第2話 神ー①



「まずは私の名前ですけど」

「ためい……」


「違います! ファ・ル・ナ! ファルナです! どこからため息女が出てくるのですか……」


 え、もしかしてため息が多いの自覚してないの。

 普段どれだけため息ついてるの、この人。


「分かった。じゃあ、ファルナ。これでいいだろ」


 ため息女がファルナって名前か……いい名前だな。

 調子に乗りそうだから本人には言わないけど。


「はぁ……って、いけない。もうっ! あなたって人は何でそうなんですか!」


 もう完全に頬を膨らませていて、ご立腹の様子。

 いやぁ、ファルナって面白いよな。


「悪かった。時間がないんだろ?」

「ふぅ……そうです。私はあなたが旅立つ世界、ノアレームの神にあたります」


「か、神? おま……」


 すっと目線が鋭くなるファルナ。

 角でも生やしそうな表情に思わず吹き出しそうになった。

 吹き出したら最後、何を言われるか分かったもんじゃない。


 しかし、本当に神様ねぇ。ファルナが神……つまりは女神か。

 う~ん、外見は確かに女神と言っても差し支えない。

 だけど中身がちょっと残念だけどな。


 それにしてもノアレーム?

 何の世界だよ。これって異世界ってことなのか。 

 こんなやり取りで時間を食っている場合じゃないけど、反応がいいんだよなぁ。


「で、そのファルナが神ってのは分かった。ノアレームって何?」

「これでも私、この世界を管理する神なのですけど? あなたは少し敬う気持ちが……ある訳ないですよね」


 何だかムスっとしていて不機嫌そうだった。

 さすがに悪いかと思い、褒める事にする。


「あるって! あります、あります、ファルナ様! こんな美人な神様なんて見たことない! さすがは女神様!」


 女神もおだてれば何とやらと勢いつけてみたけど、当の本人様はじとーーーっとした目で、俺を見ています。こいつ、ダメだなって目してるぞ。


「はぁ……っ。もうファルナでいいです。あなたが向かう世界、ノアレームはもといた世界とは大きく違うものがあります」

「違うものって、まさか魔法が使えるとかそんなやつ?」


「その通りです。勘のいい人は嫌いではありませんよ。魔法は魔力さえあれば使うことができますよ」


 俺は騙されないぞ。魔法は冗談ですよってパターンだろう。

 それが本当だっていうなら、完全にゲームみたいじゃんか。


「何ですか? 自分は騙されないぞって顔をして。はぁ……、まったく……。ほら、私の手のひらを見てください。これでどうですか」


 真っ白な掌に少し見とれつつも、変化は現れた。

 柔らかい光に包まれた白い火の玉が少しずつ大きくなって西瓜サイズの大きさになった。


 火の玉というよりもこれは炎だな。

 真っ白な炎なんて見た事はなかったけど、普通に燃えている炎だ。

 外側だけが本当に僅かに青白くて中央が白い炎になっていた。


 よく見ろとばかりに手を目の前に持ってきて、仕掛けも何もないよと証明するように見せてきた。


「これは……本当に魔法なのか! 炎なのか? 色は白いけど凄いな!」


 実際に目の当たりにすると、手品とかそんなレベルじゃない。

 ファルナの掌の上から白い炎が噴出しているように見えて熱を感じた。明かるい光の照り返しも感じるし、理屈は分からないけど魔法というものだと理解した。


 それにこれだけの大きさを保っているのに怖いって感じない。

 白い炎がとても安定しているからだろうか、不思議と人を包み込むような温かみを受ける。


 俺はファルナと同じ様に、念じるように思いを込めて声に出した。


「炎よ出ろ! ファイア!」


 思いつく限り色々やってみたものの、やはりというか残念ながら何も出てこなかった。そんな簡単に魔法が使えたら誰も苦労しないか。


「ふふふっ、この炎をマネしても無理ですよ」

「無理って、やっぱり平民じゃ魔法は無理ってことなのか?」


「あれはただの判定方法と言ったはずですよ。魔法とは何も関係ありません」

「それじゃ、誰でも使えるってことか?」


 ファルナは先生のように人差し指を立てて、出来の悪い生徒に教えるように話す。


「この魔法は簡単に出したように見えたかもしれませんが、最上級の魔法です。もちろん、使う人のレベルにあわせて初級・中級・上級と種類があります。誰でも魔法を使える訳ではないですけど、適性があれば使えます。魔法の力は強力ですが扱いは難しいので、極めようとすれば途方もない努力が必要ですけどね」


「適性がないと初級の魔法も使えないってことか」

「センスのある人なら教わらなくても使える人もいるかもしれません。ただ、あなたに関しては転生していない魂ですから、覚えるとか努力とか以前の問題です。あなたの名前が新たに転生した魂へと生まれ変わるのです。魔法はあなた自身が魔力を感じることができれば使えるはずです」


