異世界転生物語

うららぎ

第1話 召喚



「そこの小僧。貴様はトラックとやらに轢かれて死んだ」


 どこにでもいるような平凡さに苦笑する。

 本当に、これしかいなかったのか。

 巡り来る輪廻の中では仕方ない事だとしても、これは無い。

 そこら辺にいる普通の人間と変わらないではないか。


「はい? 何言ってるんだ、トラックに轢かれた? 真っ暗だし何も見えん」


 この神である我の声を無視だと!?

 平凡な魂が、生意気ではないか。


「無視をするな。貴様は死んだのだ」

「……ああ、ごめん。何か知らないけど寝ていたのかな。ていうか、ここどこ?」


 極稀に逆らう変な個体も見るが、今回は随分と生意気な……。

 厳選された魂が抽出されるはずが、コレとはどういう事だろうか。


「死した魂が未練を残し、迷いの末に至る稀な場合もあるが……貴様はここへ真っ直ぐに来た。つまり、召喚されたという事だ」

「召喚って、ゲームじゃあるまいし……」


「無礼極まりない愚か者が。我は神ぞ……だが我の目に留まったのだ。与えてやろう!」


 愚かで矮小な魂を我の尊大なる掌の中で握りしめる。


「飛ばされながら聞け」


 尊大なる我が大きく振りかぶり、全力で投げると魂が矢のようになって飛んでいく。

 

「貴様は我に出会った記憶を失うだろう。だが、忘れぬ様にその魂に刻んでおくがいい。召喚者を助けよ! さすれば我が加護も目覚めよう!」


 消滅した魂は、再び流れの先に辿り着くであろう。

 加護は与えた、享受できるかは貴様次第。

 さあ、我を楽しませよ。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ズドッと鈍い音を立てて頭から落ちた。

 そして全身が粉々になったかのような鈍い痛みでズキズキしている。


「痛ってて! どこだよ、ここ!」


 暗くて何も見えない……と思ったけど少しずつ目が慣れてきて視界が開ける。


 痛みを感じる場所を触って確認するが、骨は折れていない。

 痛いだけか。落とし穴にしたってたちが悪いだろ。

 打ちどころ悪くて死んだらどうするんだよ、まったく。


 落ちた痛みのせいか、何だか身体がとても怠い。

 まったく、今日はツイてない。

 さっきも落ちたような気がするし、頭を強く打ちすぎたかな。


 目の前を見ると、真っ白な広い部屋のようだ。殺風景なんてものじゃない。一面がただ白い床で温度も感じられなかった。


 というか、白いだけでまったく何もないぞ……。

 遠くにうっすら壁が見えるけど、これは本当にとんでもなく広いな……。


「おーい! 誰かー!」


 どこ見ても部屋の中が全部白。こんな場所にずっといたら絶対に気がおかしくなる。だって白しかないんだよ。こんなただ広いだけの部屋なんて初めてだ。


 壁まで行こうとしたけど、距離変化が見られない。

 いやいや、そんな事があるはずないと全力で体力の続く限り走るが、壁に近づくどころか遠くなったように見えた。


「はあっ、はあっ、はぁ……っ! 全然壁まで行けないし、どうなってんだ!」


 何もない空間で餓死もありえるのか。

 そう考えると背筋に寒いものが走る。


 そもそも、どうして俺はここにいるんだ。

 思い出そうとすると、不思議な事に何も浮かんでこない。


「―――は、ははは……。嘘だろ? 記憶喪失?」


 記憶が無くなっているのに気持ちは落ち着いている。

 ただ白いだけの空間にいるせいなのだろうか。

 こんなに静かすぎる部屋にいたら普通は気味の悪さを感じるものだろう。


 それなのに何故か落ち着く、温かな気持ちは何だろう。

 小さな雑音すら何もない、不思議な空間。

 上は真っ暗だし、下は真っ白。外周まで行こうにも少し走った程度では到底壁までたどり着けそうにない。


「やっぱり本当に閉じ込められた?」


 本格的に自分の置かれている状況が、非常にまずいものだと言うことに気が付いた。ふと気配を感じて振り返ると、そこには白いワンピース姿の彼女はいた。


「……嘘でしょ……これが最後だったのに失敗……」


 声のする方を見ると、人がいた。

 見た瞬間、息が止まるかと思うような美しい女性だった。

 とても長い銀髪でサラサラした腰まで伸びていて綺麗に整っている。

 透き通るような白い肌に顔立ちは少し幼い感じでほっそりとした体型なのに主張すべき場所はしっかりしている。


 ここまで完璧な容姿は見たことがない。

 これだけ綺麗なら絶対どこか……えーっと、色々な場所で見かけてもいいはずなのに。ん? 色々な場所……そう、テレビや雑誌とかポスターで見かけていてもおかしくないだろう。好感度なんて抜群なんじゃないか? でも見たことないんだよな。


