第8話 ギッシュ
もうダメだ。やることはやった。
何もすることがねぇ。
俺は諦めていた。
魔染体の下は大きな魔力の溜まりができている。
逃げようにも、その気になったら全部取り込まれちまうだろう。
飲んでいる解毒薬が苦い。
こんなにツイてない日はない。
そのツイてない最悪の日が人生の最後になりゃよ、ふて腐れたくもなる。
「ったくよお、最初から詰んでるってか。悪い冗談だぜ」
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ニードルエレファンの大移動が発生して、討伐依頼がギルドから出た。
それはいつも通りだが、今回の報酬は明らかに良すぎた。
大型のBランクの獲物が集団となれば報酬はいいもんだろと納得してた。
ちょっとしたいい小遣い稼ぎになると思って参加してみたんだがな。
俺の参加していたパーティーは勇み足がすぎて、壊滅状態になった。
何度も逃げろと警告はしたが、ここで一旗上げようとする奴らばかりで聞いちゃいなかった。
結果、俺だけが逃げ延びたんだがニードルエレファンに遭遇しちまった。
場所が狭く、逃げようにも目の前にはヤツの巨大な足が上げられていて、潰されるのを待つだけだった。
その時だ、すげぇ衝突音がした。
聞いたことないような音がして、連続してぶつかり合うような大きな音が響いた。
覚悟していた巨大な足が、それよりもニードルエレファン自体いなくなっていた。
どういうことかと、辺りを見てみると十五くらいの小僧が死にそうな顔をしていた。右腕がひでぇくらい複雑に折れているのが分かる。
痛みでまともに会話もできそうにないから、麻痺薬を使って助けてやった。
ニードルエレファンと、この小僧までの距離で折れた木々を見りゃ、こいつが何かしたのは間違いない。
とにかく、助かった。
俺の思った通り、小僧が魔法であのニードルエレファンをぶっ飛ばしたらしい。
あの巨体を飛ばす魔法なんざ、お目にかかったことがない。
上級………あるいは最上級といわれてる大魔法なら可能なのか知らねえが、とんでもねえ威力なのは間違いない。生憎とその辺りは明るくねえから、想像でしかなくなるが。
小僧は怪我をしていたが、戦闘の結果なんだろう。
ニードルエレファンが飛んだと思われるような形跡がすぐに分かった。
せっかくの報酬を逃す手はない。
このままこの場所に留まってもいいことねえしな。
俺は小僧に移動を促すとノロノロ走ってくると思いきや、すぐに追いついてきやがった。見かけによらず、戦闘系の奴なんだろうか。どっちにしろ、そっち寄りと見ても間違いはねえだろうな。
とにかく速度を落とさないで済むのはありがてえ。
ついた先に、ニードルエレファンの十一頭が倒れていた。
この巨体で相当な勢いで衝突したんだろう。
いくつかは潰れたり、飛び散ったりしている。
討伐証明の部位である牙を頂いて、さっさと帰ろうとしたら今度は変異種だ。
それだけでもツイてねえなと思っていたところで、小僧がエアストームを使えたからそれでどうにかなった。まさか上級魔法を15かそこらの歳で使えるとは思わねえよな。
魔法を使うやつらは比較的軟弱な奴らが多いが、小僧はどうやら肉体も強い部類みてえだな。
あの石を投げる速度とか尋常じゃねえ速さだった。
おまけに素手で石まで握りつぶすとか、どうかしてやがる。
小僧のエアストームでほぼ重症の変異種に、ナイフでトドメをさした。
そしたら今度は中から魔染体とか、どうなってやがるんだ。
特製の麻痺液が付いたナイフが通じねえから逃げようとしたが、逃げた所で終わってたんだよな。
そう、詰んでだんだよ最初からな。
けど、小僧は諦めていなかった。
この世界の事を教えてくれって。
お前もこの世界にいるだろ、何が分からないってんだ?
