第5話 巨象



 音も無く地面や草木が倒れたり抉れている道に向かって走ってる。

 俺も置いて行かれないように走るけど、何だか体が軽く感じる。

 腕がブラブラして邪魔になるから左手で押さえる。


 走りにくいけど我慢するしかない。

 軽く走ってるだけなのに、すぐにギッシュに追いついた。

 どういう事なんだろう。俺としては助かるからいいけど、本当に体が軽く感じるんだよなぁ。


「いいか、俺等はここで大移動中のニードルエレファンを討伐するために戦ってるんだよ。ここで奴らを食い止めねぇと、その先にあるマナの森まで到着しちまうからな」

「それのどこに問題あるんだ?」


「ばっか、大ありだろ! いいか、やつらがマナの森まで到着すると、その特産資源の魔草の類が全滅しちまうだろ。そしたら色んな薬が作れなくなるだろが」

「だから魔草類を荒されるのがまずいと」


「ああ、そうなると当分の間、薬は作れなくなるから高騰するしよ。冒険者もおいそれと簡単に怪我もできねえ。そうなると討伐系の仕事なんざ、受けることができなくなんだろ。まあ、魔法で何とかできるやつもいるが、そんな回復だって慈善事業じゃねえからな。何にしたって大量の金が必要になっちまう」

「他にもその魔草を取れる場所とかないの?」


「あるっちゃあるが、微々たるもんだ。現状はマナの森からの回収が主流になってるんだよ。魔物だってゴブリンやウェアウルフくらいで、さすがにGだとキツイと思うがEクラスの冒険者なら油断しなきゃ何とかなるレベルだからな。……それも知らねぇってことだよな?」


 ゴブリンとかいるんだ。他にも魔物がいると見ていいだろうな。

 冒険者ってことはギルド的なものなのかな。F、Gって事はAとかあるのかな。

 やっぱり異世界だよなって実感する。

 後で色々調べてみよう。


「あ、ああ。初めて聞いた。ありがとな」

「お前は小僧のくせに、俺も見たことねえ大魔法使ってたようだが、アレ何なんだ?」


「い、いやぁ、アレはちょっとねぇ……」

「まあ、それはいい。切り札をベラベラ話すようじゃ、冒険者なんざやってられねぇ」


「あの魔法ってそんなすごく見えた?」

「ニードルエレファンをあんな派手に吹き飛ばしておいて、そりゃねえだろ。上級の魔法だったとしても、あんな飛び方はしないと思うぜ? まあ、その辺は魔法使いにとっちゃ秘匿とするものもあるんだろ。黙っていてやるから、これで俺のアレも言いっこ無しにしようや」


「そうなのか。じゃあ、俺、盛大にやっちゃいましたって感じか」

「そうだな。久しぶりにあんなの見たぜ」


 しばらく走っていると、かなり先にニードルエレファンの残骸が複数転がっていた。遠目で見る限り、衝突が大規模だったように見える。


「見えたぞ。ってかここにいた奴ら、みんな逃げやがったな。この辺り誰もいねぇな」


 辺りを見ると、戦っていたであろう人達が誰もいない。

 地面がデコボコしているが、それくらいで倒れている人もいなかった。


「しかし、これはすげえな……。九、十、十一頭か。まとめて死んでるなこりゃ」

「あの音の原因これだったのか。こんな巨大なのがぶつかればそりゃこうなるか」


 俺が飛ばしたのが一番奥で引きずるような跡があって地面にめり込んでいる。

 その直線上の左右に、潰れたり、ぶつかったりして派手に飛び散っているのもあって気持ち悪くなってくる。

 大抵は衝突したのが原因で即死っぽい感じだな。

 こんな三階のビルくらいの巨象が勢いよくぶつかったらその威力は計り知れないだろう。


「さてっと、さっさと牙だけ頂いておくか。小僧は……手伝えねぇからいいか。見張り役、頼むわ」

「こいつに牙なんて付いていたんだ」


「ああ、この牙は倒した証明になるからな。調合すれば万能薬にもなるし、武器にもなるから高値で取引されるわけよ。さすがにBランクの魔物だけあるってやつだ。今回はおこぼれ目当てだったワケだったんだが、小僧のおかげでこうして戦利品を取ってるんだがな! っと」

「その、魔物のBランクって強いほうなの?」


「ああ? そんな事も知らねえのか? よっと、たまに硬い部分があるな」


 ニードルエレファンの牙をナイフで切断しているけど、少し苦戦しているようだ。牙は普段、分厚い皮に隠れているらしい。切断するのもコツがいるみたいで、慣れれば大した事はないみたいだけど、やったら絶対難しいやつなんだと思う。


