3.夜間は彼女の苺ジャム


「どうしよう……」


 メイが震えていた。彼女の顔は青ざめ、気丈に振る舞っていたけど本当は怖かったのだと知った。

 その小さく震える手を私はそっと包む。

 大丈夫、と言い聞かせる。


「あ、ありがとう……そうね。怖がってる場合じゃないわね」


 彼女とともにドアの入口を塞いだ。

 それから狭い書斎を漁った。秘密の通路がないか、と。


 当然そんなものはなく失望にうちひしがれていると、ぱさり、と本が落ちた。

 それは料理の絵本だった。

 三人の子豚が、お母さん豚を仲良く鍋にしている絵本だった。絵本には子豚の絵とともに食事のマナーが書かれていた。



【良い子の決まり】

 人間を食べて、みんなも立派な人間になろう!

・良い子は日光を食べてはいけません。口内炎で死にます。

・良い子は甘いものを食べてはいけません。虫歯で死にます。

・良い子は人間を食べましょう。君も美味しい人間になれます。



 絵本をよく見ると子豚のお腹に唇がついていた。

 もしやと思い、私はメイに声をかける。


「え、苺ジャム?」


 彼女から真っ赤な小瓶を借り、絵本に塗りたくった。そのせいで私の指先もべったりと粘ついてしまった。


 私は……

 意を決し、ドアを開けた。

 途端、唇の化物がキスを迫るように口を開き――その口に、苺味の本をねじ込んだ。

 喉の奥、いや腹の奥へと本を押し込む。

 そうして本を飲み込んだ唇は、私達に飛びかかろうとして――動きを止めた。


 頭のない胴体をびくつかせ「おええっ」とのけぞり両腕をばたつかせる。悶絶し、げろげろとのたうち回りながら自らの両腕を口に突っ込み苺を吐き出そうとする。

 そこに、私とメイが飛びかかった。

 息の根を止めてやるとばかりに唇を塞ぐ。化物が、苺を嘔吐しないように。


 やがて唇は釣り上げられた魚のようにびちびちと跳ね、そして動きを止めた。半開きになった唇から涎が零れ、カーペットを赤く濡らした。口臭と死臭が混じったにおいがした……。


 私達は息をついた。

 気付けば汗をびっしょりとかき、心臓が激しく鳴っていた。

 けど、止まる訳にはいかない。逃げなければ。


 私は歩きだそうした。

 しかし、メイがぺたんと尻餅をついているのに気付く。

 メイは半笑いのまま私に言った。


「ごめんなさい。怖くて、足の震えが止まらないわ」

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