2.夜中に彼女と書斎探り
どうやって逃げよう?
私が目で訴えると、メイが廊下を示した。
廊下にも唇の化物が二匹いた。
両足はなく、人間の腹に両腕と唇をつけて這いずり回るナメクジのような姿だった。二匹は互いに接吻を交わし、舌を絡めねちゃねちゃと唾液を交換していた。
「本当に逃げられるの? 女王様に見つかったら……」
「ああ、逃げよう。ここに居たって人間になれない。人はぜんぶ女王様が食べちまう。裏口さ、裏口なら大丈夫だ。俺はお前の上唇のためなら何だってするさ」
「あなた……あっ」
びくん、と唇達が快楽に達したとき、不意に私のお腹が鳴った。
奴等が振り向いた。私達は慌てて隠れた。
唇の化物も、首無しメイドも視力がない。
代わりに、音、とりわけ空腹音に敏感だった。私達はサンドイッチ以外ろくに食べていなかった。
「大丈夫。おやつは親の目を盗んでつまみ食いするのがマナーよ」
厨房から食料を盗んだ。
冷蔵庫を開くと薄っぺらいハムがあった。私はそれを手に取り、食べようとして――メイのぶんを残しておきたいと考える。
でも、半分にするには量が心許ない……。
溜息をついた時、冷蔵庫の脇にちいさな蜘蛛を見つけた。八本足で這い回るそれは、ささくれのように気持ち悪い毛を伸ばし冷蔵庫の脇を這い回っていた。
「ねえ、苺ジャムを見つけたわ。これなら……あ、ずるいっ。何か食べてるっ」
メイに言われた私はごくんとそれを飲み込み、ナイショ、と唇に指を当てる。
代わりに冷蔵庫を開けてハムをみせた。
彼女は喜んで頂き、半分をくれようとしたが私は「もう食べた」と遠慮した。彼女はハムを口にしたのち苺ジャムを開け、血のように真っ赤なそれを指先でと舐める。
うへぇ、と酷い顔をした。
「甘すぎるわ!」
私達は館を探し、やがて書斎にたどり着いた。
奥の壁に館の案内図を見つけた。しかし案内図の前に唇が腰掛けていた。
細身の腹についた唇にルージュがたっぷりと塗られた女の腹だった。唇は貴婦人のように細い指ではらりと本をめくり、一ページずつちぎって香辛料たっぷりのスープに塗し食していた。
私達は地図を見たかったが、あの調子ではいつまでも動かなさそうだ。
「餌で釣れないかな……?」
メイは残っていたハムを投げた。
化物がハムにつられる。
私達はそ~っと本棚を影にしながら反対側に回り、地図を盗み見ようとした。そのときメイの腰がちいさく机の足にぶつかった。その拍子に本が落ちた。
唇の化物が私達に気付いた。
私はメイの手を引き、書斎の奥へと駆け込んだ――失敗だった。
私はドアの鍵を閉めた。ドアノブは貴婦人の手により、ガチャガチャと執拗に回される。私達はドアに背を預け、絶対開けるものかと踏ん張りながら室内を見渡した。
そこは小さな書斎で、出口は、なかった。
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