第102話 終わりと始まり

 あの、第3堡塁陥落の衝撃から4日が過ぎていた。


 同時配信されていたあの陥落劇は、国内はもとより、世界中の注目するところとなった。

 それは、軍事的な興味と言うより、小さな恋愛が成就する、という普遍のテーマに沿ったものだった。


 それ故に、この悲劇の二人が勝ち取った勝利に、世界中から賛辞の声が寄せられ続けた。

 テレビやメディアも、連日この事を報道し続け、特に敵役を演じた東京第1師団にも、称賛の声が寄せられていた。


 それは、この戦いが終わって初めて、今回の戦い自体が、あの二人を救済するために仕組まれたものだという事に、気付いてしまったかに他ならない。

 そんな粋な計らいと言える行為に、陸軍内部からは少々異議も出てはいたが、この世論の過熱ぶりに、反論の余地は既に無かった。


 昭三と佳奈は、せっかくの「勝利」と「優勝」を得たものの、そのあまりの世論の昂り故に、未だ再会を果たせていなかった。


 悪戯な世間の目は、既に佳奈の花嫁衣裳の詮索にまで至り、まるで国民のマスコットのような扱いになっていた。


「、、、もう、皆さん、本当に冷やかしてくるんですもの、私、毎日恥ずかしいですわ」


 佳奈が携帯端末で昭三に話して来る。


 ああ、この電話の向こうの少女と、自分は婚約することが出来たんだと、しみじみ感動する。

 彼女の愚痴ですら、小鳥の囀りのようにしか聞こえていない。


 それでも、あと少しで冬季休暇に入る陸軍工科学校では、この年末に二人がどんな行動を取るのか、で盛り上がっていた。


 それは陸軍工科学校だけの問題ではない。

 当然、鎌倉聖花学院高等科でも、その話題で持ち切りだった。


 そして、あの戦い以降、この聖花学院と工科学校との間では、積極的な交流が芽生えていた。

 特に、経塚と花岡静香の交流は、顕著に進んでいたのである。


「でさ、佳奈ったら、未だ昭三さんに会いに行ってないんだよ、ねえどう思う?」


 携帯端末で女子と話しているのは、昭三だけではなかった。

 とかく話題には事欠かない今の状況、時間はいくらあっても足りないのだ。


「そうだね、でも俺たちは完全寄宿舎生活だから、平日外出は出来ないし、年末近いからね。その分、冬季休暇が楽しみだなあ」


「経塚君は、地元に帰るの?」


「ああ、俺は実家、京都だからさ、、、、帰る前に、ちょっと鎌倉でも散策しようかなーって」


「ふーん、、、そうなんだ」


 歯切れの悪い二人の会話に、お互い気付いていた、、、、誘っていることを。


「花岡さんはさ、自宅は葉山だっけ、この辺、詳しいいの?」


 ほーら、来た来た、と、静香はちょっと笑いそうになりながら、経塚がどんな言葉で自分を誘って来るのかを待ちつつ、この一時を楽しんでいた。






「上条師団長、ご無沙汰しています、龍二です」


 冬季休暇に入り、陸軍将兵は一斉に帰省を始めていた。

 そんな初日、葉山の自宅から、上条師団長は愛娘を連れ添って、三枝家を訪れていたのだ。


「まさか、上条師団長が、父の友人だったなんて、お人が悪い」


 昭三は、未だ知らないでいたが、実は、上条師団長は真陰流道場の門下生であり、父の防大同期生であった。

 龍二も、その事実を知ったのは、つい先日のことであった。

 そう言えば、父の部屋には、昔、防衛大学校に入学し、同期の友人と剣道部で切磋琢磨している写真があった。

 その中に、仲良さそうにツーショットで写り込む、若き日の父と上条師団長が居たのである。

 

 龍二の父親もまた、かつては幹部自衛官を志す若者であった。

 当時は未だ防衛省自衛隊、国防大学校も防衛大学校と呼ばれていた。


 実家の「宗家」を継ぐ際に、自身は幹部自衛官から身を引き、この道場を継いだ。

 しかし、その後の世界大戦において、同期の仲間たちの多くは戦場に散ってゆく。

 そのことが、父から自衛官時代の話を聞けない要因となっていたことは、龍二もそれとなく気付いていた。

 

 上条という名前を聞いて、最初に何か気付いていたのは龍二であり、昭三は全く気付いていなかったようだった。

 しかし、まさか同門の門下に、師団長が居たなどとは夢にも思わなかったのだ。


 先ほど、稽古場から自室に歩いて行く廊下で、爽やかな、そして笑顔の美少女とすれ違う。

 それは、久々に見た上条佳奈であった。


 佳奈は、これから兄となる龍二を、少し恥ずかしそうに見つめながら、笑顔で挨拶を交わした。

 

 爽やかなそよ風のようにすれ違う彼女を見送りながら、龍二は珍しく思うのである。


 

 すこし、惜しい事をしたかな、と。




 実は、上条師団長が佳奈の許嫁として考えていたのは、他ならぬ大親友の次男、龍二であった。


 そんな事実を、ついさっき聞かされたばかりの龍二は、三枝 澄以外の異性に対して、初めて好感を持っていた。

 彼女が自分の妹になる、それはこれまでに感じた事のない癒しを龍二に与えていた。



「まったく、佳奈さんを見す見す逃すなんて、龍二のやつ、女運が無いんじゃないか?」


 龍二の事を肴に酒を酌み交わす父親と上条師団長。

 自分が酒の肴さけのさかなになっているなどとは微塵も思ってはいなかった。


「いやあ、俺もな、龍二君がいいと思っていたが、貴様は本当に良い息子さんたちに恵まれたな、昭三君も、本当にいい子だ」


 父の正次郎も、そんな風に自分の息子を褒められて、悪い気はしない。



 ここに、妻と啓一が生きていてくれたら、どんなにこの結婚を喜んだ事かと、少し寂しさを感じながら。

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決戦の夜が明ける 独立国家の作り方 @wasoo

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