夜明けに友達を晩ご飯 ―こうして彼女は私の胃袋に収まることになりました―
時田唯
1.宵口は私達が晩ご飯
「大丈夫?」
柔らかな声で目が覚めた。薄汚れた天井が見えた。その天上を隠すように、緑髪の少女が私を覗き込んできた。
ベッドに寝かされていた。起きようとしたら、ずきん、と身体がきしんだ。
身体は紅いフードに覆われていた。衣服のあちこちに血と泥の痕がへばりついており、怪我をしているようだった。
ここは、どこ?
記憶の代わりに、腹の虫がぐぅと鳴った。
「ご飯にしよっか?」
彼女が笑った。
「覚えてないの?」
メイと名乗った少女はサンドイッチを私にくれた。簡素な白パンに野菜を挟んだものだった。
口に含むと、柔らかくふわっと幸せを届けてくれた。
「このサンドイッチも、あなたがくれたのよ? お腹が空いてた私に……本当に美味しかったの」
私は何も覚えていなかった。
メイのことだけではない。
私は何者なのか。どこから来たのか。
思い出せず俯く私に、彼女が手を重ねた。熱のこもったあたたかい手のひらだった。彼女が指先にゆるく力を込め、包むように握りしめた。
「大丈夫。あなたは命の恩人だもの。私が必ず守ってあげるわ」
私達は部屋を出た。そこは洋館だった。館は黒い森のなかにあった。昼なのに鬱蒼とした森に囲まれた館は、外界と隔絶されてるかのように静かだった。
メイの家か、と私は尋ねる。
メイは首を振った。私を背負い、助けを求めて迷子になってる間にたどり着き勝手に忍び込んだという。
「広いお屋敷ね。ご主人様はきっとお金持ちよ。私達みたいに貧しい子には、美味しいものをくれるわ、きっと」
けれど屋敷に人の気配は感じられなかった。
廊下にならぶ個室はすべて鍵がかけられ、広間も厨房も閉ざされていた。ドアノブを回すとがちゃがちゃと鈍い音が響く。私たちの行為は徒労に終わった。
「お出かけ中かしら……?」
私達は探索を諦め、最初の客間で眠りについた。
物音で目を覚ました。窓の外はすっかり太陽が沈んでいた。
廊下から足音がした。
私達はベッドから身を起こし、そっとドアを開けた。
隙間から背中が見えた。所謂、英国式メイド服で、白いリボンと黒のロングスカートを揺らしていた。背筋をぴんとして歩く女性は、首から上がないことを除けばごく普通の使用人だった。
私達は顔を見合わせ、彼女の背中を追った。
――そして、見た。
広間にたどり着いた私達が見たのは、長いクロステーブル。食堂だった。
最初に聞こえたのはずるずると何かを啜る音だった。テーブルの一番奥に座るそれが、大皿にフォークを突き立てていた。
私達は最初パスタを食べていると想像した。しかし皿に乗せられたパスタはてらてらとゴキブリのように黒くぬめり、油が絡みついていた。縮れ毛のようなそれは、よく見れば人間の髪だった。髪の先には女の頭部が転がっていた。かっと見開かれた目が私達を見た気がして――
その頭を、化物が食べていた。
でっぷりと脂肪のついた人間の腹に、女の唇が張り付いた化物――が、フォークを掴んで自らの腹部にぐちゃぐちゃと髪を頬張っていた。両手両足があるのに頭がなくて、ぶくぶくと太ったおへそに唇がついている怪物だった。
その怪物が唾を飛ばしながら髪をすすっていた。歯茎の合間に黒髪がはさまり、だらりと涎のように垂れていた。
やがて髪を吸い尽くした化物はバリバリと頭皮を囓り始めた。汚らしいふけを撒き散らしながら頭蓋骨を咀嚼し、見開かれたままの瞳をぶちゅっとトマトを潰すように噛みつぶした。鼻を咀嚼しその上唇をゴムのようにもぐもぐし、最後に、ぺっ、と種を吐き捨てるように奥歯を捨てた。そして首を食べ始める。
私達はその場を離れた。言葉は必要なかった。
あの口に見つかったら骨までしゃぶりつくされ、私達は今宵の晩ご飯にされてしまうに違いなかった。
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