「いや、俺は冒険者じゃないからさ」

「冒険者じゃねえとか珍しいな。ま、確かに冒険者にならねえやつもいるか。じゃあ、覚えておけよ。Bランクは大体は大型の魔物系か飛竜種が多い。マンティコアやサーペントとか、そのあたりだな。細かく言やキリがねぇが、あくまで指標ってやつだ。群れている相手とかだとワンランク上に見りゃいい」


「もしかしてAより上って……」

「いるけどな、そんなのは俺等とは無縁のもんよ。考えてもみろよ、出会って戦うとか選択肢がそもそもない。戦うとか思うんじゃねえぞ。その瞬間、負けるんだぜ?」


 話している間、周辺は変わった所は無かったけど、何だか妙に静かな気がする。

 ギッシュは牙の採取に夢中で気が付いていないみたいだから、一応伝えておくか。


「なあギッシュ。さっきから妙に静かじゃないか?」

「それは途中で気が付いてはいたがよ。にしては何も……」



 ―――ドォォォーーーーン!!!!



 何かが落ちてきたような物凄い音の後、地面が揺れた。

 立っているだけなのに少し浮き上がって着地していた。


「今のは何だ? 一瞬、浮いたぞ?」

「いや、俺もこんなの知らねえ。こりゃ、ダメだ。逃げるぞ!」


「え? おい、どっちに逃げるつもりなんだ?」

「いいから逃げるぞ! 分かんねぇけど、逃げろって俺のカンが言ってんだよ!」


 大きな岩を隔てて、右側か左側かというだけなんだけど、ギッシュは右側を行こうとしていた。そっちは大小の岩が多々あって、逃げ回るには最適そうに見えるんだけど、誘われるってのも変だけどそんな感じがする。


「ギッシュ、待てって。こっちだって!」


 ギッシュが向かおうとしていた方向も安全だけど、すぐに何か起こりそうな予感がした。俺は反対側の見晴らしがいいほうが、すぐに危険が把握できていいと思ったんだけど、やっぱごちゃごちゃしたほうが逃げやすいのだろうか。


