第4話 異世界



 ここは空だった。

 耳に煩く響く風の音が、現実なんだと実感させる。


 目の前を見ると遥か地平線の先に大木が見える。

 ここからの距離でこんなにでかいって、間近で見たらどんなに大きく見えるのだろうか。


 違いはもう一つあった。

 月だ。月が二つある。

 月が二つ半分重なり合うように見えてる。


 二つの月の片側から巨大な大木へ、黒いものが流れている。

 あれは何だろう。魔力ってやつだろうか。

 何となく見ていて不安になる光景だ。


 初めて見る景色に感動してしまっていたけど……。


「うわああ! 落ちてる! どうするんだよ、死ぬぞおおおお!」


 落下速度は変わらずに落ち続けていく。

 これはマズい。もうだいぶ地上がよく見えるようになってきた。


 あれはなんだ。象みたいなやつが、右側に横一列で進んでいるのに対して左側の反対側にいる人だかりと戦っているように見えるな。

 一頭に対して何十人の人だかりで応戦している感じか。

 だけど、押されている感じに見えるな。次々に後退していってる。

 人だかりに比べて象が大きいな。巨象と言っても差し支えない大きさだと思う。


「戦っているのか? それにしたって人の集団のほうは不利っぽいな」


 上空から見るとよく分かる。

 少しずつ押されていって、いくつかの集団は完全に逃げに入っている。

 あんなに一つになって全員で逃げていいのだろうか。

 巨象は逃げた集団を追わずに、左側の不利そうな象のほうに加わっていた。


 あーあ、せっかくもう少しだったのに巨象が二体になったせいで、後退しないといけなくなったよ。これは長く続かないぞ。

 でもあの巨象、かなり頭いいぞ。逃げた相手追わないで他に参戦していくなんて、状況も把握していないとできないし、仲間意識が高い証拠か。


 このまま落ち続けると確実に、あの戦いの中に突っ込んでしまう。

 海に落ちたとしても、この速度だとコンクリートに突っ込むのと変わらないだろうし、何て所に飛ばしてくれたんだよ、ファルナは!


 もう、こうなると慌てることすら無意味に感じてしまってどうにもならない。

 だけど迫ってくる地面を見てると焦りは出てくる。


「何かないのか。どこに落ちてもダメだあああ!!」


++++++++++++++++++++++++++++++++

伝言を開示します。

 「くっくっく! 飛んだ先が空とは、運がない」

 「しかし、これは召喚者の不手際となるな」

 「仕方ないから、与えてやる」


神からの加護を受けました。

ロウは魔法「エアストーム」を覚えた。

ロウは魔法「バースト」を覚えた。

++++++++++++++++++++++++++++++++


「何で攻撃の魔法っぽいやつなんだよおおお!!」


 この伝言、本当に何なんだよ。

 もうすぐ地上に衝突してしまう。とにかく時間がない。

 少しでも魔法の情報が欲しい。

 すがる思いで、魔法のエアストームに指を当ててみた。

 すると次のような詳細が現れた。


 エアストーム:風の魔法。強力な竜巻を指定した方向に直接発生させる。


「おお! 内容が出てきた! じゃあバーストは?」


 バースト:増幅魔法。発動中の魔法に対して、威力を大幅に上昇させる。


「これでどうしろとおおおお!」


 落下速度が減速するはずもなく、ただ真っ直ぐ落ちていく。

 下に見える争いよりも、この速度をどうにかしないといけない。

 何かこのまま落ちて行くと、単独で歩いてる象に衝突してしまう。


 だめだ、どこに落ちてもこの速度じゃ生きることは無理だ。

 そもそも竜巻って、どうすれば……。


 ……竜巻か。


 攻撃魔法ってだけで意味がないと思っていたけど、考えてみればこの竜巻は指定した方向に向かって発生できるのか。

 つまりこれを真下に発生させてこの速度を相殺できるか所になる。


 あとは魔法をどう使うのかって話が残っている。

 今は魔法を覚えている状態だから、叫べば使えるんじゃないだろうか。

 ごちゃごちゃ考えても仕方ない、魔法を使おう!


「この速度をどうにかしてくれえぇぇ! エアストーム!」


 全身から魔力が手に集まって、竜巻が発生する。

 真下に発生した竜巻は、象に向かって激しい風を渦巻きながら向かう。

 そのすさまじい勢いで落下していた速度が、かなり減少された。


「やったぞ! 使えてるじゃないか! これを連続でやれば、何とかなる!」


 あの巨象までまだ距離があるが、さっき使った魔法でこちらに気付いたようだった。よく見ると毛で胴体の部分だけ長い毛で覆われていた。



「ブオォォォ――!」



 巨象の音が響くと胴体の毛が逆立って、こちらに向くと太い束になって飛んできた。

 毛が拳ぐらいの太さになって、正確に俺のほうに向かってきている。


 飛んできた毛以外にも、こちらに狙いを定めているような動きをしている。

 次に飛んで来る毛針にエアストームを当てて回避できたとしても、また次の毛針が飛んで来る。減速すれば串刺しになる絵しか見えてこない。

 たとえ当てたとしても、確実に弾ける保証もない。

 だとするなら、ここはやるしかない。


「エアストーム!」


 毛針を回避しながら落下を更に加速させるために背後に放った。

 あれ以上停滞すれば毛針の餌食になるなら、進んで直撃させるしかない。

 次の毛針が狙いをつけるよりも早く、あと一秒後には衝突する距離まできた。


「飛んでけぇぇぇ! エアストーム!」


 巨象に向けてほぼゼロ距離で放つが、瞬間に分かった。

 これだと勢いが殺せずに、自分が地面に叩きつけられてしまうと。

 もっと……もっと威力がないと……。


 そうか、だからアレがあったのか!