賭けは冗談だと思った。最後のただの冗談だと。
そしたら違った。
小僧は魔染体に突っ込んで、残った左腕を犠牲にしてまでエアストームを叩き込みやがった。
しかも、額でぶっ放しやがった。
何考えていやがるってそんな話じゃねえ。
額で放つとか、ありえねえ事をあの魔染体相手にやりやがった。
最初は拮抗していたエアストームと魔力のぶつかり合いが、だんだんと不利になってきた。
俺はこのまま見ているだけでいいのか。
小僧が諦めずにこんなに頑張っているのに、俺はまた諦めるのかと。
「お、おいおい! 小僧が勝手にダメになるんじゃねえぞ!」
ナイフなんて役に立たねえのは知っている。
けどよ、ナイフくらいしか投げることができねえ。
「くっそがあ! 当たれ、当たれよ!! 何も知らねえ小僧に何度も助けられてたまるかよお!」
戦う事を恐れたわけじゃねえ。
ただ、無力な自分が許せなかっただけだ。
こんな無力感、いつ以来だ。
やってる事は、ただの俺の自己満足でしかねえ。
ナイフが無くなったら石を投げた。とにかく投げた。
過去の嫌な記憶を消すように、ただただ投げた。
情けねえ。小僧は死に物狂で突っ込んでるのによ。
俺は魔染体に向かって石ころしか投げられねえ。
そしたら強烈な風が俺を飛ばした。
急な風によろめいて、俺は力なく尻をついた。
もう、何も出来ずに終わったんだと。
最後に小僧の額を見てやろうと顔を上げた。
そしたらよ、小僧の額から出ていた風が竜になったんだ。
風の竜は強烈な嵐のようになって魔染体を飲み込みやがった。
あんな魔法は見た事がねえ。
魔法じゃねえが、どこかで聞いたことがあったような……。
風が竜に変形してあっさりと魔染体を打ち破った。
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魔染体から黒く覆われた魔力が、少しずつ剥がれてく。
その中から出てきたのは、女神と思うばかりのまぶしい銀色の神。
美しい顔立ちをした小僧と同じくらいの年齢の少女。
魔染体の中にあの少女がいたってのか。
どういう事なんだか、意味が分かんねえぞ。
少女は倒れそうになった小僧を抱きしめて、涙ぐんでいた。
様子からすると感動の再会なのかもしれねぇが、ここは相変わらず危険だからな。
躊躇はしたが、この少女からは危険をまったく感じねぇ。
問題ないと踏んで俺は声をかけた。
「おい、そこのお嬢ちゃんよ。悪いが、ここを離れないとなんねぇ」
少女は振り向くと、キッとした表情で俺を睨んでくる。
そんなに睨まなくてもいいじゃねぇか。
しかし、パッと見た感じ、あと数年すりゃいい女になる。
女神かと言われても違和感のない容姿をしてるが、それだけだ。
ガキはガキってやつだな。
「申し訳ありませんが、どなたですか?」
「俺はギッシュ。その小僧……いや、ロウをとりあえず、安全な所まで連れていってやるって約束してるんでな。お嬢ちゃんの名は?」
「私はファルナ。ロウとは知り合いなのです」
「とりあえず、ロウを渡してくれ。お嬢ちゃんが背負っていくのも大変だろ」
疑わしそうな目で、見定めるような厳しい目で俺をジロジロ見てくる。
嫌な目だぜ。見定められているような……そんなものは慣れてるけどな。
慣れてるけどよ、何か全部を見られているようで気持ち悪い。
「ダメです。私が連れて帰ります。だからお引き取りください」
「帰るってよ、どこに向かう予定なんだよ。俺も約束した以上は、安全に帰すまでは放ってはおけねえ」
「ギッシュと言いましたね。あなたは少し嫌な色をしていますね」
「嫌な色だって? 占い師か何かか?」
「いえ、占い師ではありません。占うことはできますけど」
「まあどっちでもいい。いいから、ロウをよこしな」
ロウを背負うために手を伸ばしたが、バチっと痺れた。
「ってえ! な、なんだ痺れたぞ。……お前か?」
「私が連れて帰ると言いました。これ以上、近づけばさっきより酷い事になりますよ」
「悪りぃな。こっちも約束があるからよ」
ナイフは無くなったが、まだ短剣はあった。
背中に隠し持っちゃいるが……、こんなお嬢ちゃん相手に大人げないか。
腰を落とし、構える。
あの手の痺れ……ファルナはおそらく魔法を使う。
なら接近して無力化するまでよ。
ロウを静かに横たえると、ファルナが立ち上がった。
「ギッシュ、あなたと戦う理由は無いと思いますが?」
「おめぇも話を聞かねえ奴だな。ここは危険なんだよ」
「おめぇ、じゃありません。ファルナです」
「分かった、分かったよ。けど、少しおとなしくしててくれや!」
すっと、足音を消してファルナの前まで移動する。
下から炎が吹き上がるが、寸前で回避する。
危ねぇ。何となく視線で下からくるのかと思ったらマジで来やがった。
