7.残夜に彼女と逃げ出して


 ”子供達”が食べ始めた。

 母親の死体を貪り絨毯を喰らい、テーブルクロスを、大皿を、そして首無しメイドすら食べ始めた。

 その様は全てを食い尽くす蝗の大群を思い起こさせた。

 奴等は床を這い柱を登り壁に噛みつき、あらゆるものを食べ始めた。




 私はメイを背負い正面玄関へと向かった。扉を開ける必要はなかった。蜘蛛のように内壁を登り、二階の窓を叩きわって外へ出た。


 中庭を抜けて正門へと張り付き、その門も登り――ついに館を出る。


 開放感はなかった。鬱蒼とした森はどこまでもどこまでも深い闇に包まれ、背中から這いずる音だけが続いた。振り返ると、子供達が門を食い破り屋敷からあふれ出る姿が見えた。


 私は走る。

 足の裏がかすれ、腕に擦り傷を負いながらもひたすらに走り続ける。

 はぁはぁと息を切らし、必死に前だけを見ながら私は祈る。



 夜明けは、まだか。



 太陽が昇れば私は消える。奴等も消える。

 けれどメイは助かる。

 早く。早く。太陽よ。

 祈りながら闇雲に森を駆け抜け――不意に、足が空を切る。


 黒い森の先には切り立つような崖があった。

 足を踏み外した私は為す術無く転落した。背中を打ち肘をこすり、全身を打ち付けながら、それでもメイを守ろうと抱き締める。


 地面に叩きつけられた。全身の骨が折れる音がした。

 呼吸が止まる。

 視界が暗転する。

 けれど――


 メイは、無事だった。

 私の手足から出した蜘蛛の糸で彼女を包み、クッション代わりにしたのだ。




 私はボロボロのまま崖を見上げる。

 奴等の姿は、もう見えない。子供達の音もしない。夜明けまで、あと僅か。

 ……助かる。

 これなら、彼女を助けられる。

 きっと、助かる。


 私がほっと安堵した、その時――


 メイの衣服が蠢いた。

 私は目を見開く。メイの服に隠れ潜んでいた唇が飛び出した。彼女へと飛びかかり、その柔らかな首筋を噛みちぎる。

 私の顔に鮮血が振りかかった。まるで花を咲かせるように。


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