「バーストォォォ!!」


 バキバキと嫌な音を立てて、暴風となった風を叩きつけるように放った魔法は、予想以上に強烈であの巨象を吹き飛ばしてしまった。



 ドン!! ドゴゴゴ、ドドドォォォォォォォン!



 エアストームを更にバーストで強化した魔法が巨象を飛ばした先に、別の巨象が玉突きのように次々とぶつかって倒れていく。


 その飛ばした反動で俺は地面の衝突だけは避けられたが、予想を超える勢いで真横に飛んでいく。

 木の枝を何本も折ってバキバキ音を立てながら減速して、転がるように地面に落ちると、ようやく止まることができた。


「ってえ……、っぐ!」


 立ち上がろうと腕を上げようとすると右腕だけ動かない。

 鈍い痛みが後からやってきて、見れば服は半分くらい破れていて腕が変な方向に曲がっていた。

 全身に唇がひび割れたような鋭い痛みはあるけど、何よりも強烈なのが右腕だ。

 腕の中で突き刺すような痛みが強すぎて吐き気がしてくる。


「うっ、うっぷ。うげぇっ」


 耐えきれずに吐き出してしまった。

 頭もガンガンしてきて、思考ができない。

 とりあえず、生きている。


 生きているけど、ここは危険だ。

 冷や汗が吹き出してきて、痛みが邪魔で動けそうにない。


「お、おい、小僧! 大丈夫か?」


 どこからか声をかけられたようだが、痛みが邪魔して反応できない。


「こりゃ、ひっでぇな。痛いだろ、その腕じゃ」


 そんなの見れば分かるだろって叫びたくなるが、そんな事を言える余裕もない。

 痛みと頭痛と吐き気で意識を何とか保っている。

 ここで気を失ったら終わりだと思うと、とにかく動けるくらいになるまでじっとしていないと。

 

 見れば三十くらいのおっちゃんだった。少しボサボサの髪にあまり人を寄せ付けなさそうな鋭い目つきで、ちょっと怖い感じがする。

 繋ぎ合わせたような皮の鎧に短剣と何だか盗賊のような恰好だった。

 それに俺が少し見上げるくらいに背が高い


「俺はギッシュ、あのニードルエレファンを魔法でぶっとばしたのお前だろ?」

「ロウだ……っ」


 名だけ答えてとりあえず頷いておく。

 吹き飛ばしたのは事実だし、そのニードルエレファンがどうなったかまで知らないけど。

 この痛みをどうにかしないと、何もできない。


「薬とか持ってないのか? 痛いだろ」

「ないっ!」


「お前、ここ戦場なの分かってるだろ。何も持たずにくるとか正気じゃねえな。まあ、おかげで助かったわ。しょうがねぇ、この特製の麻痺液つかってみるか」


 ギッシュは腰に付けている袋から小さい瓶に入ったドロっとした黄色い液体を出して指につけると、さっと俺のむき出しの腕に塗ってきた。


「痛いと思うが、男なら我慢しとけよ!」

「うぐっ、がっ!!」


 力の入らない腕に指先で器用に満遍なく塗っていく。

 指先だけの量のはずなのに、腕全体を満遍なく塗れている。

 ギッシュが器用なのか、この麻痺液がすごいのか分からないけど、塗ってから十秒もたたないうちに腕が痺れてきた。

 

 塗ってる途中から痺れてきたけど、そのおかげで痛みがだいぶ薄れてきた。

 そして、もう腕の感覚が完全に無くなっていた。

 この麻痺液の効果が早いぞ。こんな即効性あるのか。


「凄いなこれ! まだ少し痛いけどこれなら我慢できる!」

「おっし。じゃ、これでチャラな。それとコレのことは誰にも言うなよ?」


「え、何でダメなんだ?」

「ちっ、これだからガキは。いいか、毒薬もそうだが麻痺薬もおいそれと扱っていいもんじゃねえんだよ」


「でもギッシュ使ってるよな?」

「はっ、だから言うなっつってんだよ! それより早く移動するぞ。このあたりはお前がヤツをぶっ飛ばしてくれたおかげで落ち着いているが、どうなるか分かったもんじゃねえ」


「何も分からないんだ。どうすればいいのか」

「はぁっ、マジかよ。お前ここが戦場なの分かってきたんじゃないのか?」


「集団で戦闘しているのは見えていたけど、俺も死にそうだったから無我夢中だっ

たんだよ」

「ああっ、くそっ。しょうがねえな。んじゃ、お前が飛ばした奴の所までいくぞ」


「え、何で?」

「いいからこい! 少し移動しながら話すぞ。こちとら、ここでタダ働きするつもりはねぇからな」


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