「もう一度聞くが、本気でやるつもりなのか」
「あなたがロウを連れて行こうとするなら、仕方ありません」
本当はやりたくねぇんだが……。
面倒くせぇがやるか。
身体を脱力させて意識を全方位に向ける。
一対一だとあんまり効果でねぇんだよな。
「それは……。魔法?」
やっぱり見えるわな。
しょうがねえけど、小石を親指で弾いてファルナを狙った。
大して移動もせずに、半歩で躱される。
「そんなの当たりませんよ」
「ま、当てるつもりじゃねえからな」
もう一つ小石を弾くと同時に、ファルナの目の前に移動する。
「そこに来ていいんですか?」
と、さっきの倍以上の火柱が立ち上る。
火柱を死角にして、ファルナの横に回り込んで地面を蹴っ飛ばして砂をかける。
「その砂も分かっています」
ファルナが片手で飛んで来た砂を払い落とした。
「いいや、分かっちゃいないね」
さっき砂を蹴る直前に、麻痺粉を混ぜておいた。
うまくすれば痺れて立てなくなるはずだ。
案の定、ファルナは片足をついて、睨んでくる。
「な、何をしたのですか。身体が痺れて……」
ま、大した量じゃないから、すぐに動けるようになるだろ。
「さぁて、どうしようか?」
「や、やめなさい! ロウは渡しませんよ!」
「……まったく強情な嬢ちゃんだな。んなら聞くが、ロウをどこに連れて行くつもりなんだ?」
「そ、それは、安全なところです!」
「だから、その安全なところってどこよ?」
「………」
それきり黙り込んでしまった。
ロウといい、ファルナといい、こいつら何なんだ。
この辺りの事まったく知らないって言ってるようなもんだぞ。
「いいか、俺が勝ったんだから、俺に従ってもらう。悪いようにはしねぇよ」
「……分かりました。言われてみれば、安全な場所も分かりません。あなたは嫌な色をしていますが、悪い人じゃなさそうですね」
また色の話か。
占い師みたいなことやってるのか知らねえが、そんな色で何か分かんのかねぇ?
「でもよ、探るような目は気に入らねえがな。もう痺れもねえだろ」
「そうですね。話している間に無くなりました。ずっと痺れているのかと心配しました」
「んなことしねぇよ。あんな危ねぇ魔法使ってこなきゃ、使うつもりはなかったんだからよ」
「……」
もう諦めたのか、ロウをあっさり引き取れた。
あれ、こいつ腕が骨折してやがったよな。
普通に治ってるぞ。
「もしかしてロウを治したのは、お前か?」
とりあえず、ロウを背負って歩いて行く。
当然だろうけどファルナもついてくるようだ。
「お前ではありません。ファルナです。ロウは酷い怪我だったので治しておきました」
「治すったってよ、あんなの上級のリカバリーじゃなきゃ治らないぜ?」
「ハイヒールで治りましたけど?」
ハイヒール程度で治る怪我じゃねぇことは俺がよく分かっている。
ヒールで擦りむき、切り傷程度。ハイヒールも似たようなもんだが、ヒールより少し深い傷を治せる程度だ。
なのに、あの骨折を治すとか、どういうことか分かんねえ。
「何なんだよ、お前ら二人はよ。ったく最近のガキはこんな化け物しかいねえのかよ」
「これって、ロウが言ってたのですが、やっちゃっいましたってやつなんですかね?」
「ああ? ロウみたいなこと言ってんじゃねぇよ。それ以外の何物でもねぇよ」
「へえ、そうなんですね。今度、ロウに言ってみます」
険しい顔が穏やかな感じになっただけマシか。
少しは警戒が薄れた感じはするが……、ま、なるようになるか。
「ところで、ここからどこまでいくのですか」
「ここから西のマルムの村まで向かってから、ガイゼルの街まで向かう。これが一番安全なルートだからよ」
「なぜ、マルムの村を経由するのですか」
「村を経由しないと、バルゼの大森林を通らねえといけなくなる。そこの魔物は、こんな状態の俺等にゃ、ちときつい。だから、まずはマルムの村に向かったほうがいい。食料もそうだが、道具も細かい物を調達もしてぇからな」
「分かりました。もし変な気を起こしたら……」
「しねぇって。ったくよ、最近のガキは恐ろしいこって」
足取りは重く背中にロウが呑気に寝ていやがる。
だが、何だか知らねぇが悪い気分はしねぇ。
ロウ、ファルナ、ギッシュの三名はマルムの村に向かい冒険は続く。
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さて、この話は冒険の始まりまで。
テンプレ物語はいかがだったでしょうか。
ファルナとランドヒルの問題、魔染病、魔石、
異世界転生物語 うららぎ @uraragi_kaku
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