 とにかく人がいることで安心はしたけど、このため息が色々ぶち壊してくれる。 この人目を惹く容姿で、口から発せられる声が。


「はぁぁぁ……」


 視線を感じたせいなのだろうか。更に深いため息を吐く銀髪の女性。

 心の底からため息をついたような様子にムッとした俺は、こいつを「ため息女」と命名する。


 それにしても美人だ。

 俺から見れば理想っちゃ理想だが、完璧すぎて逆に一歩引いてしまう。

 肌の白さなんて部屋と一体化して見えなくなるんじゃないかって感じだ。透明人間って言われても少しだけなら信じるかもしれない。


 現状の事よりも、ため息女の美しさのほうが気になる。

 どう考えても俺のタイプだ。ため息だけが残念でならない、本当に。

 他に観察するモノがこの部屋には一切何も無いし、これ以上ジロジロ見て変態と思われても仕方ないのでここがどこなのか聞くことにした。


「あのさ、ここってどこ?」


「……ん? どこってここの事?」


「他に何があるって言うんだよ……」


 ため息女が鋭い目つき変わった。整った顔立で睨まれてもな……何か、迫力がなぁ。やっぱり綺麗だなと少し見入ってしまう。


「あまり私の事をジロジロ見ないでくれます?」


 「綺麗だから見入ってしまった」とは言えないので謝る事にする。

 くそっ、何か負けたような気がして悔しい。


「ぐっ、すまなかった!  悪気はない」


 ここは素直に頭を下げた。いきなり色々と見ていた事実だからな。

 でもさ、綺麗なんだから仕方ないだろ。

 嫌なら甲冑でも着込んでくれ、マジで。と逆切れは承知の上でそう思ってしまう。


 口には出来ない事は思うだけで我慢しておこう。

 こんなよく分からない場所で見捨てられたら色々終わる気がする。


「はぁ……、素直ですね」


 それきりため息女は両腕で自身を抱きしめるように目を閉じたまま微動だにしない。よく見ると額にじわりと汗が出てきた。


「お、おい! 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」


 ため息女が、少しフラついたので支えようとしたら手がすり抜けた。

 何度手を伸ばしても、手が届かずにそこから先が消えてしまう。

 何だこれ? 幽霊にでもなったのか、俺は。


「ふぅ、大丈夫ですよ。少し考え事をしていました」

「いや、考え事って、今、俺の手がすり抜けたんだけど!」


「あなたは仮の器の状態ですから、そうなってしまいますね」


 仮の器? 俺が器ってことなのか?

 ちゃんと手だってあるし、足もある。俺はここにいるよな?

 何の話をしているのかさっぱり分からん。


 もしかして、色々変なモノを受信してしまうような残念系な女子なのか? こんなに美人なのにもったいなさすぎるだろ。


「それよりも聞いてください。私は勇者の召喚に失敗しました」


 キー!って今にも言い出しそうな顔でこっち見られてもな。ハンカチ持たせたら、絶対口にくわえて引っ張りそうだ。

 それはさておき、それよりもって何だ。

 気になる事をすっとばして話を進めるなよ。


「器とか勇者とか召喚とか、何を言ってるんだ?」


 それって、えーっと、アレだよ。

 そう、ゲームの設定みたいじゃんか。いや、そうとも言い切れないか。文化の違いとかあるのか。

 でも召喚はさすがに無いな。聞いた限りでは明らかに勇者を召喚って言ってるし、やっぱりゲームか何かなのか。


「召喚した結果、あなたが呼び出されました。そして、あなたの魂の色は銅です」

「よく分からないんだが、銅だと何か問題ある?」


「魂の色は白銀はくぎんが勇者、金が王、銀が騎士、鉄が兵士、銅が平民とそれぞれの器が決まっているのです。今まで召喚は失敗したことなかったのに、何でなの……」


 さっきまで顔色が悪かったはずなのに、顔を真っ赤にして睨まれている。


「それはつまり勇者じゃない色は失敗って事か? それは俺のせいじゃないだろう……」

「もぉ~~~!」


「牛なのかな?」

「違います!」


 完全に八つ当たりの餌食じゃないか。


「んじゃさ、魂の色ってなに?」


 銅が平民ってのは平凡な俺にぴったりでいいな。

 下手に白金でした「あなたは勇者です」なんてぞっとする。

 どんな厄介事を押し付けられるのか、分かったもんじゃないしな。


「それは私が召喚した人の簡単な判定方法です! それ以外にもまだ色はありますけど、あなたは興味ないでしょう。むしろ漆黒の魂のほうがこの怒りに任せて、魂の欠片すら残さずに粉々にできたのにぃぃ~!」


