第24話 スレイン法国の滅亡

 法国の切り札である絶死絶命と、6人のレッドキャップス、正体不明の白銀の鎧の戦士を迂回し、二手に分かれていたゴブリン重装甲歩兵団をはじめとするゴブリン軍団は、再び合流した。


 進軍が止まる。

 スレイン法国首都を守る高い城壁に、巨大な火の玉がぶつかった。

 重装甲歩兵団に紛れた、ゴブリン魔法砲撃隊の攻撃である。


 軍隊の上に落ちれば、範囲内の魔物も生物も一掃する威力ではあるが、街壁に激突した炎の玉は、衝撃音と熱波を生んだだけで終わった。

 ゴブリン軍団は歓声も落胆も、声を上げはしなかった。


 想定されていたことだ。

 続けて、ゴブリン長弓兵団から矢が放たれる。

 街壁の上部から、人間が何人も落ちた。


 通常ではありえない。当然、打ち上げるより打ちおろす方が、射程は長い。

 スレイン法国側がまだ矢を放たないのは、開戦を待っているのではなく、届かないと判断してのことだ。


 数名の犠牲者を出した後、まばらに法国側から矢が放たれ、地面に突き立った。

 死者が目の前で出たことで、動揺した兵たちがいたのだろう。

 そそり立つ街壁のさらにはるか上から、布袋が投擲された。


 上空に控えているのは、羽の生えた狼にまたがったゴブリン騎獣兵団だ。

 落とした布袋には、油が入っていた。

 ゴブリン長弓兵団の第二射が放たれる。


 ただの矢ではなかった。油を染み込ませた油を巻きつけ、火をつけた火矢が放たれた。

 スレイン法国を長らく魔物から守ってきた街壁が、炎につつまれる。


 ゴブリン軍団の中で、羽扇が前に倒された。

 ゴブリン重装甲歩兵団が前進を再開する。

 大地が揺れた。


 正面の門が開き、騎馬隊が飛び出した。

 その数は千騎もいただろう。

 瞬く間にゴブリン重装甲歩兵団に飲み込まれた。


 門に迫り、あるものは鉤爪付きの縄を投擲し、あるものは長梯子をかけ、壁を登った。

 阻止するだけの戦力は、スレイン法国には残っていなかった。


 もはやゴブリン軍師が指示を出すまでもなく、スレイン法国は首都中枢まで攻め込まれ、最高神官6人の首を差し出し、降伏した。


 ※


 左右で違う色の瞳を持つ漆黒聖典の番外席次は、膝をつかされていた。

 大剣や斧などの複数の武器を手足のように操る白銀の鎧は、疲れることも苦痛を感じることもないらしかった。


 いくら武器をふるっても互いに怯まない消耗戦は、実に久し振りに、半エルフの戦士を消耗させた。


「……堕ちたか」


 スレイン法国がかがける6本の旗が全て下された。

 国是を否定する行為である。


「こっちはまだ終わっちゃいない!」


 背中を向けた白銀の鎧に、絶死絶命は剣を突き立てようとする。

 巨大な斧で防がれ、腹を鉈のような大剣で薙がれるところを足で受ける。

 体が弾かれた。


 脱出不可能な結界を周囲に貼られている。

 同じように閉じ込められた赤い帽子のゴブリンは、うまく戦闘を避けている。

 当然、二人の戦いはゴブリンには関係がないのだ。


「いや……残念だが、終わりだ。こちらの手は、これ以上晒せない」


 周囲を囲む、半透明の結界が消えた。

 白銀の鎧の頭部が、首都とは逆方向に向けられる。

 巨大な気配を感じ、絶死絶命はその視線を追った。


 ※


「あれは……魔導王なのか?」


 腕に少女を抱いた、死が降りてくる。


「私が世界を守る。そのために、君を殺さなければならない。だが、あれが世界の敵であることもまた確かだ。このままではかつてに二の前になる」

「なんのことだ?」


 絶死絶命の問いに答えず、白銀の鎧は不自然な飛び方で飛び去った。

 最高位の装備をまとっていると知れる、骸骨が地面に降りた。

 骸骨の腕から、恐らくは王だろう、威厳に満ちた少女が降りる。


「……今のは……」


 骸骨は、白銀の鎧が飛び去った方角を見つめていた。

 絶死絶滅は悟った。自分が神級の装備を身につけていても、骸骨の装備はさらに上だ。


「ケイセイクウは、どっちに……まさか1番のやつ、失敗したのか?」

「どうやら、終わりつつあるようだな」

「はい。アインズ様に、ゴブリン王国の勝利を捧げます。どうか、お受け取りください」


 地面に降りた少女、エンリ・エモット女王が膝を折る。


「ふむ……そうだな。その件は、アルベドに任せる」

「はっ」


 絶死絶命は、アインズと呼ばれた骸骨の背後に生じた声に度肝を抜かれた。

 全身が黒い鎧に覆われた、おそらく白銀の鎧よりも上位の戦士がいた。

 つまり、絶死絶命よりも確実に強い。


「……あんた、魔導王か?」

「んっ? 誰だ?」

「漆黒聖典、番外席次かと」


 控えていた黒い鎧が口を挟む。


「ああ……そんな奴が……いたような気がするな。その辺りは、デミウルゴスの報告にあったか?」

「ルブスレギナの報告書にも、あったような気がします」


 実際には、デミウルゴスの報告書にはなかったのだ。アインズは、知らないことはデミウルゴスのせいにする可能性が高い。

 鎧の女は、それを悟ってごまかしたのだ。

 大した忠義だと、絶死絶命は笑った。


「……おかしいか?」

「敗北がお望みなら、相手になるわ」


 黒い鎧が立ち上がり、巨大な斧をかるがると振り回す。


「魔導王の配下には、あたしを殺せるやつが他にもいるのか?」

「まあ……7人はいるだろう」

「ならば、急ぐ必要はない」

「つまり、私に従うか」

「いいだろう」


 アインズの提示に、絶死絶命は同意した。


 人類最高の戦力を誇ったスレイン法国は、ゴブリン王国とアインズ・ウール・ゴウンの手によって、この日、滅亡した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

法国の滅亡 西玉 @wzdnisi2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