「はぁ? そっちもこっちも大して違わねえだろ! 行くぞ!」


 音も立てずに足早に逃げていくギッシュ。

 俺の言う方向と逆に行ってしまった。

 そっちじゃないって言ってるのに。


 こんな状態だし、仕方なくギッシュの後を追うと、また叩くような大きな音が何回か聞こえてきた。

 音はギッシュの向かった方向だった。

 そっちは少し大きな岩などが障害物になっていて隠れて進む分には申し分がない。


 でも、そっちは嫌な感じしかしないぞ……。


「おい、ギッシュ! 大丈夫か!?」

「あ、ああ……。何ともなかったんだけどよ……」


 ギッシュの進む先に巨大な茶色の棒のようなものが八本刺さっていて、先へ進めないようになっていた。

 そこまではいい……、ただギッシュの右手の方向に赤色と黒に染まった巨大な物体がいた。


 シュッと音がした。


 俺の背後の岩が崩れて、後退できなくなってしまった。

 ギッシュの前は八本の巨大な棒で道が塞がれていて、俺の後ろは崩れた岩で通れなくなっている。左側は巨大な岩が山積していて、残る方向は……。


「こりゃやべえぞ……こいつ変異種だ……」


 ぽつりと呟いたギッシュの言葉をかき消すように、変異種と呼ばれるニードルエレファンの咆哮が辺りに響き渡った。


「色違いにしか見えないけど、変異種って何?」

「待て待て待て……どうする、どうする……」


 ギッシュは全然聞こえていないようだった。

 俺の声を気にできないくらいヤバい魔物なんだってのは分かった。

 だけど、どういう行動パターンなのかくらい聞かないとこっちも初見で対処しないといけないことになる。

 少しでも距離を取るために少しずつ動いているけど、逃げ道はない。


 それにしたって、こいつの図体がでかすぎる。

 普通のニードルエレファンと比べると更に二回りくらいでかい。


 目の前の脅威に対して危機感はあるけど、魔法が使えるという変な安心感からギッシュよりは冷静でいられた。

 緊張して焦っている人をみていると逆に冷静になるような感じもあるんだろうと思う。


「これ逃げられないぞ! どうする?」

「そ、そうだ! あのぶっ飛ばした魔法で何とかならないのか?」


「アレを使った場合、こうなる」


 俺は力の入らないブラブラの右腕をみせた。

 痺れだけはあるけど、痛みが無いってだけでかなり楽ではある。

 ギッシュは気まずそうな顔をしてた。


「だから、ちょっとそれは難しいな。エアストームだったらいけると思う」

「エ、エアストームってそれ上級魔法だぞ!? っと……右腕は問題ないのか」


「あるっちゃあるけど、やるしかないだろ」


 エアストームは上級魔法なのか。そうなると中級、初級とかあるってことか。

 上級の更に上もあるのかな……それは後で聞いてみるか。


「使う時には合図してくれ!」


 一瞬でギッシュの気配が消えたかと思うと、見えるのにどこにいるのか分からない状態になっていた。

 そこに居るって分かるのに、分からない。

 見えているのに、意識が見えている場所に集中できない感じだ。


「分かった! それすごいな、見えてるのに分からない」


 ニヤリと笑みを返して、消えたかのような動きで変異種へ向かって行った。

 向かうのは分かったけど、完全に見失った。

 こっちはこっちで引きつけるなり何なりしないといけないか。


 変異種はギッシュが消えた事に対して、辺りを見回して確認している。

 見当たらないから諦めたのかこっちに向かってくる。


 とりあえず、近くにある手ごろな石を拾って投げてみる。

 普通に投げたのに、ブンと音を立てて飛んで行って前足に当たった。

 控えめに見ても剛速球と言っていい速さだ。


「クオォォォーーーン!」


 当たったのが痛かったのか、完全に標的が俺になった。

 石が軽いし、身体も軽いってどうなってるんだ。


 こちらに向かって歩いてくる振動で動きにくいが何とか距離を保っていると 急に横を向いて巨大な毛針を何本も飛ばして来た。


「だったら、これでどうだ! ギッシュ、いくぞ!!」


 魔力を手に集中して集めて、解き放つ。

 エアストームを使った時に強制的な放出を何度も体感したから分かった。

 魔法を使った時と同様の放出を、自発的に行えば無詠唱でもいけるはずだと。


 持っている石を握り潰して、エアストームを発動させた。


 砕いた石の破片と、巨象が自ら飛ばした太い毛針を巻き込み、風の奔流が変異種を直撃する。

 一直線に向かった風の渦が、変異種の目、鼻、前足の前面に衝突し、無数の砕けた石と一緒に巻き込んだ。


 毛針は俺に届く前に風で方向を変えて全て地面に突き刺さっていた。


 ピシピシっと音を立てながら、変異種に突き刺すように当たる様は確実にダメージを与えていた。

 風による裂傷もあちらこちらに出来ていたが、さすがにあの巨体を飛ばすことはできない。


 叩き付ける暴風が、巨象の前足を大きく切り裂くと耐えられなくなったのか膝をつくように足を曲げて倒れそうになっている。


 正面からまともにエアストーム受けた結果、傷だらけになり片目も完全に開けられないくらい血が流れている。


 とっさに入れた小石も結構な威力だと思うけど、それ以上に暴風による大小の裂傷で血が流れている。前足の関節の部分から切り裂かれたおかげで、立てないようだった。


 これが上級魔法の威力なのか。

 石を入れたにしても、ニードルエレファンよりおそらく強い個体だと思われる変異種に対して、ここまでダメージを与えられるのか。

 当たる的が大きすぎたのも原因の一つだろうけど、それでも強すぎる。

 範囲は調節できそうだけど、まちがっても敵味方が混戦している場所じゃ使えないな。


「よくやった! これでトドメだぜ!」


 声のする場所を見ると、ギッシュが変異種の腹の下にいた。

 前足を踏み台にして手にした短剣を胸のあたりから、縦に引き裂くように腹部まで斬り裂いていった。



 ―――ズドドドーーン!!



 声も無く横に倒れる変異種。

 その巨体が倒れる事で、音と砂埃が辺りにまき散らされる。


「ゴホッ、何だこれ。埃で前が見えないぞ」

「こんだけ巨体なんだ、倒れりゃそうなるわな。ゴホッゴホッ!」


 砂埃がそろそろ収まるくらいになると、倒れた変異種が見えていた。

 胸のあたりから腹まで裂かれて中身が……。


「な、なあ……ギッシュ。あの黒いの何?」

「いや、分からねぇ……けど思い当たるやつが一つだけあるな」


 黒い塊がもぞもぞ動き出していて、人の形になっていた。

 真っ黒な中に開いた眼だけが白く見えている。

 ソレはキョロキョロとあたりを見渡すと、俺を見て手を伸ばしてきた。


「コイツは魔染病ませんびょうの……何かだな」



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