 握りこぶしを作り細い腕を震わせながら何て物騒なこと言ってるんだ。魂が粉々って、色が漆黒だったら俺は出会った瞬間に飛び散っていたのか。

 なんて恐ろしい奴なんだ。

 せめて粉々になるときは、あべ○、か、ひで○と叫ぶことにしよう。


 冗談だろって言える内容が、ため息女を見ていると本当にこいつはやる。本気だって思えてしまう。


「漆黒って、何でそこまで問答無用なんだよ」

「悪だからです! 悪人、罪人! あ~っ、もう! この話は終わりです! 終わり! はぁ……」


 辛気臭そうな表情でため息をつくため息女。

 完璧な美貌のせいで、不覚にも見とれてしまう。


「あ! そうでした。言い忘れました。あなたは死んでいます」

「はぁ!? 生きてるし!」


 一瞬、このため息女は何言ってるんだと。

 ため息ばかりで脳まで口から抜けたのかと思ったが心当たりはあった。


 だけど死んだ理由は分からない。

 思い出せないのだ。自分に関する事以外の全てが。

 それに自分の事も、今は名前以外は思い出せないでいる。


 名前は「山田 太郎」ではない「田山 朗太」だ。

 そんなに変わらないと思うかもしれないけど、全然違います。


「あなたは自分の事については、運が良ければ思い出すことができます。でも、それだけです。家族や身の回りで関わった人などについては思い出せません」

「全部思い出せないってこと? 死んだ理由も分からないんだけど」


 さっきから、思い出せなかった原因はこれか。

 思い出そうとする度に何か突っかかる。

 知っているはずなのに、その言葉と内容が出てこない。

 

 ボケとはたぶん違うんだよなぁ。

 霞かかったような、ぼやっとした感じで思い出せないってのがはっきりと分かるからな。


「思い出すという事に関しては、あなた次第ですね。死んだ理由を思い出す必要がありますか? 思い出してどうするのですか? それで怒ったり、悲しんだり、後悔したりするのですか?」


 確かに死んだ理由を思い出したところで今更何もできない。だけど、何も知らずに死んだと言われたら、どうして死んだのかくらいは知りたいと思うよな。


”思い出してどうするのですか?”って、何も知らない俺にそんな冷たい事言うのかね。ため息女からしたら俺なんて道端の石ころ以下の存在かもしれないけどさ。


「はぁ………。ちなみに私は、お前じゃありません」

「知ってるよ」

「私の名前を、ですか? 知っているはずがありません」

「知ってるって、ため息女だろ?」



 ―――ジジジッ―――ジジ―――ジ―――



 と、突然ため息女の顔にノイズのような細かい線が走り、その美貌が歪む。

 ふらつく彼女に近づこうとしたら、手で制された。

 冗談ではなく、本当に来てはいけない雰囲気を出していた。


「さっきから何だ、大丈夫か? 顔色悪くなったり、今は何かノイズみたいな……」


 本当に大丈夫なのかこれ。顔にノイズとか映像を加工した訳でもないのに、目の前でそんな現象ありえるのか?

 ため息女が映像って感じには全く見えない。

 直接見ている俺が断言する。


「はぁ………。この状態もそんなに長くは維持できないようですね」

「それって、そうか! ドッキリがバレるからとか……」


 ため息女の雰囲気を見れば、ドッキリとはもう思っていない。

 人の顔にノイズが走ったりしないし、こんなに浮世離れした美貌もありえない。

 だけど、分かっていてもやっぱり言いたいんだよ。これって実はドッキリで、薬か何かで一時的に色々忘れているだけで……ってそんな薬もある訳ないか。


「あなたの名前を教えてください」


 俺の言うことは全く無視してるし、これは思った以上に本当に時間がないのか。

 俺は俺で少し落ち着いてきて、この状況にあらためて混乱している。話くらい聞いてくれたっていいじゃんか。あ、そうか、時間ないんだっけ。


「そっか、死んだんだよな……俺」


 名前を教えろか。いよいよ本当に死んだって実感する。

 俺の手がすり抜けたのって、やっぱりそういう事だったんだよな。


「俺の名前は田山朗太だけど」

「タヤマロウタで良いのですね?」


 自分について思い出せない。それをため息女が知っているのもおかしい。

 嘘をついているようにも見えないし、会話の内容も魂がどうのとか俺からしてみればぶっ飛んでいる。


 まるで……そう、ゲームだ!

 ゲームの話のような。

 いくら記憶を失っていて思い出せないからって、その部分を言い当てる人間なんていない。

 いちいち単語が霧がかっているように思い出せないのが不便だ。


「そう言われても実感、無いですよね。でも、もう死んでいます」

「ああ、死んだのは分かった。思い出したから」


 召喚されて、勇者じゃないとがっかりされて、ため息つかれて、名前決めろって言われて……って、何がどうなっているのかさっぱりだ。


 そういや、ため息女の名前を聞いてなかったな。


「悪い、名前。聞いてなかった」

「聞いたとしてもここを出れば忘れると思いますよ?」


「自分の事しか知らないんじゃ味気ないからな、教えてくれ」

「分かりました。これからあなたに話す事もあります。名前もその間に考えておいて下さいね」


「ああ、分かった」



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