 少し苦しいのかさっきよりも汗と、ノイズが今度は顔だけじゃなくファルナの全身にうっすらと走る。



 ―――ジジジッ―――ジジ―――ジ―――



「その為にも、早く名前を決めてください。あなたがこれから旅立つ世界に降り立つための、あなたの自身の名前を」


 さっきよりファルナの状態が悪いんだろうな、全身にまでノイズが走ってる。このままだと良くないことが起こりそうな気がするから早く名前を決めないと……。


 俺の名前か……田山朗太って、逆さに読んだら山田太郎じゃん、だっせーって小さい頃は散々いじられて嫌だったけどな。


「よし、決めた。俺の名前はロウだ! ロウにしてくれないか」


 不意に、俺が死んだ光景がフラッシュバックして脳裏に浮かんでは消えていく。


 俺は―――死んだのか。


 ……久しぶりに友達に会って、信号を渡った瞬間にトラックにはねられた。痛みを感じる時間も無かった。すぐに意識がなくなって、目を覚ませばここにいたんだ。


「聞いてくれ! 思い出し……」


 ファルナは軽く首を振って、俺の言葉を止めた。

 声が出てこなかった。


 空気が重くなったような感じが、怒ったようなファルナの雰囲気に当てられてそれ以上何も言えなくなった。

 声に出してしまえば、それは酷くファルナを傷つけてしまうような気がした。


「……ロウ……いい名前ですね。思い出したようですけど、あなた死にました。それを受け入れて、レアノームで生きる覚悟はありますか?」

「ああ、レアノームで俺は生きる事にする。まあ、正直言うとあまり実感ないんだけどな」


 死んだ人間は生き返らないって、分かっている。

 例え帰りたいと言ったところでどうにもならないだろう。

 だったら、レアノームという新しい世界で生きようと思った。


「……あなたは真面目なのか不真面目なのか分かりませんね。ふふっ、いいでしょう……ロウ、私はあなたの魂を新たに転生させます」

「転生ってどうするんだ?」


「あなたは何もしなくて平気ですよ。私が召喚に失敗したばかりに余計な手間をとらせましたね」

「余計な手間でもないさ。死んでどうなるか分からない俺を拾ってくれたんだ。レアノームって世界も気になるからな」


「それでも私は責任を感じています」

「正直に言うと最初はムカついたよ。けどさ、死んだのは確かだし魔法なんてある世界に送ってくれるんだから、文句はないよ。責任も感じる必要ない」


「分かりました。それならば……あなたはレアノームで何を望みますか」

「決まってるだろ。普通に生きて、今度は寿命で死ぬように生きたいと思ってる」


「はぁ……。あなたはまったく……勇者になりたいとか王になりたいとか無いのですか」

「ため息ついて、調子がでてきたじゃないか」


「ロウ! あなたがそうさせたのでしょう!」


 さっきの怒りとは全く別の種類の怒りが、何だか穏やかに感じる。

 やっぱりファルナはこうじゃないとな! 召喚に失敗したって最初に言っていたのは本当だろうから、勇者が必要なんだろうな。


「いや、悪い! でもさ、ファルナはどうして勇者が必要なんだ?」

「そう……ですね……」


 何やらファルナは考え込んでいる。何か言いにくい理由でもあるのだろうか。

 俺に話したところでどうなる訳でもないけど、気になるんだよな。


「私は……」


 言いかけて何かに気づいたようにファルナが頷いた。

 それと同時に俺は身体の重みを急に感じるようになる。


 俺の中に流れる血を感じて全身が少しずつ燃えるように温かくなっていく。

 そして血とは別の何かが流れるよな感覚。

 普段なら気にも留めないくらいの何かが自分の中に流れているのが分かる。


「……これであなたの魂は転生しました」

「何か身体の中に変なの感じるんだけど」


「ええ!? おかしいですね、そんなにすぐに魔力を感じる人はいままで……」


 ファルナは驚いているけど、これなら魔法も使える気がした。

 試しにさっき失敗した事と同じ事を意識して行う。


 今ならさっき見たような魔法が使えるような気がする。

 ファルナの言っていた魔力ってやつが全身に感じるんだ。


「何だか使える気がするぞ! これならどうだーー!」

「あ、あのですね。そんなにすぐ魔法は使えませんよ?」


 ―――どうせならファルナを驚かせたい。ファルナは西瓜よりも少し大きめの炎だった。手のひらに浮かんでいた炎は何かが勢いよく燃えているようだった。


 ―――目を閉じて、強く想う。ファルナの作りだした炎を脳裏に描く。その白い炎は熱いけど、その光はとても暖かみのある輝きで溢れていた。


 ―――集中する。大きな炎を……暗闇を照らす温かな熱い炎を……。


「出てこい! でてこいよー!」

「顔が真っ赤ですよ、ロウ。そんなに焦らなくても……」


 もう少しで何かが来そうな予感があった。

 あと一歩の所まで感じるのに何かが足りないのか。


「何で出てこないんだよ……」


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