかった。
私は彼女を守ろうと前に出た。しかしその剛腕にあっさりとなぎ払われた。
どすん、という重い音とともに、私の身体は窓硝子を割り庭先の井戸へと落ちていく。
手を伸ばした先で”女王様”に捕まる彼女の姿が、私の目に焼き付いた。
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